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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第一部

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真夜中の真実1

ユウリside

お嬢様の記憶に出てきた女性のことを探し続けている。

だが――どこにも、ない。


お嬢様の記憶では、その女性はきっともう亡くなっているはず…。

過去の使用人、歴代の祖先の死因が一括して保管されている書庫にも、その名だけが抜け落ちている。

記録が存在しないなど、あり得ない。


おかしい。

いや、おかしいでは済まされない。


隠されている。

そう考えるほか、なかった。


当主アドルフ様。

彼以外に、この屋敷でそれを可能にする人物はいない。


だとすれば、保管場所は一つ。

アドルフ様の執務室だ。


今夜、アドルフ様は3代伯爵家との歓談会に出席している。酒も相当入っているはずだ。

昔から、酒に酔ったアドルフ様は深く眠り、簡単には目を覚まさない。


――条件は整っている。


だが、問題は一人。


執事、スミスさん。

有能で、観察眼が鋭い。巡回の癖も、足音の癖も、すべてが掴みきれない。

彼に見つかった瞬間、この計画は終わる。

その情報は即座にアドルフ様へ届き、弁解の余地はない。


喉が、ひくりと鳴った。


それでも、引き下がることはできない。

真実は、今夜しか掴めない。


頭の中で、動線、時間、最悪の事態を何度も反芻する。

一つでも狂えば終わりだ。


そして――

屋敷が完全に寝静まった、その時を待つ。


今夜、決行する。

アドルフ様が寝室に入ったことは、すでに確認している。

スミスさんも、自室へ戻っていった。


――今のところ、想定どおりだ。


問題は、この先。


アドルフ様の執務室には、当然のように鍵が掛かっている。

ポケットから細い針金を取り出し、鍵穴へ差し込む。

手元に意識を集中させる。音は、立てられない。


小さな感触。

わずかな抵抗が外れ、錠が静かに回った。


祖父の言葉が、ふと脳裏をよぎる。

『執事である以上、ピッキングくらいはできなければならない』

まさか、こんな形で役立つとは思わなかった。


扉をわずかに開け、滑り込むように書斎へ入る。

すぐに内鍵を掛ける。これで、突然の侵入だけは防げる。


この部屋には何度も入ったことがある。

お嬢様の付き添い、業務の打ち合わせ――

間取りは、頭に入っている。


まず狙うべきは、書斎机の引き出し。


鍵付きの引き出しを一つ、また一つと開ける。

書類の束、古い契約書、覚え書き。

だが――ない。


女性の死因に関するものは、どこにも。


長居はできない。

書類は素早く元に戻す。配置を崩せば、それだけで侵入は露見する。


全てを探す時間など、最初からない。

この部屋にあるとしても、隠されている場所は限られている。


――残りは、どこだ。


鼓動が、否応なく早まる。

考えろ。焦るな。


大切なもの、そして――隠しておきたいもの。

アドルフ様がそれらを、この椅子から目の届く場所に置いているはずだ。


そう確信し、私は静かに椅子へ腰を下ろした。

本来なら、決して許されない行為だ。

だが今は仕方がない。私は――お嬢様の執事なのだから。


視線を巡らせる。


書棚。机。暖炉。

どれも違う。


ふと、入ってきた扉の脇に置かれた花瓶が目に留まった。

中には、淡い紫の花。


アイリス。


フリルのように波打つ花弁。ジャーマンアイリスだろう。

季節はすでに過ぎているはずだが、驚くほど丁寧に手入れされている。


――そういえば。


女性の名前は…アイリス様。


その花瓶の、すぐ上。

壁に掛けられた一枚の絵画へ視線が移る。


オレンジ、赤、ピンク、青。

幾重にも重なるグラデーションは、夜明け前の空のようだった。


違和感が、胸を刺す。


私は立ち上がり、慎重に絵画を外す。

背後へ手を伸ばす。


――あった。


壁に設えられた浅い空間。

そこから、封筒に収められた書類を取り出す。


時間はない。

ざっと目を走らせ、内容を叩き込むように記憶する。


……まさか。






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