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雪月華  作者: 杏月飛鳥
続く世界
39/39

『これで全部終わったな』



 電話の向こうで健一がほっとしている様子が目に見えるようだった。



「一時はどうなるかと思ったけど、まぁ、なんとかなってよかったよ」



 怜治はベッドに寝っ転がって、やれやれと溜息をついた。



『「雪月華」だけどさ、あれ、最初からお袋達に任せておけば、俺達あんな思いしねぇですんだのかな?』



 健一が急に今更な事を言い出す。



「どうだろうな。あいつらは母さん達には手出しできなかったから、俺達を狙ってきたんだろう? だったら、母さん達に任せておいても、同じ思いはしたと思うけどな」

『そうかな』

「今だから言える事かも知れないけど、あれは起こるべくして起こった事……だと、俺は思う」

『今だから、か。確かにな。あの一週間は辛かった』



 当時の事を思い出したのか、健一の声が沈む。



「でも、俺は健ちゃんがいたから頑張れたってのはあったな」

『俺?』

「一人じゃとても無理だったよ」

『それは俺も同じだ。だから怜ちゃんに人形の事、相談したんだ』

「多分、それで正解だったんだよ」

『うん、そっか……。そうだな』

「うん」



 そこで一旦会話が止まるが、すぐに健一が言葉を続けた。



『取り敢えず、人形供養が無事終了したって事で、報告終わり』

「そうだな。じゃあ、また明日学校で」

『おう。それじゃお休み』

「お休み」



 互いに挨拶を交わして通話ボタンを切る。切って、スマートフォンをベッドに放り出して怜治は起き上がった。カーテンを閉める為だ。窓を開け放しているから、せめてカーテンだけでも引こうとして起き上がり、そこで凍り付いた。



 口から心臓が飛び出るほど、強く脈打つ。



 窓枠に女が腰掛けていたのだ。薄青い着物を身に纏っているその女を怜治は忘れる事など出来なかった。



 振り袖の中に金魚を泳がせているそれは、間違いなく雪野だ。

 しかも顔が元に戻っている。顔にひび割れもなければ、両眼もしっかりとあるのだ。

 怜治は女を見たまま固まってその顔を凝視していたが、今までの雪野と何かが違うと思った。

 どこがどうとは言えないが、何かがはっきりと違うと違和感を覚えた。


 けれどそれがはっきりしない。いや、今はそれどころではなかった。折角人形供養が終わったというのに、何故今更になって雪野が現れるというのか。それに、祖母は連れて行くと言ったのだ。そして、その通りになった筈なのだ。



 あの日以来、怜治も健一も夢を見なかったから。



 なのに、またこうして──夢の中にいる。

 そう、これは夢。彼女らの作る夢の中だ。またしても、気付けば夢に引きり込まれたのだ。

 怜治は動きたがらない手を額に当て、雪野を睨め付けた。



「人形供養も、婆ちゃんも、結局なんの意味もなかったって言うのか?」



 呻くように言い遣った。


 その言葉を受けて、雪野は目を閉じると、窓枠から降り立った。その拍子に、振り袖の中で金魚が波紋を作る。その様は、忌々しくも懐かしさすら覚えた。



「お前達は何がなんでも俺達の目を奪う気でいるのか? 婆ちゃんが削り取った目まで復活してる。お前の壊れた顔ももとに戻ってる。……そう言う事なんだろ?」



 喋る口内は、知らないうちにからからに乾いていた。


 そして雪野は目を瞑ったまま、しずしずと静かに歩みながらベッドの脇までやって来た。目を瞑ったままだというのに、まるで目が見えているように。それから、すっと正座する。



