シーン17/いよいよ本番、第一のアクセスポイント
「最初の『アクセスポイント』は朱家のタワー駐車場の六階、グリーンのベンツ」
「グリーンのベンツ?」
「ハオランの車だよ」
「嫌味だなぁ、ベンツ」
「しかもAMGのEクラスだぜ」
「うわっ最悪」
「琳さん、関係無い話をしないでください、バッテリー消耗しますよ」
「予備バッテリー持ってるもん」
「もん、じゃねぇ!」
「章生、タワー駐車場みえたよ」
「オッケー陽太、じゃあ駐車場の一階で琳さんたちと落ち合って」
「了解」
水曜、午後三時、朱家経営のタワー駐車場。連休後の平日とは言え、それなりに車は入っているようだ。三人は一階の駐車場入口で落ち合った。六階に上がる手段は車用のスロープ、非常階段、エレベーター。
「今回、カインは陽太に仕掛けてこないよ」
「なんで?」
「カインと陽太は互角だ。俺がグエンならカインを陽太にはぶつけない。そこで相打ちになっちゃリソースの無駄だからね」
「ワンとリーは?あいつらも油断ならねぇよ」
「ああ、あいつら組ませるとタチが悪い。前回あのペアにメタメタにやられた」
「それは琳さんが弱いからだ」
「はぁ?月輝雨、あのペア俺に押し付けといて何言うの?」
「喧嘩はあとで。作戦は?」
陽太がうながす。
「グエンはカインを最初にチェックインさせたい。ワンとリーは、二人で俺たち三人を足止めしようとするだろう。俺たちがバラければワンとリーもバラける」
「なるほど」
「というわけで、俺たちは三方にバラけて六階を目指す。月輝雨は『アクセスポイント』奪取を優先してね。俺と陽太で援護するから」
「俺?」
「月輝雨はこま…いや、機動力が高いから」
「琳さん、あんた、いま俺がコマカイって言おうとした?」
「ちがうよ、月輝雨は小回りが効くって言おうとしたんだよ」
「チッコイからか?」
「絡むなよ月輝雨、器が小さいなぁ」
「小さい言うな!」
「じゃ、俺、非常階段で上行くね」
陽太は走り出した。
「あ、おい、陽太!」
「俺はスロープで上がる。月輝雨はエレベーター使って。誰かに当たったらすぐ知らせてね」
「ちゃんと援護しろよ」
まだ『アクセスポイント』には誰も到達していない。到達すれば章生から連絡が入るはずだ。コントローラーは特設Webサイトのバトルデモンストレーション専用ページを監視している。プレイヤーがチェックインすれば即、表示される。
月輝雨は六階のボタンを押した。エレベーターは無人だが、このままスンナリ行く筈はない。どこかでエレベーターを止められ、バトルを仕掛けられるだろう。
「さて、何階で待ってやがるかな?」
二階を通過した。三階、四階、エレベーターが停止した。
月輝雨はおもいきり姿勢を低くした。ドアが開くと同時に外に飛び出す。
リーは殴りかかられることを予想していた。そのため足元を凄まじい勢いで駈け抜けていく月輝雨に一瞬、反応が遅れた。月輝雨は四階フロアを走り、スロープへ向かう。あと二階あがれば『アクセスポイント』だ。
リーはすぐに月輝雨を追った。機動力では負けない。かならず止めてやる。
五階に走り込むと、リーは駐車中の車のボンネットに飛び乗った。そのまま車を数台踏み台にして跳んだ。月輝雨の前に跳び降りる。
「ひょろリー、上海雑技団かよ」
「ひょろリー?」
「ひょろひょろのリー」
「言ったなチビッ」
リーは細長いからだをしなわせるとローキックを繰り出した。月輝雨は後ろに跳び下がったが、バランスを崩し尻もちをついた。
「やべっ」
リーはその機を逃さず月輝雨に馬乗りになった。
「あーちょちょちょ、顔は傷つけないで」
「は?」
「いろいろあんだよ、自営業は」
そしてヘッドセットに怒鳴る。
「五階でリーと交戦中!」
陽太は非常階段三階、イノシシのワンと交戦中だ。
「こちら章生、月輝雨が五階でリーと交戦中、応援頼む!」
「琳さん、いまどこ?」
陽太の問いに琳が息を切らしながら答える。
