精霊
それからの日々は概ね平和に過ぎていった。
特にこれといった事件はなく、いつも通りの冬となり……あえて特筆するなら、ユピテリアがクーシー達という新たな友人を得て元気に、活発に遊ぶようになったことくらいだろうか。
パラモンとアーサイトはあくまでユピテリアの従者のような存在であり、対等な友人とは言い難い。
そんな中得ることのできた外の世界の友人であるクーシー達は、ユピテリアに対し対等に……とても友人らしい態度で接してくれて、ユピテリアはそのことを心底から喜び、毎日を笑顔を弾けさせながら過ごすことになった。
そうして春が近づき、雪が緩み始めて……そんな光景を毎日のように見続けていた領主は、ある日のこと……屋敷の中を元気に駆け回るユピテリア一行のことを廊下で見かけて、ぽつりと言葉を漏らす。
「……すっかりと大きくなったものだ。
ドラゴンとは成長が早いものなんだなぁ」
背が伸び、少女らしくなり、クーシー達のおかげか、大人びた振る舞いをするようになり。
あっという間に幼さを失いつつあるユピテリアを見てのその言葉に、後ろについていたメイドが言葉を返す。
「……ドラゴンは確かに成長が早い存在ではありますが、ユピテリアの成長はそこまで早くはないと言いますか、ドラゴンとしては遅い部類に入りますよ」
「何? そうなのか?」
「はい、生まれてから今日までの時間があれば十分と言いますか、普通のドラゴンであればそろそろ大人に成長しきっている頃です。
雷竜がそう作ったのか、それともこの環境がそうさせるのか、ああやって少女らしく振る舞い、普通の人間の少女らしく成長していく様は、ドラゴンとしてはかなりの異例と言えます」
「……なる、ほど。そういうものなのか。
それはそれで寂しいというかなんというか……成長が早すぎるのも考えものだな」
「そもそもドラゴンが子を成す事自体が異例と言いますか……子供を成す行為、それ自体が他の生き物を真似てのことです。
そういう訳でドラゴン生来の成長速度も何も無く……必要であれば生まれてすぐ大人に、ということも可能です。
ただそれをやってしまうと結構な負担になりますので……負担をかけずに大人になる場合は、一ヶ月から三ヶ月ほどの日数が必要となります」
「あ、ああ、そうか、ドラゴン自体が生物の枠から外れた存在であることをすっかりと忘れていたよ。
そうか……生まれてすぐに大人になるということも可能は可能なのか。
数を増やすこともやろうと思えばいくらでも可能で、すぐ大人になることも可能で……。
ドラゴンがそうしたいと思ったなら、世界を支配することなど容易なのだろうなぁ」
「……そもそもそんな面倒なこと、したいとも思いませんが、仮にやろうと思っても難しいでしょうね。
他のドラゴンが許さないでしょうし、精霊達の存在もあります。
精霊達の怒りを買うと大変面倒なことになりますし……そうなったならドラゴンといえどただでは済まないので……」
そう言われて領主は、顎に手を当てて……「ふうむ」と唸る。
精霊、世界の根幹に携わる上位存在。
膨大な魔力の塊でもあり、自然の力を司る存在でもあり……信仰の対象でもある特別な存在。
そういった存在が世界にいることを知ってはいるものの、見たこともない領主は、唸りに唸ってから……メイドに声をかける。
「精霊とはこう、話に聞く限りとても可愛らしい存在なのだろう?
小さくて儚げで可愛らく、それでいて美しい存在。
そういった存在をドラゴンが恐れるというのは、なんともしっくりこない話だな?」
その声を受けてメイドは、何処でそんなデマを耳にしたのかと顔を歪ませ……言葉を返す。
「精霊も確かに生まれたてや子供であれば可愛らしい存在ですが、大人に……ドラゴンに匹敵するような長のような存在ともなれば可愛らしさとは縁遠い、迫力のある見た目をしていますよ?
たとえば……そうですね、風の精霊の王なんかはこう……お父さんよりも恐ろしい見た目をしていると言っても過言ではないでしょう」
「か、かの氷竜よりもか!?
それは一体どんな見た目をしているのだね!?」
自らの目で氷竜を見やり、様々な芸術品として表現してきた領主がそう言うと、メイドは手振りを交えながら風の精霊の王の姿を表現していく。
「……えっと、こう、まず人型です。
人型で大きくて、お父さんよりも大きいかな。
そしてこう……1つ目で、鉄製の兜と鎧を身に付けていて……腕、ですかね。
あれを腕と言って良いのかは分からないのですが、腕のような何かを四本ほど有しています。
その腕は攻撃のための武器の役割を担っていまして、鋭い刃のようになっていて……激しく回転します。
回転することで切れ味を増させ、その状態で敵対するものを斬り裂く訳です。
ああ、それと勿論風の精霊ですから、風にのって自由自在に空を舞い飛ぶことが出来ます。
空を舞い飛びながらあの刃で切り裂かれたなら、ドラゴンと言えど無傷ではすまないでしょう。
……そしてこう、下半身ですが……なんと言ったら良いのか、腰までは普通にあるのですが、脚がなくてですね……こう、馬車の車輪のようなものが6個ほどついていて、それを回転させることで地面を走ります。
まぁ、そもそも飛べる訳ですから、走る必要は無いのですが……時折そうやって地面を駆けることを楽しんでいるようです。
ああ、それと尻尾がありまして、尻尾も刃のようになっていて回転します」
アイシリアの手振りをじっと見つめ、その言葉を全力で受け止めて……その優れた芸術的センスでもって、懸命に……どうにか形にしようと試みる領主だったが、アイシリアの語るその姿が、あまりに常識からかけ離れているというか、領主が今までの人生で見たことのない、想像も出来ないような姿だった為に、領主であっても形にすることが出来ず……その想像図はあっさりと霧散してしまう。
「ま、まて、まってくれアイシリア。
そ、それのどこが人型なのだ? 何処らへんに人の要素があるのだ?
話から想像すぐ限り、異形の化け物しか思い浮かばないのだが……」
跡形もなく消え去ってしまった想像図を、どうにか再構築しながら領主がそう言うと……メイドは「うぅん」と唸り、首をかしげる。
「いえ、確かに人型なのですよ。
身に付けている鎧と兜は人のそれとほぼ同じ形状ですし……。
1つ目とは言いましたが、頭の形も人間にそっくりなので……はい、わたくし達よりもかなり人寄りの姿をしていると言えるでしょう」
その言葉を受けて領主は『そりゃぁドラゴンに比べたらそうだろう』なんて言葉を口に出しかけるが、それでメイドの機嫌を損ねてしまうのもどうかと考えて言葉を飲み込み……出来るだけ素直に、メイドの心に寄り添う形でメイドの言葉を受け止めることにして、風の精霊の王の姿を懸命に思い浮かべようと……領主なりの全力で努めるのだった。
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