「怜治、わたくし達、お婆様に連れられて彼岸におりました。そうして、お婆様の傍にずっといる筈でした」

「だったら、どうしてまた現れた。これはまた夢なんだろ?」

「そうです。夢ですわ。大切な事を伝える為、わたくしは参りました。決して貴方様の目を奪う為ではありません。その点だけは、ご承知おきくださいませ」



 怜治は何も言わなかった。緊張と、当時を思い起こさせるような恐怖心に、奥歯を噛み締めているだけだ。

 その時、雪野が閉じた目を開き、真っ向から怜治を見遣った。膝の上で重ねられた手を握り締めて。

 そうして両者の目が真正面からかち合った。

 その瞬間、怜治の中にあった違和感がはっきりと姿を現した。



 雪野の目に生気があったのだ。かつては硝子玉の瞳だったそれが、今は片方だけ──右目にだけ生気がある。左目は硝子玉のままだった。



 まるで義眼のように。

 それを見止めて、怜治は目を見開いた。



「お前、その目はなんだ!?」



 驚きのあまり、怜治は大声を上げていた。身体も自然とベッドの上で後退(あとじさ)りしてしまう。

 雪野は一度ゆっくりと瞬くと、声音も静かに言った。



「いただきました。彼岸で。三姉妹の一人から。……怜治と同じように、今のわたくしの右目も月の瞳ですわ」

「彼岸で……三姉妹、から?」



 呆然としたように呟く。全くわけが分からない。

 その意を汲み取ったのだろう雪野が、微笑みを浮かべた。



「はい。お婆様の最初のお子からですわ。生きてこの世に生を受けていれば、怜治の伯母になったお方から」



 それを聞いて、ふっと腑に落ちるものと疑問を同時に感じた。


 美津代は最初に三つ子を授かったが、死産したと言っていなかったか? 言っていた。三つ子を授かったが、身体に無理がかかって死産したと。もしかしてその子達から? しかし、彼女らも月の瞳を持っていたというのか? それで雪野は月の瞳を授かったと? 一体なんの為に。


 雪野の言葉に、怜治の困惑は深くなった。



「まさか……月姫と華緒も目を?」

「はい。あの二人は健一と同じに左目に月の瞳をいただきました」

「そして、健ちゃんを夢の中に引きり込んでるのか? 今の俺みたいに」



 それに頷きを返す。



「なんの為に」

「言った筈ですわ。大切な事を伝える為に、と」

「だからそれはなんだ」



 怜治は自分の声音が異常に硬くなっているのに気付いて自分でも驚いたが、それを改められるほど余裕を持つ事が出来なかった。


 また現れて、今度は人形達は自分達に何を伝えようというのか。それが気になってしょうがない。



「貴方様達──怜治と健一の月の瞳ごと、魂を狙う者がいるのです。悪霊とでも怨霊とでも言える者。その者は、近い将来に現れますわ。その者は今はまだ力が弱い。ですが、力をつけて力尽くで奪いに来るでしょう。その時は夜。ですから、わたくし達は貴方様達を護る為に今のうちから夜毎(よごと)夢に引き込みます。そうして相手に目眩めくらましをかけるのですわ」



 怜治は今聞かされた事がよく理解できなかった。右の耳から左に抜けてしまったような気がした。言葉も出るものではない。


 そんな怜治に構うことなく、雪野は言葉を重ねた。



「二人を狙うのは彼岸の者。あの時……、お婆様の部屋にいらした時に目を付けられたようですわ。お婆様のあの部屋は此岸(しがん)と彼岸の交わる場所。何者かに覗かれていてもおかしくはありませんでした。それを知ったお婆様は、わたくし達をもう一度この世に送ったのです。今度こそは護らせる為に」



巫山戯(ふざけ)るな!」



 気付けば怜治はベッドの上に立ち上がって怒鳴っていた。同時に、雪野を睨め付けてもいた。


 頭が随分と混乱していたが、人形達が自分達を護るなどという言葉を信用するほど、冷静ではなかった。いや、どう考えても信用できるわけがない。あの一週間、散々な目にあったのだ。そしてそれからようやく解放されて心底ほっとしていたのに、その矢先にいきなりまた現れて、わけの分からない事を言う。心が乱されて当然だった。



