湖畔でピクニック3
フワーッと、風が吹き、被っていた帽子がふわりと飛んでいく。
追いかけようと立ち上がったその瞬間――
帽子を綺麗にキャッチしてくれた人物がいた。
「おや、こんな所で会えるとは。久しぶりですね、ティアナ嬢」
眩しいほどの金髪、整った顔立ち。
まさか、こんな場所で出会うとは思わなかった。
「ディラン殿下、ごきげんよう」
「今日も綺麗だね、はい、帽子」
さっと頭に帽子を戻される。
その褒め言葉を、薄っぺらいと感じてしまう自分に少し苛立ちも混じる。
「ありがとうございます」
「……そんな、苦虫を噛んだような顔でお礼を言われるのは、新鮮だな」
目の前のディラン殿下は、いつも通り楽しそうに笑っている。
彼の笑顔には、どうも素直に返す気になれない自分がいる。
「ところで、こちらには何をしにいらしたのですか?」
「あ、実はね――」
その時、後ろから元気な声が飛び込んだ。
「お嬢さーん、帽子、大丈夫でした?あれ?誰ですか?」
レオがキョトンとした顔でこちらを見ている。
「レオ、そちらは――双輝アレキサンドライト王国 第一王子のディラン殿下ですよ」
ユウリが横から静かに補足する。
レオはさらに目を丸くし、口を開きかけては閉じる。
――状況が、一気に非日常に変わった。
湖畔の穏やかな時間に、思わぬ光が差し込む瞬間だった。
「うちの使用人が失礼しました」
ユウリがすっと頭を下げる。
「気にしなくていい。おや、君は?」
「トワといいます。2年ほど前から伯爵家の養子としてお世話になっております。
よろしくお願いいたします」
トワは落ち着いた所作で丁寧に挨拶をする。
「初めまして。
賢そうな子だね」
ディラン殿下はトワと目線を合わせ、にこりと笑った。
そして次に視線をルイに移す。
「君はブティック・グロウのルイだね。
噂は以前から聞いている。良いドレスを作ると聞いたよ。
今度、私のもお願いしようかな」
「ええ、喜んで」
ルイも丁寧にお辞儀し、その優雅な所作に殿下も微笑む。
「そういえば、銀髪の彼――セナはいないのかい?」
ディラン殿下からセナの名前が出てくるとは思わず少し驚く。
「ええ、今日は任務に出ております」
「そうか。護衛をつけないとは、少し不用心だよ、ティアナ嬢」
「その心配は無用です」
私は少し冷たく答える。
殿下には関係のないことだと思い、毅然とした態度を崩さない。
「――あの、殿下もお昼どうですか?」
そんな中、レオが何かとんでもない提案を口にした。
「ちょ、レオ。それは――」
「いいのかい? それではお邪魔させてもらおうかな」
気づけば、ピクニックシートにディラン殿下も座っている。
――なんだこの状況は。
穏やかで楽しいひと時だったのに、突然の非日常感が入り混じる。
「いただきます」
ディラン殿下は、綺麗な所作でカモのハニーローストのサンドイッチを口に運ぶ。
その優雅さに、思わず目を奪われる。
「うん、とても美味しいね。これを君が作ったの?」
「はい、レオって呼んでください」
「レオは料理人なのかい?」
「はい、お嬢さんの専属料理人です」
レオの緩い喋り方は本当は正さなくてはいけないが、ディラン殿下は気にしていない様子。
――まあ、これでいいか。
「それは羨ましいな。レオのフルコースが食べてみたいね」
「機会があれば!」
「サラッと私の料理人を勧誘しないでもらっていいですかね」
「すまない、そんなつもりではないのだが」
殿下は愉快そうに笑う。
その笑顔に、つい少し警戒心がゆるむ。
「ところで、こちらには何をしにいらしたのですか?」
さっき聞きそびれたことを、改めて尋ねる。
「そうそう、こちらには仕事の関係でね。
ついでに、数カ月前のパーティーの“主犯格”から話を聞こうと思ってね」
ディラン殿下の言葉に、空気が少し引き締まる。
そう、あの暗殺未遂事件――
デホラ男爵とニーナ令嬢は罪に問われ、財産を取り上げられ、今は辺境の地で過ごしているという話を思い出す。




