36話 接触
ライルたちを囲んだ宴会は、日が間もなく沈む時刻になってもなお、盛り上がりを衰えさせることなく続いた。
淡々と毒味を続けるライル、甘い味付けの料理ばかり食べるフゲン、主に女性たちから可愛い可愛いと撫で繰り回されるモンシュ、あまりの歓迎っぷりに却って居心地が悪そうにしているカシャ。
人々は「旅人さんたち」に料理を勧めて、話を聞かせて、また料理を勧めて話を聞かせてと延々繰り返す。
「そうだ、鐘の音には驚かれたでしょう。あれはこの国に古くから伝わる習慣でしてな。そもそもの始まりは500年前に遡り……」
「また爺さんの長話が始まった! まったく、長々と喋られたら旅人さんが退屈で眠っちまうよ。旦那、代わりに説明してやってくれ」
「ああ、いいとも。えー、ローズ公国では1日1回、祈りを捧げる時間が設けられている。始まりと終わりは鐘の音で知らされ、さっきのは終わりの方の合図だったというわけだな」
「さすが旦那! 爺さん、こういうわかりやすい話し方を学んでくれよ」
「むう……話は簡潔であれば良いというわけではないぞ? 長い話にはそれなりの重みというものがあってだな」
次々出てくる新たな料理に手をつけながら、ライルは彼らの話に耳を傾ける。
陽気に喋り、笑い、騒ぐ彼らの口にする話は、やはり公国の外で会った男性の語ったそれとは全く違っていた。
が、残念ながらライルに嘘を見抜く力は無い。
ただ手持ちの情報と彼らの話とを照らし合わせ、逐一齟齬のある点を記憶していく。
「ライル」
隣に座るフゲンが声を落としてライルに言う。
「こっちから仕掛けてみるか?」
ライルは少し考え、頷いた。
「そうだな。やってみる」
食器を置き咳払いをひとつ、それから彼は近くの若い男性に尋ねる。
「なあ、この国って魔女が治めてるんだよな? どんな人なんだ?」
「おっ! 良いことを聞いてくれるね。魔女様は素晴らしいお方だよ」
「魔法で国を豊かにしてくれるし、民ひとりひとりに目をかけてくださるんだ」
酒も飲んでいないのに、男性はニコニコといやに楽しげだ。
やはり「地獄」とはかけ離れた様子らしい……彼の言葉を信じるならば。
「へえ。じゃあ……魔女って他にもいるのか?」
「いるとも。東の森に、おひとり。でもまだ若いし、何より人見知りが激しくてな。政に関わらないのはもちろん、森からも滅多に出て来ないんだ」
横から別の男性が答える。
彼はやや落ち着いており、しかし同じく笑顔を浮かべていた。
現在、魔女は2人。少なくとも森にいる方は「若い」。どちらも尊敬の対象。魔女であることと社会的地位の高さはイコールではない。
ライルは情報を整理しながら会話を続行する。
「なるほど、魔女って一口に言っても色々なんだな。なら国を治めてる方の魔女とその親族は、みんな城にいるのか」
「いや、魔女様は天涯孤独の身だ。伴侶もおられない」
「お労しいことだけど、そのことを魔女様は気にしていらっしゃらないわ。強いお方なのよ」
今度は2人の女性が割り込む。
本当に各々好き勝手喋っている、という印象だ。
再度ライルがフゲンに助言を求めようとすると、「そうそう」とまた別の男性が口を開く。
「旅人さんたち、この国にいる時は魔女様の御触れに従ってくれよ?」
「御触れって?」
「それはなあ……」
人々は顔を見合わせ、息を揃えて答えた。
「『いつも笑顔で、楽しく過ごすこと』!」
* * *
日が沈みしばらくした後、またもや鐘が鳴り、それを合図に宴会はお開きとなった。
なんでも、鐘は祈りの時間の他に「起床の時間」「帰宅の時間」を知らせる役割もあるのだそう。
慌ただしく片付けが為される中、ライルたちは国で一番だという宿屋へと案内された。
宿の主人もまた、一行が旅人だと知るや否やこれでもかと好意を振りまき始め、宿代は要らないと半ば一方的に決定。
ライルたちは妙なむずがゆさと共に、あてがわれた大部屋に移動した。
「はー……疲れた」
部屋の灯りを点けてから、備え付けの椅子に腰かけてライルは項垂れる。
「ずっと毒味をさせ続けてごめんなさい。結局異常は無かったみたいだけど、胃袋は大丈夫? 食べ過ぎで苦しくない?」
「え? ああ、それは大丈夫だ。量を食べるのは得意だからな」
顔を上げ、腹を軽く叩いてライルは笑った。
が、すぐにその表情を曇らせ背もたれに寄りかかる。
「……やっぱり、なんかおかしかったよな。歓迎されすぎってのもそうだけど、他にも色々」
「ああ。まずあいつら、いくら何でも喋りすぎだよなァ」
フゲンは4つあるベッドのうちの1つに鞄を放り投げ、自らも背中から飛び乗るように身を預けた。
そのままごろりと体を反転させて、うつ伏せの姿勢で話を続ける。
「旅人が相手なら、普通は多少なりとも旅の話を聞きたがるもんだろ?」
「そうね。彼らは私たち自身には、まるで興味が無いみたいだった。誰も彼も、ローズ公国のことを話すばかりだったわ」
「何と言うか……僕たちを仲間に引き入れようとしているみたいでした」
カシャとモンシュもそれぞれベッドの縁に腰を下ろし、荷物を置いた。
両者とも、ライル同様疲れた顔をしている。
「確かに、国の悪いところはひとつも言ってなかったな。となると、俺たちみたいな旅人を国に定住させるのが目的だったり?」
「有り得るわね。余所者が来た時だけ良い顔して、あとは『地獄』っていう罠なのかも」
あれやこれやと疑念を整理していると、不意に部屋の扉がコンコンとノックされた。
「旅人さんたち、酒場に忘れ物をしていましたよ。入ってもいいですか?」
若い女性の、涼やかな声が聞こえて来る。
はて忘れ物とは何だろうかと首を捻りつつも、ライルは「ああ」と返事をした。
一拍置いて、ギイ、と軋んだ音を立てて扉が開く。
立っていたのは薄いマントを羽織りフードを目深に被った、おそらく若い女性、あるいは少女。
「失礼します」
彼女は部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。
と、その瞬間、部屋の隅――床と天井で合計8か所――に火の玉が出現した。
「な――」
「静かに」
ライルたちが声を上げるより先に、女性はそれを制止する。
その手には何も持っておらず、忘れ物云々が部屋に入るための方便だったとライルはすぐに気付いた。
「要点だけ、手短に話します」
煌々とした火に照らされ、フードから覗く女性の瞳が輝く。
「ひとつ、私は敵ではありません。ふたつ、この国は危険です。みっつ、生き残りたくば、誰にでも良い、『ローズ公国に永住する』と言いなさい。そしてよっつ」
女性はいったん言葉を区切り、言った。
「抵抗する意志があるなら、2日後の夜にもう一度この部屋に泊まりなさい」
ライルはハッとし、質問を投げかけようと椅子から立つ。
しかし明らかに秘密裏に接触して来たであろう彼女が、それを許すわけもなく。
「では私はこれで。内緒話の時は火を焚いてくださいね、異国の方々」
意味深な台詞と火の玉を残し、あっと言う間に去って行った。