「今更お前らに護られる? そんなの真面目に聞けるか! 俺達は散々な目にあったんだぞ! それもお前らにだ!! 今すぐ、この夢から俺を解放しろ!」



 怜治の両手は握り締められ、緊張の為か、握った拳はじっとりと汗を(はら)んでいた。

 雪野はその言葉を受けて、怜治を静かに見上げた。



「冷静になってくださいませ。何故、わたくしが右目に月の瞳を受けたか、そして、月姫と華緒が左目に月の瞳を受けたかおわかりですか?」



 そこで怜治は怪訝な情を晒したが、吐き捨てるように言った。



「そんなの知るもんかっ」

 その語調には、全てを拒絶する響きがはっきりとあった。

「最悪の場合、わたくし達が身代わりになる為ですわ」

 きっぱりとした言い口だった。



「それに、月姫と華緒はわたくしに比べて弱い。だからあの二人は健一を護る為に二人でおもむきました。わたくし達は誰もが貴方様達の身代わりなのです。魂を持ち、怜治と健一と同じ(がわ)の瞳を持っています。だからこそ、お婆様はわたくし達を遣わしました。……ただし、これだけは飲み込んでおいて欲しいのです」



 雪野の月の瞳は真剣な色を含んでいた。



「わたくし達も半分とは言え、人間に近い存在になりました。人と同じ『命』を持つ事は出来なくとも、この肌の下には暖かい血が流れています。もし、もう一つの月の瞳を手に入れても、わたくし達は人形以上にはなれませんが、それでもこれは貴方様達二人を護りたいという三姉妹とお婆様の意思の表れ。二人に対する贈り物なんですわ」



「それがなんだって言うんだ。俺達はもう何があろうとお前らには関わり合いたくないんだ。婆ちゃんが何を思おうと」



「お聞きなさいませ。元々、わたくし達が文代と菊代を護る為に作られたのはご承知ですわね。ですが、もうあの二人を護る必要はありませんわ。今守護が必要なのは、怜治と健一なのです。わたくし達はこれ以上を望みませんが、今の自分を()くしたくもありません。折角暖かな血が流れたというのに、どこの誰とも分からぬ卑しくおぞましい者に、魂をくれてやりたくないのです。端的に言わせていただきますと、わたくし達、怜治や健一の代わりに死にたくありませんの」



 死にたくないというその一言に、怜治の眉がぴくりと動いた。


 今、人形は「死にたくない」とはっきり言った。それは……、と思う。命はないが、彼女らは半分だけ人間なのだと、ふと思った。以前より遙かに人間らしいのだ。感情を表す瞳を手に入れた、魂を持つ存在。その魂がなくなれば雪野は死ぬ。ただの人形に逆戻りするのだ。美津代に作られたばかりの状態に。魂も何もない状態に。



 空虚な存在になるのだ。



 それを雪野は嫌がっている。いや、『雪月華』全てが嫌がっているのかも知れない。彼女らにとっても、これは本意ではないのでは? 美津代の命に従うほかなくて来たのではないだろうか?


 今、彼女らは半分だけ命を持っている状態と言える。もし何かあって怜治の身代わりになるのだとしたら、それは雪野を殺す事になるのではないだろうか。


 僅かばかり冷静になると、そんな考えまで思い浮かんだ。



「怜治、わたくしは死にたくない。それは月姫も華緒も同じ事。ですから、怜治と健一を狙う者が諦めるまで、わたくしの言う事に従っていただけませんか?」



 怜治はふっと息を吐き出すと、しゃがみ込むように腰を下ろした。そして(いささ)か冷静になった頭で言う。



「一体、どうしろって言うんだ。毎晩、お前と顔を付き合わせればいいのか? そんな事、無理すぎる」



 今度は大きく息を吐き出した。眉を(しか)めて。

 その様を見て、雪野はようやく笑みを浮かべた。



「大丈夫ですわ。夢の中で、更に眠るのです。そうしてわたくしが怜治の代わりに、白昼夢の如くに夢を見ますわ」

「お前が? 俺の夢はどうなる」

「夢を見たような記憶は残りますが、はっきりとしないですわね」



 そこまで言って、再び雪野は顔を引き締める。



「怜治の身体が眠ったあと、一度わたくしと会っていただきます。怜治を狙う者が様子を見に来ますから、その時は、わたくしと怜治の気配を入れ替える必要があります。それがわたくし達が、貴方様達の代わりに夢を見るという事」

