精霊の王
アイシリアから精霊の話を聞いて以来領主は、その姿をどうにか形にしようと……世界の守り手である精霊への想いを形にしようと、絵筆を握りキャンバスを睨み、どうにかこうにかその姿を描こうとしていたのだが……どうしてもアイシリアから教わった情報が頭の中で形になってくれず、絵にすることが出来ず……煩悶とした日々を過ごしていた。
冬が終わり、春がきて、暖かな日差しが庭に降り注ぐようになって……例年であれば冬の間、抑え込まれていた創作意欲が爆発し、様々な作品を作り上げていたのだが……今年はとにかく精霊のことが気になってしまい、その姿をどうにか描かないことには前に進むことが出来ない。
いっそのことアイシリアに見たままの姿を絵に描いてもらうとか、アイシリアの力を借りて直接精霊に会いに行くとかも考えたのだが、それではなんだか負けた気分になってしまうと領主は、春のぽかぽかとした日差しが降り注ぐ庭に置かれたキャンバスを、ただただ睨み続けていた。
そしてその隣には、小さな子ども用のキャンバスを睨むユピテリアの姿があり……ユピテリアは領主のように絵筆を止めることなく、悩むことなく、描きたいように思うがままに、何枚もの絵を描き続けていた。
パラモンとアーサイトと、クーシー達が絵の具などを用意してくれて、ユピテリアはただただ自由に絵筆を振るって……そうして出来上がっていく絵はどれもこれも、普段の領主の作品にも劣らない一級品の出来となっていた。
パーシヴァルという芸術の才の塊のような男の側にあり、その絵や芸術品を常から目にし続けて、更にはその教えを思う存分に受けることが出来たユピテリアだからこその、それらの作品は、パーシヴァルは勿論のこと、アイシリアさえもが目を見張るような出来の良さで……作品が完成する度にパラモンとアーサイトが、
「ぐわー!」
「ぐわっ、ぐわっ!」
と、感嘆の声を上げ、続いてクーシー達が、
「おおおー、凄い、これは凄いですよ」
「うぅむ、これが絵とは信じられませんな」
「……故郷の皆に見せてやりたいものです」
なんて声を上げる。
するとユピテリアは気を良くして、悩んだまま手を止めた領主の隣で新たなキャンバスを用意して、得意顔で新たな作品を描いていく。
今、この時期……領内の各地では領民達が動き出し、土を耕し、家畜に草を食べさせ、各地を行き交って行商をし、新たな一年を過ごしていて……こうして余裕のある時間を過ごせるのは今だけのこと、直に様々な課題難題が大量の書類となって領主の下へとやってくることだろう。
どうにか今のうちに、穏やかな日差しが続く春のうちに、精霊の姿を描きたいのだが……と、領主が絵筆を握ったまま、更に悩んで悩みに悩んで……「うぬぬぬ」なんて声を上げていると、ひゅうぅんと、一陣の風が屋敷の庭へと吹き込んでくる。
暖かで柔らかで、春らしい心地よいその風を受けて、領主が気持ち良さそうに目を細めていると……、
『やぁ』
と、独特の声が何処からか響いてくる。
人の声では無い、勿論動物の声でもない。
まるで薄い水晶板の中で喋っているかのように反響し、高く響き、あらゆる方向から聞こえてくるようであり、すぐ目の前から聞こえてくるようでもある、独特の声。
それを受けて領主が、一体何の声だろうかとキョロキョロと周囲に視線を巡らせていると……アイシリアとユピテリアの視線が、領主の前に置かれたキャンバスへと集められて……パラモン達やクーシー達までが、キャンバスのことをじぃっと見やる。
それを受けて領主が、真っ白なはずのキャンバスを恐る恐る見やると……何とも言えない何かが、キャンバスの上に、まるでベッドの上でそうするかの如く横たわっていた。
緑色をしている、半透明である、まるで物体では無いかのようだ、毛むくじゃらでもある。
「……り、リス?」
あえて言うならリスが近く、緑色をした毛を持つ半透明のリスといった風情のそれは、キャンバスの上で寝転がり、様々なポーズを取りながらもう一度、
『やぁ』
と、声をかけてくる。
宝石のような真っ赤な目がきらりと光り……その目を領主が一体何者なのかと、何が起きてこんな訳の分からない生物が現れて、その上キャンバスの上に寝転がっているのかと困惑していると、側に控えていたアイシリアが、ハッとした表情となり、声を上げる。
「……もしかしてアナタ……風の精霊の王ですか?
一体何故ここに……?
そもそもアナタ達は人の目のあるところで顕現することは出来ないのでは?」
その声に対し、緑色のリスは笑顔……のような表情を浮かべて言葉を返してくる。
『いや、何、ここには見ての通り、ほとんど人がいないだろう?
で、あればこの程度の顕現、誤差の範囲なのさ。
ドラゴンとドラゴンと、アヒル達とクーシー達と……。
うん、ここに人間の一人や二人いたところで、世界から見れば誤差みたいなもんだよ、誤差。
そして何故ここにという問いの答えだけれど……その答えは簡単、この人間がそう望んだから出てきてあげたのさ。
全く氷竜の娘ったら意地悪なんだよなぁ、ボクのことをまるで化け物みたいな風に表現してくれてさー、こんなにかわいいボクが、そんなおどろおどろしい姿をしている訳がないじゃないか!』
「いや、アナタ以前実際に、あの格好で暴れていたではないですか。
それこそ全ての手を刃のように回転させて、世界を滅ぼさんとする異形の化け物を斬り裂いて……」
『そ、それはそれだよ、それはそれ!
戦う時は必要に応じてそういう姿になることもあるけれど、普段はこうして受けが良い……じゃなかった。
可愛らしい姿をしてるのが僕達精霊なんだからさ!
そこんとこの誤解はしっかり解いておかないといけないよね、うん。
そういう訳で今日はここにきた訳で……ほら、人間、さっさとこのボクの姿を描いておくれよ。
こうやってここに寝ていれば、体の形をなぞるだけなんだから簡単だろう?
え? ボクが邪魔になるって? 大丈夫大丈夫、絵筆も絵の具も、ボクの体をするりと透過してキャンバスに届くはずだからさ!』
いきなりそう話を振られて領主は、困惑しながら絵筆を構えようとするが……どうにもこうにもリスの姿が邪魔で、上手く絵筆を動かすことが出来ない。
どうしたものだろうかと悩み、領主が助けを求めてメイドへと視線をやると……メイドは小声で、
(ここは王の言う通りに絵を描いてあげましょう。
……邪魔であればどけと言えばどいてくれますよ、風の精霊の王はおおらかですから、余程のことがなければ怒ったりはしません)
と、そう伝えてくる。
それを受けて領主は頷き、意を決して口を開き……キャンバスに横たわり艶めかしいポーズを取る緑色のリスに声をかける。
「あ、あの、精霊様にこんなことを言うのも申し訳ないのですが、キャンバスから少し離れて頂けると……大変ありがたいと言いますか、絵を描きやすいのですが……。
恐縮ですがキャンバスの隣に、浮いていていただけると、僕としてはとてもありがたいのですが……」
どうしても上手く描けず、恐る恐る、その怒りを買わないように気を付けながら領主がそう言うと、緑のリスはニッコリと微笑み……領主の言葉の通りに移動し、キャンバスの隣にぷかりと浮かぶ。
それを受けて領主は「ありがとうございます」と礼をいって……そうしてから絵筆を構え……キャンバスに思いの丈を込めた絵を描いていくのだった。
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