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その日は雨が降っていた。
雲は霧に覆われた海の向こうからやって来るから、その先がどうなっているかは兎も角、今も存在している事の証左である。
雨の成分に異常がない事は、ずっと研究者が確認しているらしい。
海の向こうで起きた核兵器等が使用された戦いを考えると、異常がない方がどう考えても異常だったから。
だが考えてもわからない物は、幾ら考えたってやっぱりわからない。
推定や検証は専門家の仕事で、俺の様な冒険者は日々を生きる事に注力すべきだ。
―同調完了。皆、お待たせ。こちらは『地図屋』よ。今回守口支部から救援に来た冒険者は、全員私がナビするわ。よろしくね―
脳裏に響く声は冒険者庁、ギルドに所属するナビゲーターの一人、高坂・恵の物。
『地図屋』の異名を持つ実力のあるナビゲーターの彼女とは幾度か仕事を共にしたが、今回の任務に従事するのは、俺と彼女だけじゃない。
「おうよ。こちらはC級チーム『アーバレスト』。恵ちゃんよろしくなー!」
「同じくC級チーム『クロム』。地図屋の実力は噂に聞いてる。よろしく頼む」
「C級チームの『魔女の集い』よ。全く、早く終わらせたいわね」
周囲の船から、次々に声が上がる。
アーバレストは確か弓手が多く所属する六人チーム。
クロムは良く知らないが、最近C級に上がったばかり五人組だ。
昇格したばかりでこの任務に駆り出されるなんて、実に運がない。
魔女の集いは、何らかの魔法を扱える女性のみで構成されたチームで、ここに居るメンバーは五名だが、チーム総数は十二名だった筈。
回復魔法の使い手も所属してるとの事なので、是非知己を得たいチームであった。
勿論別に下心はない。
……否、回復魔法が目当てと言うのは、下心になるんだろうか?
「感度良好だ。B級冒険者『鴉』。今回もまたよろしく頼む」
そしてチームではない個人として参加してるのは俺と、
「寒いー。B級冒険者『炎の渦』よ。恵ちゃん、暖かい物差し入れてー」
同じくソロのB級冒険者、紅・真緒だった。
雨の船上は確かに冷える。
―『アーバレスト』六名、『クロム』五名、『魔女の集い』五名、『鴉』、『炎の渦』、計十八名確認OKよ。現在琵琶湖の水量は規定値を越えて増加中、間もなくE級モンスターの浸食氾濫が……、始まったわね―
恵の声と同時に向こう側で、琵琶湖支部に所属する冒険者達の乗った船が一斉に出撃して行く。
俺達の出番は未だ後で、やがて起きるD級モンスターの浸食氾濫が始まればC級冒険者のチームが出撃し、最後のC級モンスターの浸食氾濫が始まれば、俺と真緒も狩り出される事になるだろう。
そう、これが雨の日に俺達冒険者が注力しなければならない任務、琵琶湖の浸食氾濫だ。
琵琶湖はこの日本でも最も大きな湖で、大昔は淡海乃海なんて風に海に並べて例えられたとか。
旧京都中央部から広がった四神のダンジョンの浸食領域は、旧滋賀方面では琵琶湖の四分の一程を浸食した所で押し留められた。
まぁこれ自体はかなり早期に浸食領域の拡張を抑え込めた方だろう。
実際に浸食領域の規模を小さい順に並べると、『四神』と『不死山』がほぼ同じ程度で、次に嘗ての首都を全てのみ込んだ『死都』。
更に四国の半分を飲み込んだ『死の遍路』と続き、一番拡張を許してしまったのが九州の『火ノ国』ダンジョン。
しかし琵琶湖に生まれた浸食領域は、確かに規模こそ小さかったが、厄介な事に水棲のモンスターが発生する場所となってしまった。
琵琶湖に存在する浸食領域のランクは、EからCまで。
BランクやAランクの浸食領域が誕生しなかった事は幸いだが、水中のモンスターは地上のモンスターに比べて圧倒的に戦い難い。
そして困った事に数日間の長い雨が続いたり、嵐の様な激しい雨によって琵琶湖の水位が上昇すると、浸食領域内の水棲モンスター達が活性化してしまうのか、浸食領域外へと氾濫してしまう現象が起きるのだ。
元々この地に生まれた防衛都市である琵琶湖には、水中戦闘を得意とする特殊な冒険者が集められているけれど、浸食氾濫が起きそうな際には、それでは足りぬと近場の防衛都市から援軍を募る。
その援軍に守口より派遣されたのが、俺と真緒、それから三つのC級冒険者チームのメンバー達だった。
―マップ転送開始。味方の現在位置を表示。E級モンスターの討伐率は三割ほど、順調ね。でもそろそろD級モンスターの浸食氾濫が予測されるわ。アーバレスト、クロム、魔女の集いの三チームは準備をお願いね―
恵の声と同時に周辺の地図と地形データが視える様になり、更にその地図には白い光点として味方の位置が浮かび上がる。
全く以って、有り難い支援だ。
但し気を付けねばならないのは、この支援を受けてるのは守口から来た冒険者のみである事。
当然ながら他の防衛都市から来てる応援にもナビゲーターは付いているだろうけれど、それが恵程に優秀であるとは限らない、
ましてや主戦力となる琵琶湖の冒険者達は数が多過ぎて、大半はナビゲート自体受けれていないだろう。
故にそれを念頭に置いて動かねば、こちらは他を攻撃に巻き込んだりはしなくとも、他からの攻撃に巻き込まれてしまう可能性はある。
この支援が恵まれた物で、誰しもがその恩恵に与って居る訳でない事は、ハッキリと理解しておかねばならない。
「さっきから気になってて聞きたいんだけどさー。何でこの船、でっかいクレーンが付いてるの? 前に参加した時はこんな船じゃなかったから、これって三野のせいだよねー?」
隣で寒さと戦っていた真緒が、振り返って俺に問う。
勿論、その通りだ。
起重機船と言うらしい。
琵琶湖内に防衛線を築く為に、作業用の船として造られたと聞いている。
何でも大昔の日本の海軍も、琵琶湖にこの起重機船を浮かべたんだとか。
だから何でクレーンが付いているのかと問われれば、それは建設作業の為だと答えるしかない。
しかし何の為にこの船を用意したのかと問われれば、……それはとても表現が難しいのだけれど、
「釣りの為、……かな?」
そう答えるより他に言葉は見付からなかった。




