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07.少女と病の正体

 泣きじゃくったウィローが落ち着くのを待ってから、俺達はウィローの妹がいるという場所へと向かった。

 そこは建物も古い場末の通りだった。見るからに貧しい者達が住まう貧民街、所謂スラムという奴だ。

 思わずラビを見れば、明らかに眉を顰めてたものの視線に気付けば表情を消していた。慣れない場所だとは思うし、ラビに文句はあれども住民とのトラブルは避けたい。

 そう思いながらもラビの手を握ってウィローの後ろを付いていく。突然手を握られた事でラビから驚いた気配を感じるが、すぐに手に力を込められて付いて来てくれた。


 そしてウィローが辿り着いた家は、もう廃墟といっても過言ではなかった。辛うじて風が防げる程度の家の扉をウィローは開ける。

 中も外観と変わらぬ程に酷い有様だった。汚れ、朽ちて、とてもじゃないが快適とは思えない。

 そんな家の中で、苦しげに息を吐いて顔を紅潮させている幼い女の子がいた。ウィローは泣きそうな顔になりながら、女の子へと駆け寄る。


「ソレル」

「……兄ちゃん……? 帰って来たの……?」

「うん、うん。ごめんな、一人にして」


 見れば見る程、二人が着ている服は粗末で、体も痩せ細っている。日々食いつなぐのも精一杯の様子にラビの眉が寄るのが見えた。


「ウィロー、妹を紹介して貰っていいか?」

「う、うん。ソレル、今日はお客さんがいるんだ、ウルフさんとラビさんだ」

「え……? お客様……?」


 ソレルと呼ばれた女の子はうっすらと開いた目をこちらへと向ける。

 俺の顔を見て、ひゅっ、と息を呑んだのが見えた。その目が泣きそうになるのを見て、俺は思わず天を仰ぎそうになった。また、この流れか。

 ……ラビが口元を抑えて笑いを堪えている。少し面白くなくて、肘で小突いておいた。


「初めまして、ソレル。俺はウルフだ」

「……あ、あの、はい……」

「こっちの怖いお姉ちゃんはラビだ。噛みつかれないようにな」

「ちょっとウルフ!?」


 うるさい、人の事を笑った仕返しだ。


「今日、偶然お兄ちゃんを助ける機会があってね。それで君が病気と聞いて困ってるようだったから、お邪魔させて貰ったんだ」

「え……? お、お兄ちゃんを……? それは、どうも……」


 おずおずと、上半身だけを起こした状態でソレルは頭を下げた。年に見合わず、ちゃんと出来た子だ。元々の教育は良かったのかもしれない。

 すると、俺に倣うようにラビも膝をついた。ソレルの視線がラビに向いた時、ラビが俺の時とは別の意味で息を呑んだ。まるで見惚れるかのようにだ。

 ラビは無表情のまま、ソレルへと手を伸ばした。ソレルの頬にラビの指が触れると、ソレルがびくりと身を跳ねさせた。


「あ、あの……私、汚れて、汚いから……!」

「気にしないわ。……ウルフ」

「何だ?」

「これ、ただの病じゃないわ。魔力過剰症ね」

「……やはりか」


 ひと目見た時からの感覚からして、間違いはなかったようだ。魔力に関しては俺よりもラビの方が目があるだろう。そのラビが言うのだから間違いない。

 魔力過剰症というのは、普通は特に恐れるようなものではない。人は魂に魔力の元となる、実態のない血液のようなものを持っているらしい。

 それが血液のように体に巡るのが魔力で、魂に不要な分の魔力は体外へと放出されて霧散する。この魂に保有出来る魔力の量が魔力量となり、これが多い人間ほど魔法を扱う才能があると言われている。


 魔力過剰症というのは、魔力量の多い子供が魔力の放出に耐えきれず、体のバランスを崩してしまう病気である。言うなれば、原因が魔力の風邪とも言える。

 恐れる理由がないというのは、魔力過剰症は体の成長と共に発症が少なくなっていき、命を奪う程に悪化する事はないからだ。大人しくしていれば過ぎ去る嵐のようなものだ。

 だが、それはしっかりと生活が出来る環境があっての話だ。体のバランスを崩せば、体力も落ちる。そこから別の病を発症しかねない。

 つまり、この不衛生な場所で生活をしていれば命の危機にまで悪化しかねない可能性があるという事だ。


「魔力過剰症……ってなんだ? ソレルの病気は治るのか!?」

「安心しろ、そう重たい病気じゃない。ちゃんと食事をして、清潔な場所で休めばすぐに良くなる」

「でも、特殊な薬が必要だって……アイツが……」

「特殊な薬?」


 はて、と俺はラビを見る。ラビも俺を見れば、不思議そうに首を傾げている。

 魔力過剰症に効く薬など聞いた事がない。ビースティリアでは流通していない薬なのだろうか?


「誰からその薬の話を聞いた?」

「……ダミアンって言う嫌なオッサンがいるんだ」

「何者だ? そのダミアンという男は」

「昔は貴族だとか、それで良い所に住んでる奴だよ」


 プランタネス共和国で貴族は既に貴族という爵位を失った。それでも裕福な家はそのまま政治家になったり、財産で投資をして大富豪の道に進んだりしているという話は知っている。

 ダミアンという男もそんな元貴族だったのだろうか。


「親が生きてた頃から俺達にちょっかいかけて来てたんだ。母さんが何度も言いよられて嫌な顔してた。だから嫌いなんだ。両親が死んで、家を追い出された後も、ソレルだけなら引き取ってやるって……」

「……そいつがソレルの病を治すのには薬が必要だって言ったのか?」

「……俺、頭悪いし、何も知らないから。ソレルの病気の事、なんもわからなくて。とにかく薬を買わなきゃって……医者に診せなきゃって。でも、俺もう孤児で金もないから、医者も診てくれなくて……」