「五階に到達するとこ、俺はひとり!」
「俺はワンとやりあってる」
「じゃ、カインは」
「まずいね、ノーマークで『アクセスポイント』へ向かってるみたい」
「月輝雨、ごめん、俺このまま六階へ行く」
「えー。俺を援護っつったじゃねぇか」
「だからごめんてば!」
琳はそのまま非常階段へ入り、六階へ上がろうとした。
非常階段、六階入り口のドア前で、カインと琳は鉢合わせした。
「今日はあんたか」
「うぇぇ、できればカインと1on1は避けたかった…」
カインの一撃が腹に入った。後ろに体を逃がして勢いを削いだが、それでもそのままその場にうずくまってしまった。
「まっずいなぁ。俺、三分もつかなぁ」
ヘッドセットから月輝雨の声が応える。
「踏ん張れよ!あんた伸びちゃったらカインが一番ノリじゃねぇか」
「月輝雨、援護に来てくんない?」
「寝言は寝てから言えっ!」
月輝雨とリーの実力は拮抗している。この場を切抜けるには相手の死亡フラグを立てるのが早道だ。お互いなんとか相手のリストバンドを奪おうとせめぎ合う。
「あーもう、チョコマカチョコマカ」
「ひょろリーっ!」
言いざま月輝雨は床に滑り込むようにしてリーの足元を蹴った。一瞬バランスを失ったリーの膝にさらに蹴りを入れる。リーが転がった。
月輝雨はリーの体の上に倒れ込み、リストバンドがある右腕を抱えた。
「もらった!」
月輝雨は暴れるリーを押さえ込み、リストバンドのバーコードを撮影しようとする。グエン作のスマホアプリ、撮影さえすれば死亡フラグが立てられる。
だが、リーも反撃する。今度は月輝雨が転った。リーは月輝雨のスマホを蹴り上げた。スマホが床を転がる。リーはそれを踏みつけ壊した。
「あーっ!まだ縛りが一年以上残ってんのに!」
「お気の毒」
「くっそ絶対つぶす!」
月輝雨は跳ね起きると頭から突っ込んだ。当たられたリーの体が吹っ飛ぶと同時に、四階から車が上がってきた。車の正面にリーが落ちる。ブレーキ音、クラクション、タイヤの摩擦音。
「リー!」
リーの体を、誰かが横抱きに抱えて転がった。
「助かった…」
月輝雨は床にへたりこんだ。
「助かったじゃないよ~。危ないなぁ、もう」
「陽太!」
急停止した車のドアが開き、男があぶないじゃないか!と怒鳴った。
「すみませ~ん」
陽太は笑顔で男に頭を下げた。その間もリーの両手を封じて抱えたままだ。リーは車のドアが閉まると同時にもがきだした。
「放せっ」
「リー、ごめんね」
陽太はそのまま、リーを締め付けて『落とし』た。
「陽太、お手柄!リーのバーコード撮影してくれ!」
「それより琳さんがカインにボコられてるよ」
「放っとけ」
「何言ってるの」
陽太はリーを壁にもたれ掛らせ、非常階段に入った。月輝雨が後を追う。
「おい、リーの死亡フラグ!」
「まだ第一戦めじゃない。退場させちゃつまらないでしょ」
「つまるとかつまらないじゃねぇって!あ!じゃあワンも死亡フラグ立ててねぇのか!」
「立ててない、『落とし』ただけ~」
「柔道のスキル無駄に使うなよ、ちゃんと死亡させろって!」
六階非常階段前ではカインと琳が交戦中だった。
「琳さん粘ってるじゃん」
「遅いよ、おまえら~」
カインが琳から離れた。カイン対三人の構図になる。
「わ、三人になった。ワンとリーは?」
「つぶしたよ」
「なんだよアイツラ」
「まぁ、つぶしたのは陽太だけど」
「なんだよ月輝雨。少しは働けよ」
「働いてるよっ!つかお前が言うなカイン!」
「じゃ、俺ちょっと休んでいい?」
琳は唇が切れ右頬が腫れ上がっている。
「琳さん、痛い?」
陽太がにこにこしながら聞いた。
「イケメンだいなし」
「陽太、意外と性格悪いよね」
「あはは。休んでていいよ」
「よろしく」
陽太と月輝雨はカインと対峙する。
「この人数じゃ、ここ狭いな」
言いながらカインは六階フロアへのドアを開いた。
「広いとこでやろうぜ」