「……そうか」



 言って、そのまま目を瞑って俯いた。混乱していて、半分も事態が飲み込めないが、それでも一つ思う事がある。


 健一は大丈夫だろうかと思ったのだ。きっと今頃、自分と同じに月姫と華緒が健一の前に現れているに違いない。健一はこの事を受け入れられるのだろうか、とそう思う。



「なぁ」



 ふと顔を上げて雪野に目を合わせる。



「お前らの力が強いとか弱いとか、その辺はどうなってるんだ?」



「はい。わたくしが一番力が強いのですわ。一番初めに作られた為、お婆様はそれは気を遣ってくださいました。ですから、思いの分だけ力が強いんですの。自我を持ったのもわたくしが初めでしたわ。自我を持ち、月姫と華緒に呼びかけて、あの子達を目覚めさせました」



 それを、ふぅんとどこか気のない返事で返して、話を変えた。



「で、健ちゃんだけど、月姫がまた何かしていないだろうな? 前に幻を見せた事があるんだろう?」

「大丈夫ですわ。けれど、健一は戸惑っているようですが……」

「分かるのか?」



「えぇ。お婆様ほどはっきりと分かるわけではありませんが、月姫と華緒が見聞きしている事を感じられますから。きっと健一から連絡が来ますわ。そろそろお目を醒ましなさいませ」



 雪野が言った途端、電話の呼び出し音が響いた。

 その音にはっとすると、視界がおかしな事に気付いた。


 見開いた目に映っているのが天井なのだ。何度か目をしばたたかせて、そこでようやく自分がベッドの上で寝ていた事に気付く。その間にも、ずっと電話の着信音は続いていた。


 怜治はベッドの上に起き上がり、辺りを見たが、雪野の姿はない。影も形もなくなっていた。


 それを確かめてから、放り投げたスマートフォンを手に取る。画面を見ると、当然のように健一の名前が表示されていた。


 雪野は健一が戸惑っていると言っていたが、怜治が思うに、きっと健一は混乱しているだろう。


 さて、一体何をどう言ったらいいかと思い悩みながら、ふと目が机の上を捉えた。その机の上に雪野の人形が整然として置かれてある。瞬間、どきりとしたが、裏腹に、やっぱりかという落胆と納得のような気持ちもあった。何故なら、雪野が来たのだから。そして健一のもとには月姫と華緒の人形が、きっと──。


 怜治は雪野の人形を目に止めて、ずっと続いているのだと思った。

 初めて『雪月華』を見た瞬間から、今までずっと。そしてそれは、これからも続く事になる。


 終わりがいつになるのかは分からない。何ヶ月先か、何年先か、何十年先になるのかも分からないまま、この世界は続いていくのだ。


 それを混乱状態の健一にどう説明していいものか。


 暗澹あんたんたる気持ちで、怜治は通話ボタンをスライドし、スマートフォンを耳に押し当てた。



                                              了

これで一応の完結です。

なんかテンプレっぽい終わり方でしたね。

何しろホラーっぽいもの書いたのが初めてでしたので、どうすればいいのかが全く分からず、てんやわんや。

はっきり言うと、力量がない!

その一言に尽きるわけなんですが……。


現在、続編となるものを書いています。

連載しながら書くという事が出来ないので、まるまる一つ話を作ってからの投稿になると思います。

一つの作品を書くには文字数、行数、枚数を決めて書いているので、書き上げるまでに大体、四、五ヶ月ほどかかると思います。

平行して、商業誌に投稿する作品にも手をつけているので、更に遅くなる可能性があると思います。

それでも待ってくださる方がいらしたら、頭の隅に【雪月華】を置いておいてください。


この作品で何かしら感想を持ってくださったら、幸いです。

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