第15狂・サザンクロス___求める贖罪の為に
10歳の時に迎えられた春は過ぎて、14歳になる年がきた。
透架は、
成績優秀の文武両道の才女と噂される逸材だった。
非の打ち所がない品行方正な優等生と近所でも噂されていた。
しかしながら
いつも成績は学年トップを守り続けていたのは、
薫の言い付けを守り、御影家の人間達を失望されない為に。
そして何より双子の妹の存在が、
彼女を真っ直ぐにレールに歩ませていた。
純架の為に。双子の妹の為ならば、何だってやってやる。
それとは裏腹に心に存在する自分自身は
利害の為に生きている屍と、自身で嘲笑う程に。
けれども自身の可愛い一人息子よりも
優秀な透架を薫はよく思っていなかった。
ある朝。
学校に向かう朝、玄関に仁王立ちしていたのは薫だった。
軽い挨拶を済まし顔を上げると、
薫は不機嫌な面持ちをしている。
この人が朗らかな表情でいるところを見た事がない。
だからこそ、いつものようにに思っていたものの
「待ちなさい」
不意に立ち止まった。
薫は近付くと透架の髪を摘まむと
見定める様に、透架の顔立ちをまじまじと見詰める。
幼さの殻を置いてきぼりにして、
美しく聡明な気品のある顔立ちに成長しつつある。
それは“あの人物”を連想させた。
その何処かで影を佇ませる薄幸な面持ちと雰囲気が、
その存在感を強めにして憎しみを募らせた。
(歳を重ねる事に、奴に似ていく、癪に触るわ)
女性として同等の立場として、
そして脳裏に過ぎる人物と彼女を重ねて
彼女を見てしまうが故に薫にとって透架の成長は、恨めしい。
その真っ直ぐな烏色の髪も
学校校指定のセーラー服が、彼女の清楚さを連想させた。
容姿端麗、品行方正の才女として育つ透架を見る度に、
宏霧に対しては感情的に教育ママとしての一面を覗かせる
薫は透架を見る度にハンカチを噛んで引き千切るばかりだ。
(何をしているのだろう?)
髪に何か付けられている様だが、透架は不信感を拭えない。
御影家に追放され、薫と、澁谷家に過ごす度に
芽生えた不感症と人間不信感。
(私に触らないで、興味を抱かないで)
興味本位を操られるくらいないなら、
無関心を貫いて無視して欲しいとすら思う。
この芯を抱いて孤独な鳥籠に籠もりたい。
誰よりも情熱的で感情的な彼女は、
自身の可愛い一人息子よりも犯罪者の娘の方が
秀でているのは認めたくない現実で、屈辱的で、許せなかった。
「また100点を取って!!」
広いリビングに渇いた音が残響する。
高得点の、それも満点を取って怒られる、というのは
あまり聞いた事がないが、薫にとって見下し続け、
軽蔑の眼差しを向ける透架が、宏霧より優秀である事は
自身の気高いプライドをへし折られ続けた。
透架とは違い、
宏霧はどれだけ赤点をとっても、我が子の事は褒めている。
透架を叩いた後で、宏霧に見られている事に気付いた。
茫然自失しながら、薫を宏霧は見ていた。
宏霧を見た刹那、薫は駆け出すと
そして労るように抱き締め、媚びた声音で此方を睨む。
「宏霧ちゃん。可哀想に……屈辱的よね。
あんな邪魔者がいるから」
(可哀想に仕立てているのは、貴女ではないか)
自分自身に縋り付く母に、心の中で呟いた。
透架を見ると、叩かれた事はなかった様に、
凛然として鞄を整理していた。それはまるで、
隔離された、切り取られた景色の様に見えた。
薫は同性としても、人間性としても
宏霧よりも何もかも勝っている透架を敵視するが
透架にはどうでも良かった。
一度抱いた目標を現実化する為には、
今をなんとしても耐えないといけない。
若い頃の苦労は買ってでもしろ、という
言葉を心に抱いて奮い立たせた。
(今だけよ。耐えれば、終わる)
この頃になると、
純架の事と医学、勉学の事しか興味しかなくなった。
盲目的に純架の事を思い、地道に貯めたお小遣いで
購入した医学書を目を通してばかり。
(将来、医師に、心臓外科医となって
純架の助けになる。ただ、それだけ)
渇望した心に、一筋だけ潤った雨粒。
利害関係人として薫とは生きて共存しているつもりだ。
国家資格を取得するのその時まで静かに待つ。
その為に今は耐えればいいのだ。
『気味が悪い子。まるで、機械みたいな子。
人間味もないし、ただ気持ち悪いわ。人の心もなさそう。
まあ流石、犯罪者の娘、曰く付きの娘』
そう言ってウィスキーを煽り、煙草の数は増す。
白かった筈の天井はいつしかヤニに、黄ばんでいた。
薫の世話をしながら、透架は瞳を伏せる。
(私は、そんな事を言われて当然の立場だ)
(抗うな。忠実に生きるのが、私の役目だ)
薫の嫌味を耳にする度に、
そんな不滅の感情が心から沸き上がる。
犯罪者の娘だから、曰く付きの娘だからと突然の受け入れた。
反故する気にもなれない。
その度に自身が背負った十字架を思い知らされるのだ。
純架を傷付けたのは、紛れもない自分自身なのだと。
それに純架への贖罪を果たす為には、この澁谷家に
執着しないといけないという思いも分かっている。
国家資格、医師免許取得。
透架が、純架への贖罪の為に求めているもの、必要なもの。
人間関係を省けば、
それらが取得出来る事は約束されているのだから。
(純架への贖罪への対価は、安易過ぎる。
もっと私は傷付いてしまえばいい。取り返しの付かない程に。
それが私に下されるべき罪なのだ)
父親のように、透架を法が裁いてくれなくとも、
自分自身が鬼となり、自身に裁きを下せばいい。
純架は苦しみの中にいる事を前提に、それに値するものを。
対して反比例する様に薫の言動は
嫌味を含み、透架を妬みながら薫、度を増す。
透架が相手にしないのも面白くないのだろう。
心動かされる事も疲れて、
涙腺すら遮断してしまう程に。
心を凍結させて殺せばもう何者にも振り回されず、
自分自身の信念だけを置き去りにして、
感情を追い出してしまえばいい。
(純架の助けになる事以外ならば、私自身はもうどうでもいいの)
穢れた大人も、御影家の事も、澁谷家の事も考えたくない。
だから信念と双子の妹の事しか脳裏に置かない。
そうすれば少しばかり生きやすくならないだろうか。
いつものようにソファで眠る薫の
辺りに散らばった空き缶や、煙草の吸い殻を
集め掃除していた。
不意に視線を遣ると、ショートカットに
黒縁眼鏡をかけ、いつもおどおどとしている青年がいた。
普段、
薫が下す透架への仕打ちも口を挟まず、傍観視している。
薫に敵わないというのが正解で、此方の味方をしては
自身には不利な事を一番、知っている人間。
薫が敵視する透架に関わりを持っては
反感を買うだけだと、悟っている。
だから、現に何も言わなかった。忠実なふりをしている。
でも、ある時に、宏霧が、呟いた事がある。
「シンデレラ、みたいだ」
薫が撒き散らしたグラスの破片を片付けている時、
宏霧はそう呟いた。
____御伽話のシンデレラ。
けれども
自分自身はそんな綺麗な人間じゃない。
双子の妹を貶めた、最低最悪な女。
大切な人を傷付けておきながら
何事もなかった様に過ごしている、
どうしようもない、裁く事も出来ない、罪深き女。