 ……ふむ。

 少し思う所はあるが、それは後回しで良いだろう。


「ウィロー」

「な、なんだよ、兄ちゃん」

「俺達はまだこの街に来たばかりだ。近々、ここを旅立つつもりだが……まだ街の事がわからない。だからお前に案内を頼みたい。これは仕事の依頼だ。その依頼を受けてくれるなら、俺達の泊まってる宿にソレルを移しても良い。ここじゃ良くなるものも良くならないからな」

「……い、良いのか? お、俺、宿なんて、金持って無いし……」

「だから仕事の依頼をするんだ。お前は俺達の為に働いて、俺達はその働きに対してお金を払う。悪い話じゃないだろ?」


 ウィローは何度も目を瞬かせて、食い入るように俺を見る。すると再びその目が潤んで、しゃくりを上げながらも頭を深々と下げた。


「俺を、働かせてくれ……! 俺が父さんと母さんの分までソレルを守らなきゃいけないんだ……!」

「わかった。じゃあ、少しの間だがよろしくな」

「よろしくね、小さな騎士さん?」

「……騎士? 俺が?」


 ラビの騎士呼びにウィローが驚いたように目を見開く。その涙を拭いながら、ラビは笑みを浮かべた。


「女の子を守ろうって立ち上がる男の子は、誰だって騎士のように讃えられるべきよ」



 * * *



 ソレルを俺が背負いながら貧民街を抜け出して、宿に戻ってきた俺達だったが。

 どうやら、これで話が済むほどこの話は穏便ではなかったようだ。宿に入って、ウィローの姿を見た宿の受付の女性はぎょっとしたように目を剥く。


「すまない。今の俺達の部屋に2名追加したい」

「……この子達を、ですか?」

「あぁ」

「……悪いけど、そいつは断らせて頂けませんか?」

「何ですって?」


 ラビが目を釣り上げながら、受付の女性からの芳しくない反応に尖った声を出す。

 受付の女性は肩を震わせて、視線を逸らしながら首を左右に振る。


「ご、ごめんなさい。でも、その子達はダメなんです……」

「……どういう事だ? 何か理由があるのか?」

「お客様達がどうしてその子達に入れ込むのか存じ上げませんが……ダミアン様に目をつけられると私達も商売が……」

「ダミアン、というのは元貴族と聞いたが。この子達の親と確執があったとは聞いているが?」

「すいません! 本当に許してください!」


 明らかに怯えた様子で受付の女性が頭を下げる。流石に黙っていられなかったのか、ラビが前に進み出る。


「ちょっと、背中の女の子が見えないの? この子、苦しんでるのよ? 清潔な場所で休ませないと命だって危うくなるかもしれない。なのに放り出せって?」

「わ、私達だってダミアン様に逆らえば何をされるかわかりません! お代なら返します! どうかお引き取りを!」


 ラビが明らかに怒りを露わにして眉を釣り上げる。次に怒声を繰り出す前にラビの目の前に手を翳して、言葉を遮る。


「お代の返金は結構だ。……旅の者で、この街の事情には詳しくはない。貴方達に災厄を招くのは本意ではなかった。申し訳ない事をした」

「……お引き取りを」

「行くぞ、ラビ」

「ちょっとウルフ!」

「この調子ではどこの宿に行っても同じだ。それなら、まだあの廃墟に戻った方がマシだ。日が落ちる前に掃除をすればまだマシになるだろう。急ぐぞ」


 ラビは不満げに唇を尖らせていたが、渋々と納得するように宿の入り口へと歩を進めていった。

 その背をウィローが不安そうに見て、俺にも見上げるように視線を向けてくる。その頭を撫でながら、俺は宿の受付に1度だけ頭を下げて宿屋を後にした。


「……ごめん、兄ちゃん。俺達のせいで……」

「気にするな。俺達は余所者だからな。詳しい事情はわからない」


 だがな、と前置きをしながら俺はウィローに言った。


「俺は騎士だからな。守ってやるよ」



 * * *



 出戻りのように廃墟に戻った俺達は手分けをして廃墟が少しでも綺麗になるように掃除をした。

 しかし公爵令嬢という身分だったラビは掃除の経験などなく、まったくもって戦力にならなかったのでソレルの看病を任せた。

 市場で急遽買って来た板で廃墟の穴を塞ぐ為に釘を打つ。すると板を抱きかかえるように持っていたウィローが沈んだ声を漏らす。


「……街の人が余所余所しかったの、気のせいじゃなかったんだな」

「ダミアンという元貴族だったか。ここを牛耳ってるとすれば、わからなくもないな。ウィローの母親を口説いていたと言っていたか?」

「父さんと別れれば良い暮らしをさせてやるぞ、って……よく言ってた。父さんを口汚く罵って……凄い嫌な奴だ。それで父さんと母さんが死んだら、今度はソレルを……」

「成る程な」


 ウィローから板を受けとりながら、俺は考えて見る。

 魔力過剰症を起こすことから、ソレルは恐らく魔力の保有量が多い。将来は有望な魔力持ちとなるだろう。それは魔法使いとして才能がある事を示す。

 魔法使いは貴族によく囲い込まれる事が多い。そしてその才能は遺伝する事が多い。魔法使いを輩出した家は栄えるとは言ったもので、貴族の多くは魔法使いでもある。


(ソレルが狙われたのは、それが理由か。恐らく、母親も……)


 何故、ウィローとソレルの両親が亡くなったのか。残された子供達が誰にも庇護されず、こうして廃墟暮らしをしなければならなかったのか。

 そこに絡むダミアンという男。そうして描く事が出来る想像はろくなものではない。俺は密かに溜息を吐き出すのであった。

 

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