食後にはじめました
気に入らない。とにかく気に入らない。
晩飯はいつも4人がけのテーブルで俺とマスターだけでのんびり静かに食べる。
なのに今日は素性のわからない異世界人が同席していた。
しかも俺の横だ。
さらに気に入らないのは明日、俺がコイツを連れて歩かないといけないってことだ。
「なんで俺が!」
マスターのことは信頼している。
でも、解せない。
こんなやつと、なんで。
ちらりと異世界人を見ると、パンをスープに浸して食べている。
呑気な顔しやがって!!
「ギルド周囲のことならレベックが一番詳しいし、もしもの時の対応力もある。レベックになら、任せられると思ったんだけどなぁ。どうだろう?」
「……そこまで、言う、なら。分かりました。」
つまりマスターは俺を信頼して、俺の力を考えて任せてくれたんだ。
コイツは好きじゃない。でもマスターがそういうなら、仕方がない。
「よろしくお願いします、レベックくん」
渋々ながら了承したのを見て、異世界人が俺にそう声をかけてくる。
ふにゃーっとした笑みがなんとも、居心地が悪くなる。
あと勘違いするな、お前のためじゃない。
「…明日7時に食堂だ。朝食を食ったらすぐに行くからな。」
「うん!!わかった!」
なんでこんなに嬉しそうなんだ!?
コイツといると調子が狂いそうだ。
あぁ、イライラする。
俺は最後まで取っておいたベーコンを口に入れた。
柔らかくておいしい…。
因みにこのベーコンは「締め兎」という兎の肉を使ったベーコンだ。
締め兎は耳がものすごく長く、敵や獲物をその耳で締め上げて仕留める肉食の兎だ。
この兎、動きも早く厄介だがこうしてしまえばただただ美味しい。
名残惜しささえ感じながら飲み込んで立ち上がる。
普段ならマスターともう少し話をするところだが、今日のところはいい。
「レベックくん、明日よろしくね。」
「……ふんっ」
ひらひらーっと手を振る腑抜け顔を置いて、俺は食堂を出た。
「ごめんね、オトハくん。レベック、いつもあんな感じなんだよ。」
「え?あぁ全然!かわいいですよね!」
レベックくんが出ていく頃、食堂にいる人数は多少減った。
何人かはアルコールもふっかけ始めたみたいだ。
俺もあらかた食事を食べ終えて、デザートにアイスクリームを食べているとホルンさんが口を開く。
レベックくんの所作についてホルンさんは言っているようだ。
正直俺はあんまり気にしていない。
少し無愛想だけど、優しい子に見えるし、そもそもゲームとかでもツンデレちゃんや生意気っ子なんてありがち、寧ろ王道のキャラだ。
そんな子達と過ごすゲームを日夜やっていた俺にとってはあの程度、かわいいとしか思えない。
…2次元と3次元は違うとの意見もあるが、俺の中では大概一緒だ。
「ふふっ…よかった。君とレベックなら上手くやれると思うんだ。……あ、そのアイスクリームにこのジャムをかけると美味しいよ。」
「ありがとうございます…いちご、ですか?…うん、美味しい!」
安心したように笑って見せるホルンさん。
でもその表情はどことなく違和感があって、本当は心配なんてしていなかったように思える。
……俺こんなに他人のことよく見てたっけ?
そういえば……俺ってこんなに色々話が出来る人間だっけ?
ゲームの世界に来たような気分でテンションが上がってよく話しているだけ、なのか?
とりあえず渡された赤いジャムをアイスにかけて、口に含んだ。
甘酸っぱくて美味しい。
「そう、大樹イチゴのジャムだよ。名前の通り大きな木に出来るんだ。この近くにもあるから、良かったら採ってみてね。採れたては美味しいよー。」
イチゴもサーモンも、今までいた世界のものと似ているけれど少しずつ違うみたいだ。
ギルド自体も大きいし敷地も大きそうだし、楽しみは膨らむ。
「…ラルゴも。オトハ、案内する。」
ひょこっと突然現れたのはジト目の竜人、ラルゴだ。
さっきは低い位置でまとめられていた髪が高い位置のツインテールになっている。
しかも緩やかに巻かれていてなんだか可愛らしい。
「ラルゴ、髪型変えたんだね。似合ってる。」
「……バウちゃん、してくれた。」
髪型を褒めると微かに自慢げな笑みを浮かべてからさっきまでレベックくんが座っていた俺の横に座る。
「…そうだね。じゃあラルゴ、オトハくんにお風呂の場所と洗濯物の出し方を教えてあげてくれるかい?」
にっこりと微笑んでラルゴに声をかけるホルンさんは正しくお父さんって感じがする。
ラルゴもこくこくと何度も頷いている。
気付けばバウちゃんが片付いた皿を運んで行ってくれた。
ふとみるとあちこちで飲み会が始まっておりバウちゃんは忙しそうだ。
お礼も言いたいけど、また今度にしよう。
「じゃあ、オトハ。こっち。」
たった今座ったというのに既に立ち上がったラルゴにぐいぐいと腕を引かれる。
それに合わせて立ち上がりホルンさんにぺこりと頭を下げた。
ひらひらーっと手を振るホルンさんに笑みを返しつつ、忙しげなバウちゃんにも聞こえる声が出るよう大きく息を吸った。
「ごちそうさまでした!!」