強大なれど賢明ではなく
色々と予想外のことはあったものの、無事に戦争の調停という重大任務を終えて……クーシーとケットシーのブラッシングを終えて屋敷へと帰還したパーシヴァルは、やたらとややこしいだけの伝統的文体でもって書き上げた報告書を、屋敷の側で待機していた王家の印章を持つ配達員へと手渡していた。
いっそのことアイシリアに、メイドに配達してもらった方が確実であっという間に届くのだが……だからといって長年の伝統を、彼らの仕事を無下にする訳にもいかない。
余計な手間も時には必要なものなのだと、そんなことを考えながら領主は配達依頼証書にサインをし……サインを確認した配達員が、馬の背に飛び乗り手綱を握り、凄まじい勢いでもって馬を走らせ……街道の向こうへと消えていく姿を静かに見送る。
そうして深いため息を吐き出し、屋敷へと戻った領主は……庭のある空間に、今度そこにバラの木でも植えようかと思っていた一帯に、どんと突き立っている一枚の鱗を見やって……再度のため息を吐き出す。
「……こんな大きな鱗、一体何に使ったら良いのだ」
メイド曰く、そこら辺で拾った鱗。
とんでもなく大きく、やたらと輝いていて、やたらと硬くて、それでいて結構軽いというとんでもない鱗は……話の流れというかなんというか、あの件がどうして起きたのかを考えれば一体何者の鱗であるのかは、おのずと察する事が出来る。
もしそうだとするならば……領主の予想が正しいのであれば、目の前のこれはとんでもない一品であり……伝説の中でも中々出てこないだろう一品をじぃっと見やった領主は、そっと手を触れてみて……その硬さを確かめてから、腰に下げていた剣を抜き放ち、全力で鱗の端に叩きつけてみる。
鈍い衝突音と、おかしな手応え。
それを受けて恐る恐る剣を……それなりの名品であるその剣の刃を見てみると、鱗が剣の刃を深々と斬り裂いているという、とんでもない光景が視界に入り込む。
後少し押し込んでいたなら、領主がもう少し力を入れていたなら、剣の刃は真っ二つになっていたに違いなく……がくりと肩を落とした領主は、そっと剣を引き抜き……使い物にならなくなったそれを鞘にそっと戻す。
「……これは加工するのも一苦労だぞ。
素手で触ろうものなら指が飛んでしまうのではないか……?
鋭く硬く、それでいて軽く……。
剣に出来たならかの神剣を超える一振りが出来上がりそうだが……うぅむ、切るのも砕くのも、溶かすのも無理のように思えるし、どうしたものかな」
そんなことを呟いた領主は、買い出しに出かけているメイドが帰ってくるまで……そのまま鱗の前に立ったまま、頭を悩ませ続けるのだった。
――――一方その頃、とある山脈で
北方にあるそれとは、また違った形で連なる山脈のある頂きで、雷竜は痛みに悶え苦しみながら考えていた。
確かに自分は悪いことをしたが……してしまったが、果たしてここまでのことをされる謂れはあるのだろうか……と。
もう少し穏便な、爪や牙を剥がす程度であれば納得も出来たが、よりにもよって多数の鱗と急所である逆鱗を剥ぐなど、そんなことが許されるのだろうか……と。
挙句の果てに、あの炎竜や意中の水竜にまで軽蔑されてしまい、哀れむような視線を向けられてしまい……そんな屈辱まで受ける謂れは無いはずだと唸り声を上げながら考え込む。
そもそもあの氷竜はずるいではないか。
娘なんてものをこさえた挙げ句、その娘を人界に放って影響を及ぼすなどそんな羨ましいこと、どうして許されているのか。
確かにあの娘は、氷竜に比べれば力も弱く、力が弱い分だけ影響力も弱く、大地の精霊達が何も言ってこない以上は問題の無い……世界に許された行いなのかもしれないが、それでもずるいとしか思えないし、どうしてもどうしても羨ましく思えてしまう。
ずるくて卑怯で、自己中心的で、自分だけ楽しむ最低最悪の行い。
それもまた自分の行いのように裁かれるべきではないのか……と、そんな所にまで思考を至らされてしまった雷竜は、どうしたらこの気持ちが……悔しくて羨ましくてたまらない気持ちがおさまるのかと、先程まで悶え苦しんでいたはずの痛みも忘れて考え込む。
『……同じ、ならどうだ。
氷竜のあの行いを精霊達が許したということは、この我が同じことをしても許されるのではないか?
娘を作り出し、人界に送り込み、人界に影響を与えて……そのついでに氷竜の娘に仕返しをする。
……おお、おおおお、なんと面白そうで素晴らしい考えだろうか』
咆哮を上げてそんな独り言を呟いて、なんとも言えない悦に入った表情を浮かべる雷竜。
『そうだな……我が娘を送る先はあの麦畑が良いだろう。
あそこにいた女は、中々の手練れだった。
確か氷竜の娘が番とした相手は、醜く膨らみ、どうしようもない才を有した鈍ら男だったはず……。
あの手練れの女であれば、あの鈍ら男を真っ二つにしてくれるに違いない。
そうだそうだ、それが良い、あの女を我が娘の番に……番に?
娘と女の場合、番と呼んでも良いの……か?
我らはいちいち番などにはならぬから、そこの所が良く分からんなぁ……。
……まぁ良いか、まずは卵を作ってから後のことを考えるとしよう』
更にそんなことを呟いた雷竜は、逆鱗を剥がれてしまっていることをすっかりと忘れたまま、大量の魔力を練り上げた挙げ句に、全力に近い力をその全身に込めてしまう。
体全体に……特に逆鱗が生えていた首後ろに力を込めてしまった雷竜は、忘れてしまっていた痛みがどうしようもない程に激化したことに苦しみ悶え……下手に魔力を卵の方に使ってしまったこともあり……痛みを緩和することも出来ず、逆鱗を再生することも出来ず、ただただ痛みに耐えることしか出来なくなってしまう。
そうして地団駄を踏み鳴らし、翼をばっさばっさと羽ばたかせ、尻尾で山脈の頂きを削り取りながら生み出された卵は……雷竜の思惑と違った形で産まれ出てしまい……思惑と違った場所へと飛んでいってしまうのだった。
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