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 冒険者となってからは、数ヶ月に一度しか帰らない実家だけれど、実はそんなに離れた場所にある訳じゃない。

 まぁ父が冒険者として生きてた頃から住まいを変えてないから、それも当然かも知れないけれど。

 では何故、俺が偶にしか実家に帰らないのかと言えば、冒険者が防衛都市の外に出るには色々と面倒が多いからだ。


 例えば当たり前の話だけれど、武器や防具の類は防衛都市外への持ち出しは禁止されてる。

 それに伴い、武器類を簡単に持ち運び出来るストレージも同じだ。

 その他、火晶石を始めとするアイテム類も、極一部の例外を除いて大半が外には持ち出せなかった。

 故に冒険者が防衛都市の外に出る際は、入念な荷物検査が行われるし、書類手続きもしなきゃいけない。

 尤も高ランクの冒険者の場合は、身一つであっても尋常ならざる戦闘力を持っているから、実際の所は外の人間を安心させる事以外には、それ等の規制には特に意味はないのだが。


 さて置き、俺の実家は防衛都市である守口からバスで西へ暫く、旧吹田側にある防衛都市、阪大の更に向こう、豊中と呼ばれる場所にある。

 何でも阪大は、元々は大学や、大学の付属病院だった場所を中心に築かれた防衛都市で、スキルやダンジョンから得られたアイテムや鉱石等の研究が盛んな場所だ。

 俺も引力スキルの訓練中は、守口ではなく阪大の方を拠点としていた。


 防具でない普通の衣類の頼りなさに心細さを感じながらも、俺はバスを下り、バックパックを背負い直して実家を目指す。

 幼い頃から十五年間、人生の大半を過ごした慣れ親しんだ場所なのに、俺はここに帰って来る度に、違和感を感じる。

 だってあまりにも、戦いの匂いが薄いから。


 道行く人は皆隙だらけで、無防備だった。

 銃器を持った警備兵が、町中を警邏したりもしていない。

 明日の戦いを生き残れるかと、不安を抱えた表情の新人冒険者や、戦いのストレスを上手く処理出来ずに、荒んだ空気を醸し出す中堅冒険者も見当たらないのだ。

 つまりは、そう、とても平和である。


 その光景に俺は安らぎと同時に、疎外感を覚えてしまう。

 自分がこの平和の中に迷い込んだ異物だと、その平和を大切に思いながらも、感じずには居られなかった。



 バスを下りてから二十分程歩けば、住宅街の中の一軒家、亡き父が建てた実家に辿り着く。

 呼び鈴を押して暫く待つと、インターホンから母の声が聞こえ、門とドアのロックが外れる。

 俺は一つ溜息を吐いてから、息を吸う。

「ただいま、母さん。健二は?」

 そう、俺は今日、弟とその進路に関して話をする為に、この実家に帰って来た。 


 冒険者として生きてる俺が言えた事じゃないけれど、健二には成るべく安全な仕事に就いて欲しい。

 母を一人残さないで欲しいし、金の事は気にせず進学もして欲しい。

 ただそれでも、本当に健二が望んでどうしても冒険者になりたいのなら、やはり俺にそれを止める権利はないだろう。


「帰ってるわよ。でも夕飯、二人の好物作るから、その後に話してあげて」

 母の言葉に頷いて、俺はバックパックから土産として持って来たキャノンタートルの肉を取り出して渡す。

 キャノンタートルの肉は普通に焼くと硬くなってしまうが、切れ目を入れて鍋の具とすれば柔らかくなり、非常に美味な濃い味の出汁が出る。

 B級モンスターは狩れる冒険者も極々限られているので、実は結構な高級食材だ。


 俺は金銭は常識的な範囲の送金しかしていないが、食材に関してはこの家の中だけで消費できる分量ならば良いだろうと、時折こう言った食材を送り付けて居た。

 但し、そうやって送るのは自分が浸食領域に挑んで得た食材のみと決めている。

 母も下手に他所に御裾分けなんてしようものなら、次から次へと要求され、その要求内容も次第にエスカレートして行く話を幾つも知っているから、俺から届いた食材を決して外に出しはしない。

 父が生きてる頃から、浸食領域で得られる食材の扱いはそうだった。


 実家にまだ残されてる自室に入り、荷物を下ろして、もう一度溜息。

 ゆっくりベッドに腰かけた。

 部屋はとても綺麗で、母が時折掃除してくれている事がわかる。

 心配は、とても掛けているだろう。

 だが今更、俺に他の生き方は出来ない。


 自分の度し難さに思わず唇を噛み締めた時、部屋のドアがノックされた。

 ドアが開き、入って来たのは弟の健二。

 あぁ、そりゃあそうだ。

 弟だって、急に俺が帰って来た用件くらいわかってるだろう。

 気が急く気持ちだって、そりゃあわかる。


「兄ちゃん、俺、兄ちゃんにばっかり無理して欲しくなくって……」

 不安げな顔で、不安げな声を出す健二。

 あぁ、あぁ、そうか。

 俺は母だけでなく、弟にも心配を掛けていたのか。

 健二は大人しい気性だが、芯は強い。

 だから考えた末に、冒険者になろうなんて結論に至ってしまったのだろう。


「そんな顔すんなよ。折角帰って来たんだぞ。土産だってある。俺は結構楽しくやってるよ。『鴉』とかって呼ばれて、冒険者の間では結構有名なんだぞ」

 ソロばかりしてるのボッチな冒険者だけど。

 知り合いが多く、知名度も高いのは嘘じゃない。

 俺は生き残ったし、美味い物を喰って楽しくやってる。

 そしてそれは、これから先も同じくだ

 金だって稼げてるし、何の心配もない。


「だからあんまり心配すんな。金は一杯稼いでるから、お前も本当に好きな道を選べ。俺はさ、好きで冒険者をやってるんだ。でも健二は違うだろ? ……あぁ、飯の後にゆっくり話そう。色んな話をしてやるから、だから泣くなよ。バーカ」

 そう言って俺は、弟の頭を軽く小突いた。

 本当の馬鹿は俺だろう。

 どうしようもなく、度し難い。


 けれども、そう、暫くの間は、もう少し頻繁に家に帰って来るとしよう。

 数ヶ月ぶりに見た弟は、一回り大きく成長しているのに、肩を縮めて泣いていたから。

 


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