プロローグ
――創りし者
西暦2300年、日本。
この世界では、人間が特別な力を持つことは珍しくなく、炎を生み出す者、自身の肉体を鋼鉄のように硬化させる者、触れたものの性質を変化させる者、遠く離れた場所の音を聞き取る者などが存在していた。
それらは総じて《能力》と呼ばれ、およそ十人に一人の割合で生まれながらに宿るものであり、魔法でも呪術でもなく、この世界を生きる人々にとってはただの現実だった。
能力を持つ者の中には、自身の力に適した特殊な武器を扱う者もおり、能力者にしか扱えないそれらの武器は《顕装》と呼ばれていた。
《顕装》は能力の性質を増幅し、ときには能力そのものを別の形へと昇華させる装備であり、その中には極めて稀に、常識では説明できないほどの性能を持つものも存在していた。
人々は、その特別な武器をこう呼んだ。
――《神器》。
しかし、力を持つ者が必ずしも善人とは限らず、強盗、殺人、誘拐、テロといった犯罪にも、能力が使われることがあった。
能力が当たり前となった社会では、それを利用した犯罪もまた珍しいことではなく、だからこそ日本には、能力犯罪を専門に取り締まる巨大な組織が存在していた。
その名は、特異事象対策局。
能力者による事件の鎮圧、危険能力者の監視、《顕装》の管理、そして《神器》の調査までを担う、能力社会の秩序を守るための組織だった。
表向き、彼らは日本の平和を守るために存在しており、多くの人間から信頼と尊敬を集めていた。
少なくとも――世間では。
「……くだらねぇ」
神成禮は、街頭モニターに映し出された特異事象対策局の広報映像を見ながら、小さく吐き捨てるように呟いた。
禮は一般高校の制服をまとったごく普通の青年に見え、街ですれ違っても数秒後には顔を忘れてしまいそうなほど目立たない姿をしていたが、少なくとも本人は、そう見えるようにしていた。
モニターの中では、制服姿の隊員が能力犯罪者を制圧する映像が流れ、それに合わせて組織の活動を説明する声が響いていた。
『我々は、能力による犯罪から皆様の生活を――』
禮はその言葉を最後まで聞こうともせず、興味を失ったようにモニターの前を通り過ぎていった。
その隣には、肩先まで伸びた髪をふわりと揺らす、整った顔立ちの少女が並んで歩いていた。
禮と同い年ほどに見えるその少女の名は、神成禮歌。
禮歌は隣を歩く禮の横顔をちらりと見て、少し呆れたように声をかけた。
「禮?」
「ん?」
「あからさまに嫌そうな顔をするのはやめたら?」
「別にいいだろ」
「監視カメラがあるんだからさ」
「……面倒くさ」
禮がため息をつくと、禮歌は真面目な表情のまま前を向き、周囲に聞こえない程度の声で話を続けた。
「ただでさえ、目立たないようにしてるんだから」
「分かってるよ」
「本当に?」
「分かってる分かってる」
「二回言う人間は大体分かっていない!」
「お前、最近そういうこと言うようになったよな」
「禮から学んだ!」
「俺そんなこと言ってる?」
「かなり」
「マジか……」
禮は少しだけ落ち込んだような顔をしたが、その様子を見た禮歌はどこか楽しそうだった。
そんな二人の少し後ろから、聞き慣れた声が追いかけてくる。
「待ってって! 二人とも歩くの速いって!」
相良慧が小走りで追いつこうとしており、禮と同じ十七歳の彼は、幼い頃からの腐れ縁であると同時に、禮の本当の力を知る数少ない人間の一人でもあった。
「お前が遅いんだよ」
「普通だから! 禮たちが速いんだって!」
「禮歌と同じ速度で歩いてるだけだけど」
「それがおかしいんだって……」
慧は肩で息をしながら二人へ追いつき、三人はそのまま横断歩道へ差しかかった。
その時だった。
――爆音。
数十メートル先で銀行の入り口が吹き飛び、轟音とともにガラスが砕け散った。
「うわっ!?」
慧が反射的に身を屈める中、悲鳴を上げた人々が一斉に逃げ始め、煙の向こうからは三人の男が飛び出してきた。
そのうちの一人は腕が異常なほど膨張した能力者で、さらにその手には、大型の斧型をした《顕装》が握られていた。
「邪魔だ! 退けぇ!」
男が斧を振り抜くと地面が砕け、その衝撃が道路を走り、近くに駐車されていた車が大きく横転した。
「能力強盗……!」
慧の顔が青ざめる一方、禮は何も言わず、ただ面倒そうに頭を掻いた。
「禮」
「分かってる」
「組織に任せる?」
「そのつもり」
禮は即答したが、そもそも自分から関わる理由などなく、能力犯罪の対処は組織の仕事なのだから、局が到着するまで待てばいいはずだった。
自分には関係ない――そのはずだった。
「きゃっ……!」
小さな声に禮が振り向くと、逃げ惑う人波の中で一人の少女が転んでおり、その子はまだ十歳にも満たないように見えた。
