卵
――――とある山脈で
『ぬうう!?
な、何故だ、何故そちらに飛んでいく!?
むぅぅぅぅん……し、仕方ない、より優れた娘を、二つ目を作り出すしかない……!
我が力の、ありったけを込めた新たなる卵をあの麦畑に……!』
――――屋敷の庭 鱗の前で 領主
「……これは卵、なのか?」
鱗を眺めていたら、突然空からふんわりと舞い降りてきた謎の物体。
球体で、卵のような殻に覆われていて、卵に見えないこともないのだが、異様に巨大で。
領主の腰程の高さを持つそれを領主がどうしたものだろうかと眺めていると、屋敷の中から異変に気付いたアイシリアが姿を見せて、領主の下へと駆け寄ってくる。
スカートを振りながら駆け寄ってきて、駆け寄ってくる途中で卵を見つけて硬直して、一体どうしたらそんなことが出来るのか、今まさに地面を蹴ろうとしている状態で静止したアイシリアが、その卵のことをじぃっと……怪訝そうな表情で見つめ始める。
「……この奇妙な異物は一体全体、どうしてここに?」
見つめたままそう問いかけてくるメイドに対し、領主は首を傾げながら言葉を返す。
「どうしてと言われてもな……。
何の脈絡もなく突然、空から降ってきたのだ。
ふんわりと……鳥の羽かと思う程に柔らかに降ってきてな、挙げ句の果てに卵の殻が脈動するものだから、モンスターなのかとも思ったが……それらしい気配はないようだ。
と、なると恐らくは何がしかの生物の卵なのだと思うのだが……アイシリア、脈動する卵に心当たりはないか?」
領主のその言葉の通り、卵の殻はどくどくと脈動していて……それ自体が生物に近い気配を周囲に放っている。
「……恐らくこれはドラゴンの卵だと思われます。
この世界広しと言えど、こんな大きさの、こんな風に脈動する卵を作れるのはドラゴンくらいのものでしょう」
「ドラゴンの?
……ドラゴンとは卵で増えるものだったのか」
メイドの答えにそう返した領主が、ドラゴンの卵であれば保護するべきかと考えて、卵の方へと近づこうとすると、その前に凄まじい速度でもってメイドが飛び込んできて、領主がそれ以上卵に近づかないようにと、仁王立ちになる。
「うかつに近づかない方がよろしいでしょう。
何しろドラゴンの卵ですから、何が起きるのか、何をやらかすのか全く予測が付きません。
……そもそもドラゴンは卵で増える生き物ではありません、自らの望む方法で自らの望む形で、自らの分身を自在に生み出せるのがドラゴンという存在なのです」
「そう、なのか?
それはまた、なんとも凄まじい話だな……」
「……古代において、ドラゴンは言葉での会話をしない存在でした。
それが言葉を持つようになったのは世界に人間が現れ、人間達が言葉での会話をし始めたからなのです。
それを真似るようになり、独自の文化として昇華した今では当たり前となっていますが、大昔のドラゴン達は言葉を有していませんでした。
性別もそうです、ドラゴンが性別を持つようになったのは他の生物の繁殖方法を知ったからで……この卵も恐らく、何処かで卵を産む生物を見たからと真似たものなのでしょう。
真似の仕方が中途半端というか、適当過ぎるせいで脈動してしまっているのが何よりの証拠です」
「なる……ほど。
卵を見て、その仕組をよく理解しないまま、形だけ真似たものがこれか……。
……た、確かにそれだと、一体何をやらかすのか全く予測がつかないな……」
そう言った領主が卵から距離を取ろうと数歩後ずさった……その時だった。
脈動していた卵にヒビが入り、ヒビの隙間からぱらぱらと光り輝く欠片を吐き出しながら、どくんどくんと力強く脈動し始める。
何もかもが卵とは言えない、ありえないとしか言い様がないその有様に、領主とメイドが唖然とする中……入ったヒビを始点として、キラキラとした輝きが広がり始め、卵全体を覆うように輝きが広がり……輝く卵の殻が太陽の光に溶け込むかのように姿を消してしまう。
「ヒビを入れておきながら割れないのか!?」
領主の的はずれな言葉が周囲に響き渡る中、それまで卵の殻があった場所に一人の少女が唐突に出現し……三編みにした長い金髪を揺らしながら、キラキラと輝く金の瞳をくりくりと動かしながら、履いている革靴でもってトントンと地面を蹴り、ふんわりと広がるドレススカートをひらひらと揺らす。
「……ど、ドラゴンの子供となると、靴や服を身につけた状態で世界に生まれ出るのか。
髪も綺麗に梳かれていて……年は10歳といった所か……」
目の前で起きた衝撃的な出来事に、戦慄した領主が身を震わせながらそう呟くと……卵から生まれた少女は、領主を見てメイドを見て……そうしてにっこりと微笑んでから、すぐ側に突き立っている鱗へとその目を向ける。
「美味しそう!」
目を向けるなり少女が放った言葉に、領主は「は?」と声を上げながら首を傾げ、メイドは半目の「何を言っているんだこいつは」と、言わんばかりの表情となる。
あの汚らしい雷竜の逆鱗が美味しそうなどと、なんて馬鹿なことを。
確かに豊富な魔力を有しているが、その魔力を取り込めるのは雷竜にしか出来ないことで……食べることなど以ての外だと、メイドがそんな言葉を口にしようとしていると、少女が地面に突き立つ鱗へと駆け寄って……大きく開けた口でもってバリバリと食べ始めてしまう。
「け、剣よりも鋭い鱗を、いとも簡単に噛み砕くとは!?」
領主がそんな声を上げる中、メイドは少女を生み出した親が誰であるかを察する。
何故そんなことをしたのか、どうしてここに送り込んできたのか、その意図は全く読めないが、雷竜の逆鱗を食している以上は、彼女は間違いなく雷竜の娘だ。
逆鱗を失い、大量の魔力を失った状態で子を成すなど、一体何を考えているのかと呆れたメイドは……目の前の少女の処遇をどうすべきかと、頭を悩ませるのだった。
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