ドアを開くと六階は殆ど車が入っていない。フロア中央にグリーンのベンツが駐車している。その前に、ハオランが立っていた。
「ハオラン、仕事、暇なのかな」
琳がつぶやいた。
「これも仕事なんじゃねぇの?採用担当なんだろ?」
「いや、絶対見物だよ。ハオランて性格悪いんだ」
「あんたが言うなよ琳さん」
フロアに出るなりカインと陽太はがっぷり四つに組んでしまった。
「カイン、また陽太とタイマンモードだ。あとでグエンに怒られっぞ」
「月輝雨『アクセスポイント』にチェックインすれば?」
「あんたが行きなよ」
「え?」
「ここまで来たら機動力もクソもねぇだろ。俺は陽太の援護に回るよ、あいつ放っとくと全然死亡フラグ立てねぇんだもん」
「なんで?」
「一回死ぬと後無いじゃん。つまらねんだと」
「陽太らしい」
琳はグリーンのベンツめがけて走りだした。が。イノシシのワンが突っ込んでくるのが見えた。
あ、やばい、と思ったときは既に体が宙に舞っていた。受け身を取ろうとしたが、さんざんカインに殴られたあとで体が思うように動かない。左足を強く床に着いてそのまま転がった。勢いは少し弱まったが、コンクリートにしたたか背中を打ち付け、意識が遠のいた。
「ワン!」
月輝雨の声が聞こえた。
ワンと月輝雨が交戦しだしたのを見て陽太は驚いたようにつぶやいた。
「回復早い。落としかたが甘かったかな」
組み合ったまま、カインが陽太に言う。
「あいつの死亡フラグ立ててないのか?」
「うん」
カインは呆れたような顔をした。
「陽太おまえ、だめだよ、それ」
「そうみたい。今度から立てる」
「今度はねぇよ!」
カインは言うなり、陽太の頬に一発入れた。陽太は右膝を床についたが、その姿勢からカインの脚に組みついた。咆哮と共に持ち上げる。カインは地響きを立てひっくり返った。目が合う。お互い、にやりと笑った。
月輝雨はイノシシのワンとにらみ合った。ワンは視界の端で琳を確認した。転がったままだ。月輝雨に集中できる。
ワンは猛スピードでミドルキックを繰り出した。月輝雨はじりじりと後退する。追い詰めたと思った瞬間、月輝雨は身をかわした。ワンの右足はコンクリの支柱に勢いよくヒットした。
「痛!」
「へぇ、よくかわしたなぁ」
ハオランは月輝雨を見ながらつぶやいた。
ベンツの屋根にはノートパソコンがあり、これでプレイヤーのチェックインを受ける。
そしてこのノートパソコンは対グエンの囮でもある。ネットワークに接続すれば、グエンはすぐ察知する。これを踏み台に侵入を試みるかもしれない。
ハオランはそれを誘っている。第六の壁がグエンを待っている。
「月輝雨はホントに小回りが利くなぁ。あのワンが手こずるとは、たいしたもんだ。ところでリーはどうしたんだ」
ハオランはスマホを取り出すとリーをコールした。出ない。
「陽太に落とされたかな」
視線を動かすと、カインと陽太がやりあっているのが見えた。
「こっちも良い勝負だな。でもこの二人だとキリがないぞ、グエン」
「それはいいけどさぁ、チェックインてどうやるの?」
足元から声がした。ハオランはギョッとして一歩下がった。
「小琳、おまえ、なんで地面這ってるんだ?脚でも折られたか?」
「ほっといてくれる?」
「…折れたのか、ほんとうに」
「折れてはいない、くじいただけだよ」
「棄権しなさい」
「とりあえずチェックインさせて」
「わかった」
ハオランは琳の手首を取り、バーコードリーダーをかざした。
「ねぇ、死亡フラグとか立てないでよ?」
「信用ないな」
「実績がそうさせるんだよ、ハオラン」
琳のスマホが着信した。
「章生?」
「琳さん、チェックインしたね!」
「あ、もう判ったの?」
「うん、俺ずーっと画面見てたから」
「そう、ありがと」
「月輝雨と陽太は?」
「バトル中」
「え」
「また架けるね、章生」
通信を切る。ハオランがしゃがみこみ、琳の足首に手を置いた。
「腫れている。固定して冷やす必要があるな」
「棄権はしないよ」