そのすぐそばで先ほど横転した車が別の能力者の攻撃によって弾き飛ばされ、宙に浮いた車体は回転しながら、まっすぐ少女へ向かって落ちていった。
「――禮!」
慧が叫んだ瞬間、禮の表情から感情が消え、右手がほんの僅かに持ち上がった。
「《創》」
たった一言とともに、何もなかった少女の頭上の空間へ半透明の壁が現れ、落下した車は轟音を立ててその壁に激突した。
しかし、車の重さと衝撃を真正面から受け止めたにもかかわらず、壁には傷一つ付いていなかった。
「……え?」
少女が呆然と壁を見上げる中、禮はすぐに手を下ろし、役目を終えた半透明の防壁は何事もなかったかのように消えていった。
「禮!」
慧は慌てて声を潜め、周囲の様子を確かめながら禮へ顔を寄せた。
「見られたんじゃ……!」
「最低限だ」
禮は大して気にした様子もなく、あくまで目立たない範囲の力しか使っていないとでも言うように答えた。
「ただの防壁なら珍しくもない」
「でも今、何もないところから――」
「慧」
禮歌が慧の言葉を遮り、その視線をビルの屋上へ向けると、そこには黒を基調とした制服の人物が一人、遠くからこちらを見下ろしていた。
特異事象対策局の隊員だった。
「……禮」
「ああ」
禮もすでに気づいており、問題なのは能力強盗そのものではなく、ほんの一瞬とはいえ、自分が力を使うところを局員に見られたかもしれないということだった。
面倒なことになった。
「帰るぞ」
「え?」
「いや、犯罪者は!?」
「もう来た」
次の瞬間、道路の向こうから複数の組織車両が到着し、武装した隊員たちが次々と降りてきたが、禮はそれを見届けることもなく歩き出した。
禮歌が当たり前のようにその隣へ並び、慧も慌てて二人の後を追っていった。
その三人の背中を、ビルの屋上にいた一人の隊員がじっと見つめていた。
二十三歳のその男は特異事象対策局に所属しており、規則、命令、規律こそが絶対だと信じていた。
男は通信端末を取り出し、本部へ連絡を入れる。
「本部」
『どうした?』
「未登録と思われる能力者を確認した」
『能力は?』
男は数秒だけ沈黙し、何もなかった空間から突然現れた防壁と、発動の予兆がほとんど見えなかった先ほどの光景を思い出した。
現場の人物は《顕装》も使用していなかった。
「……不明」
『不明?』
「ああ」
視線の先では神成禮がすでに人混みへ消えようとしており、男はその後ろ姿を見据えたまま、分かっている範囲の情報だけを本部へ伝えた。
「対象は十七歳前後の男性。朝凪高等学校の制服を着ていた」
『危険度は?』
「現時点では判断できない」
男はそこでいったん通信を切り、禮が姿を消した人混みをもう一度見渡した。
一方、自分の存在が組織の記録に残ったことなど知る由もなく、禮は二人と歩きながら大きなあくびをしていた。
「……腹減ったな」
「いや今それ!?」
「何食う?」
「話聞いてる!?」
「禮」
「私はラーメンがいい」
「お、珍しいな」
「昨日テレビで見た」
「じゃあラーメンで」
「だから今そんな場合じゃないって!」
三人の声は、いつも通りの調子のまま賑やかな人混みの中へ消えていった。
禮はまだ知らなかった――いや、たとえ知ったところで、おそらくこう言っただろう。
――面倒くさい。
この日を境に、神成禮という存在は少しずつ表舞台へ引きずり出され、彼が何を創れるのか、そしてその隣にいる少女が何者なのかが問われていくことになる。
さらには、この世界にただ一つ、彼自身の手によって創り出された神器――《アポカリプス》の正体も、やがて明らかになっていく。
だが、それはまだ少し先の話だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回人生で初めて物語を書いてみました!
物語は、
「もし能力が当たり前に存在する世界で、とんでもなく強い能力を持っているのに、それを隠して普通に生活している主人公がいたら」
というところから作り始めました。
主人公の禮は、かなり面倒くさがりです。
できるだけ目立ちたくない。
組織とも関わりたくない。
平穏に暮らしたい。
……と言いつつ、戦うことだけは好きです。
そして禮の隣にいる禮歌も、この物語ではかなり重要な存在です。
彼女が何者なのか。神器とは何なのか。禮の能力《創》は、本当はどこまでのことができるのか。
この辺りは、物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていく予定です。
最初から全部を見せるのではなく、
「こいつ、もしかして思っていたよりヤバいんじゃないか?」
と少しずつ禮の異常さが周囲に知られていく流れを書いていけたらと思っています。
まだ始まったばかりですが。
禮の平穏な高校生活が、これからどこまで平穏でいられるのか。
見守っていただければ嬉しいです。




