孤独な令嬢
ネバーローズ王国の侯爵令嬢シルビアは、広大な屋敷の裏にある薄暗い離れに、独り佇んでいた。
シルビアは敵国の冷酷で知られる王子、ブラッドハートを待っていた。
隣国バルダンディア王国の次期国王、ブラッドハート王子は今頃、この国の次期国王となるフィル王子と会談中だ。
それが決裂に終われば、ブラッドハート王子はまっすぐここに来ることになっていた。
平和を愛するフィル王子が持ちかけた会談を、冷酷な上に好戦的でも知られるブラッドハート王子は、はじめから決裂に持ち込むつもりだった。
そして、シルビアの一族と結託し、ネバーローズ王国に攻め入る話が進んでいた。
なぜ、シルビアが敵国の王子に手を貸すのか。それは、シルビアがフィル王子の結婚相手に選ばれなかったことが原因だった。
フィル王子は結婚相手に、フロンティアを選んだ。
フロンティアはシルビアの幼馴染であり、家柄もシルビアの家と並んでいた。それだけに、王子は個人的な意向でフロンティアを選んだと周囲に知れた。
シルビアを溺愛している一族の者達は、涙を流して悔しがり激怒した。王子の結婚相手はフロンティアかシルビアかと噂されていただけに、悔しさと屈辱はとめどなかった。
それにこれで、家同士は格に差ができてしまう。一族のプライドも深く傷つけられた。
そこで、持ち上がったのが敵国に寝返る話だった。
シルビアをブラッドハート王子と結婚させ、溜飲を下げたいのもあった。シルビアはそれを承諾した。
一族のためだけではなく、自分自身のためでもあった。
選ばれなかった怒りと悲しみは一族以上だった。
フィル王子は自分に、好意を寄せているような振る舞いを何度も見せていたはずだった。それはシルビアの勘違いではなく、貴族の娘達も噂するほどだった。
期待を裏切られた復讐心と、一族の期待に応えられなかった責任感に、追い詰められての決断だった。
シルビアはこうなった原因を探すように、またフロンティアを思い出した。
選ばれたフロンティアは美しい。しかし、シルビアはフロンティアより美しいと評されていた。人には顔の好みがあるが、それを超えて見惚れさせる美しさが、シルビアにはあると評された。
幼い頃から何枚も肖像を描かれた。人の手に渡ったのもある。それはどうなるだろうと思った。敵国に寝返った裏切り者の肖像として、憎まれ燃やされてしまうのだろうか? それを想像すると、我が身が焼かれるような恐怖と悲しみに震えた。
絵に描かれるに相応しい令嬢と言われ、そのように振る舞ってきたため、立ち居振る舞いや内面を悪く言われたこともなかった。それはフロンティアも同じだった……
ふいに、シルビアはフロンティアと慈善活動をするために、町を歩いたことを思い出した。二度と、仲良く並んで歩けないと思うと、両手に顔を埋めて嗚咽をこぼした。
呻きに似た嗚咽に、シルビアはフロンティアの歌声を思い出した。
フロンティアは歌が上手かった。歌姫と呼ばれるほどで、シルビアも聞き惚れていた。
それが、フィル王子の心を射止めたのだろうか、それだけとは思えなかった。
はっきりしているのは、自分には王子を射止めるものはなにもなかったことだけ
今まで、誰もがシルビアは幸せになれると言った。
皆、誰かが私を幸せにしてくれると思っている。
フィル王子でさえ、フロンティアを選んだ後に
“シルビア、君なら、すぐに誰かと幸せになれる”
そう言って、去っていった。
今、隣には誰もおらず、幸せなどどこにもなく。
ひとりぼっち――
シルビアは激しく泣きそうになるのをこらえて、震えるため息をついた。このままでは嫌だった。誰もいないなら、自分でなんとかするしかないと思った。
だから、こうして、敵国の冷酷王子を待っているのだ。
こんな自分と似合いの相手かもしれないが、お互いに興味のない政略結婚。
それでも、もはや、泣いている場合ではないと、シルビアはなんとか落ちついて、自分を見下ろした。
黒い上等なブロケードドレスは重く、薄暗い部屋に溶け込んで、金の刺繍だけがキラキラ光っていた。
こんな、暗く大人びたドレスは着たくなかった。こんなところにも居たくなかった。
フィル王子と結婚できれば、いつまでも明るい日の下で、花やかなドレスを着れたのに……
シルビアが未練を断ち切ろうと頭を振った時、扉がノックされた。
急いでハンカチで目元を拭くと、返事をして扉を開けた。




