37話 思い切って
「な……何だったんだ……?」
唖然として既に閉まった扉を見つめるライルたち。
突然現れた女性が浴びせて来た言葉は、数こそ少なくはあったが、この上なく濃いものだった。
「えーと、ちょっと整理しましょう。これまでのことも含めて」
額に手を当てながらカシャが言う。
「まず、ローズ公国に対する見方は2つ。ひとつは『魔女の圧制が敷かれている危険な国』。これを主張していたのは外で会った男性たちと、さっきの女性」
それを聞きながら、ライルの脳裏には彼らの様子が思い浮かべられた。
亡命者と秘密裏に接触を図って来た者。
どちらにも警戒、あるいは緊張した雰囲気があった。
「もうひとつは『人格者の魔女が治める良き国』。これを主張していたのは酒場の人たち。おそらく表立って言われているのはこっちね」
十分にわかっていたことだが、改めて言葉にすると両者の溝の深さが際立つ。
「あと最後に言ってた、内緒話云々だけど……」
言葉を止め、カシャは天井の隅を見やった。
「たぶん、これのことよね」
女性が灯したと思しき、8つの火の玉。
「内緒話の時は火を焚いて」の「火」とは、十中八九この炎のことだろう。
ライルは床にあるひとつの傍にしゃがみ、手をかざす。
「当然っちゃ当然だけど、魔力を帯びてるな。防音効果でもあるのか?」
「具体的にはわかりませんが、外部に会話内容が漏れないような仕掛けが為されているんでしょうね」
頷いて、ライルは立ち上がった。
「この国には何か秘密がある。国内外、そして人によってこれだけ大きな情報の食い違いがある時点で、それは確実だ」
それから少し考え込み、提案する。
「いったん彼女の言う通りに行動してみるってのは、どうだ?」
「賛成」
フゲンは起き上がりがてら、即答した。
また、雑に転がったせいで乱れた髪を適当に直して続ける。
「オレはあいつ、さっきの女は悪い奴じゃないと思う。根拠は無えけどよ、なんか一生懸命な感じしたし信じても良いんじゃねえかな」
改めてベッド縁に座り、彼はニッと笑った。
その向かいで、モンシュがこくこくと首肯する。
「私は正直、半信半疑だけど……まあ、足踏みしていても仕方ないものね。思い切って、彼女の側に立ってみましょうか」
カシャも賛同し、これで晴れて行動方針が決まった。
しかし具体的にどうするか、が問題である。
女性が示したのは「誰にでもいいからローズ公国に住むと言うこと」、そして「2日後に再度この部屋に泊まること」。
住むと言ったらどうなるのか、再び泊まったら何があるのかが全く不明瞭だ。
が、そこはいかに考えを巡らせてても、予想の範囲を超えられないのが実情。
結局、4人はひとまず流れに身を任せることにし、床に就いた。
それがどんなものであれ、事を為すからには体力気力は不可欠だ。
謎だらけのローズ公国と対峙するために、こうして彼らはいつもと変わらず、安らかに眠るのである。
かくして夜が過ぎ、朝日が昇ると、ほどなくして8つの火の玉は消えた。
女性が遠隔操作で消したのか、時間経過で自然に消えたのか定かではないものの、「内緒話」はこれ以降、控えた方が良さそうだとライルたちは理解し言外に示し合う。
「おはようございます、旅人さんたち」
そうこうしていると扉がノックされ、宿の主人が部屋に入って来た。
彼は昨晩と変わらず上機嫌で、腰を低くして話し始める。
「本日はどうなさいます? 話し上手に国の名所を案内させましょうか、それとも市場で特産品のお買い物でも? ああいや、その前に朝食ですね。少々お待ちを――」
「な、なあ」
主人の言葉を遮り、ライルは切り出した。
まずは第一の行動だ。
「俺たち、その……この国に住みたいと思うんだが……」
上手い言い方が思い付かず、若干ぎこちなくなったライルだったが、主人はそんなことは気にせず満面の笑みを浮かべる。
「おお! なんと嬉しいお言葉! 皆様、4人ともこの国に住んでいただけると!」
彼はフゲンたちがそれぞれ頷くのを見て、ますます機嫌を良くし「はあ、はあ!」と感激の声を漏らした。
「朝食を済ませましたら、役場へご案内しましょう。なに、手続きはすぐに終わります。ああ、今日はなんて良い日なんでしょう!」
そう言って部屋を出て行く主人の背中に、ライルは訝しげな視線を投げかける。
喜び、嬉しさ、その奥にある感情。
ライルは彼の笑顔の根元にあった「それ」を、漠然と感じ取っていた。
「それ」に相応しい言葉を己の知識の中から探す。
数秒の後、彼が見つけ出したのは――「安堵」だった。
* * *
宿の主人によって用意された豪勢な朝食を食べ終えたライルたちは、さっそく役場へと向かった。
役場の者たちもこれまでの例に漏れず、旅人であるライルたちをいたく歓迎。
他の業務をそっちのけにする勢いで、彼らの対応に当たった。
「名前と年齢……全員分書いたけど、これだけで良いのか?」
渡された書類へ必要事項を記入し、ライルは役人に尋ねる。
「ええ。魔女様は魔法で民を把握しておりますからね。その2つさえわかっていれば十分なのです」
「そうなのか。凄いな、魔女様ってのは」
「勿論です! 私どもも仕事が軽くなって助かっていますよ」
ライルから書類を受け取った役人は、何やら手元でさらさらと書き込み、「はい、皆様にしていただくことは以上です」とペンを置いた。
「え、もういいのかよ」
思わずフゲンが目を丸くする。
一行がやったのは、役場に来て事情を話したことと、先の書類の記入だけだ。
「手続きはすぐ終わる」とは聞いていたが、まさかここまでとは。
「住居の手配等、正式な国民として登録する段取りがありますので、3日後にまた来てください。それまでお暇でしょうから、国内を巡るなどして、就きたい職を決めておいてもらえると良いでしょう」
書類を横に控えていた者に渡し、役人はにこやかに説明する。
「あの、僕でも働けるところはありますか?」
「ええ、ええ。お嬢さんは15歳でしたね。もう働ける年齢ですから……力仕事は難しいでしょうが、それ以外ならいくらでも」
回答を聞き、モンシュはホッと胸を撫で下ろした。
穀潰しになることだけは、どうあっても避けたかったのである。
「そうそう、登録が住むまではこの地区から出ないようお願いします。無論、国外にも。管理にいささか不都合がありますのでね」
「わかった」
ライルの淀みない返事に満足そうに頷く役人。
笑顔を保ったまま、姿勢を正して、言った。
「それでは皆様、改めて。ようこそ、ローズ公国へ!」