「だがバトルは無理だ」
「俺だけじゃないよ、皆ボロボロじゃない」
「うん、ちょっとやりすぎだな。死人が出そうだ」
「死亡フラグの扱いを変えたほうがいいよ。一度立つとゲームオーバーだから、みんな必死になってやり過ぎちゃうんだよ」
「ふむ」
月輝雨がワンを抑え込んだ。
「ねぇねぇ琳さん!俺、スマホ壊されたから死亡フラグ立てられないんだけど!」
琳は立ち上がろうとしたが、ハオランが制止した。
「月輝雨くん、小琳は動けない」
「・・・動けない?」
「ああ」
月輝雨は抑え込んだワンに低く声をかけた。
「イノシシ野郎…」
形相が変わっていた。
「やりやがったなっ!」
「あ。まずい!」
陽太が叫んだ。
「月輝雨、だめ!抑えて!」
カインが驚いたように陽太の視線の先を見た。
「なんだよっ?」
「月輝雨が切れた!」
視線の先では月輝雨がワンを滅多打ちにしている。
ハオラン、陽太、そしてカインが月輝雨を抑えにかかった。ワンは鼻血で顔中真っ赤だ。
「ワン、大丈夫か?」
ハオランが声をかけた。ワンが不明瞭な声で答えた。
「鼻が折れました」
「おいおい、月輝雨くん」
陽太に羽交い絞めにされた月輝雨はうなだれた。
「すみません…」
「ひさしぶりにリミッター振り切ったねぇ、月輝雨」
「いつもはリミッター効いてたのかよ、あれで」
カインが呆れたように月輝雨を見た。
「とにかく私は小琳とワンを病院へ運ぶよ。ワンは棄権にする。小琳は棄権したがらないが、今日は歩くのも無理だ。君たちからも説得してくれ」
ハオランはそう言うとワンを支えて車に戻る。琳が座席の中からワンの腕を取った。グリーンのベンツは怪我人たちを搬送する。
残された月輝雨、陽太、カインは顔を見合わせた。
「どうする?」
「とりあえず俺、チェックイン!」
カインが走り出した。
「あ!ずるい!」
陽太が追いかける。
「ちょ、待てよ!」
月輝雨も後を追う。
第一のアクセスポイント
チェックイン一位、琳
チェックイン二位、カイン
チェックイン三位、陽太
チェックイン四位、月輝雨
棄権、ワン、
記録なし、リー
「小琳、棄権しなさい」
「いやだ」
「小琳」
「棄権はしないよ、ハオラン。朱家の皆に何言われるか想像してみなよ」
「・・・」
「大叔父さんと話をした。このゲームに俺を参加させるってタンカ切ったんだってね。ハオラン、何度も言ったけど、俺は朱家に就職する気はないよ」
ハオランは黙ったまま、視線を落とした。
「でも安心して。ハオランに恥はかかせないからさ」
ハオランは首を横に振り、目を上げた。
「小琳、なぜ朱家を避ける?」
「避けてたのは朱家のほうだよ。親父が再婚した相手が気に入らないから俺たち親子と縁を切った、そうでしょ?」
「親父さんとはそうだ。だがお前は違う。親父さんがシンガポールに行ってから、お前には何度となく頼んだはずだ。朱家の保護下に入ってほしいと」
「親父がいなくなったから俺を手懐けようとしただけじゃん」
「それのどこが悪い」
「あのね、ハオラン。俺は親父の息子だよ。親父ほっぽって自分だけ朱家に戻れるわけないじゃん」
「親父さんは、高校生のお前を置いて新嘉坡へ行ったんだぞ」
「それでも俺の親父だよ!」
声を荒げ、琳はぷいと横を向いた。ハオランは眉を寄せ、少しのあいだ琳の横顔を見ていた。やがてあきらめたように息を吐いた。
「じゃあ、せめて」
ハオランは椅子から立ち上がり、頭を下げ、礼をするような姿勢になった。
「せめて章生と交替してくれ」
「…」
「お前はコントローラーになってくれ」
「…章生にプレイヤーは無理だよ」
「頼む」
「ハオラン、あのさ」
「琳」
いきなり名前をそのまま呼ばれ、二の句が継げなくなった。ハオランは顔を上げ、真摯な表情でリンを覗き込む。
「頼む、プレイヤーはやめてくれ」
ハオランはもういちど、頭を下げた。
…くそっ。そういう手で来たか。
琳の性格をハオランはよく知っている。




