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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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真夜中の真実2

書類を元の場所へ戻し、絵画を掛け直す。

痕跡はない。完璧だ。


静かに書斎を出て、歩き出す。


――その瞬間。


「ユウリ、こんな時間に何をしているのですか?」


背後から声が落ちてきた。

身体が、反射的に強張る。


だが、表情だけは崩さない。

何も知らない執事の顔を作り、ゆっくりと振り向く。


「こんばんは、スミスさん。実はお嬢様に紅茶をお持ちしたのですが、もうお休みになられているようでしたので……戻るところです」


自分の声が、思ったよりも落ち着いて聞こえた。


「ほう……良い香りですね」


スミスさんが一歩、距離を詰める。

心臓が跳ねる。


「カモミールですか。ちょうど飲み頃のようだ」


そう言って、ポットの蓋を開ける。

ふわり、と湯気が立ちのぼった。


――まだ、熱い。

時間の辻褄は合っている。


「はい。せっかくですので、よろしければお飲みになりますか?」


平静を装いながら、問いかける。

一瞬でも、目を逸らしてほしかった。


「いえ、私は結構です」


視線が、こちらを射抜く。

探るようでもあり、そうでないようでもある。


「それでは、おやすみなさい」


そう言い残し、スミスさんは踵を返した。


その背中が角を曲がるまで、私は動けなかった。


――まだ、終わっていない。


一歩、また一歩。

足音を抑え、自室へ向かう。


早く戻らなければ。

悟られる前に。


この屋敷は、

知りすぎた者に、決して優しくはないのだから。


自室の扉を閉め、鍵を掛ける。

その音がやけに大きく響き、それだけで膝から力が抜けそうになった。


廊下に気配がないことを確かめてから、ランプに火を灯す。

揺れる橙の光の中、椅子に腰を下ろした。


執務室で目にした書類の内容を、記憶の底から1枚ずつ引き上げていく。


高純度魔法石。

共鳴実験。

血縁者に見られる、異常とも言える高い適合率。


公式記録では、アイリス様は事故死だ。

実験中の不慮の事故に巻き込まれた――そう処理されている。


だが、私は気づいてしまった。


あれは、事故ではない。

少なくとも「想定外」ではなかった。


「結界・制御装置に異常なし」

「魔力暴走の痕跡なし」

「反応は、対象者のみに集中」


あまりにも整いすぎている。

まるで――

魔宝石が、自ら相手を選んだかのような記述だった。


その瞬間、胸の奥で何かが噛み合った。


もし、あの研究が

「人が魔宝石を使う方法」を探るものではなく、

「魔宝石が、人を受け入れる条件」を見極めるものだったとしたら。


そしてアイリス様はお嬢様の実の母親だった…。


マリアンヌ様とは、似ていないと愛人の子だと噂されることもあったが、本当にそうだったとは…。


そして血縁者に高い適合率。


つまり――

アイリス様の血を引く者は、

魔宝石にとって“特別な器”であるという仮説。


喉が、ひりつくほど乾いた。


自然と、あのお嬢様の顔が浮かぶ。

幼い頃から、魔宝石の前では決まって表情を曇らせた少女。

「嫌な気持ちがする、黒いモヤがみえる」と、小さな声で言った。


魔宝石の悪意を感じ取っていた。

それを、私は偶然だと思い込んでいた。


だが――

もし、あれが覚醒の兆候だったとしたら。


そして、アドルフ様が

その事実を、最初から知っていたとしたら。


アイリス様の研究を封印した理由は?


――守るためか。

それとも、来るべき時のために、隠していたのか。


書類の末尾にあった、たった一行が脳裏に焼きつく。


「研究は中断。

 だが、条件が整い次第、再開の可能性あり」


条件とは、何だ。


年齢。

魔力量。

精神の成熟。

共鳴の自覚。


そして、それらすべてが――

お嬢様の成長とともに、確実に揃いつつある。


私は、無意識のうちに拳を握りしめていた。


知らなければよかった、とは思わない。

だが、知ってしまった以上、

もう私は“従うだけの執事”ではいられない。


お嬢様は、実験体ではない。

器でも、代替品でもない。


――守らなければならない。


たとえ、

この屋敷の主を敵に回すことになったとしても。


ランプの炎が、ひときわ大きく揺れ、静かに落ち着いた。


この屋敷は、

長い時間をかけて、次の犠牲を待っている。


そんな予感だけが、

夜の底で、確かな輪郭を持ち始めていた。


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