↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
83/354

そばにいるために2

セナside


――しかし、さっきのテオは、まるで血に飢えた狼のようだった。

あれでは、昔に逆戻りだ。


正直、危なかった。

真剣が腕をかすめ、じわりと血が滲む。

……この程度で済んで、本当に良かった。


俺が何を言ったところで、今のテオの耳には届かないだろう。

あいつは昔からそうだ。追い詰められると、視野が極端に狭くなる。


――お嬢様のこととなると、尚更だ。


それにしても……まさか、お嬢様がお見合いとはな。

いつかは結婚する立場だと、頭では理解していた。

だが、胸は少しも平穏じゃない。


理由は、わかっている。

わかっているからこそ――口にしてはいけない。

これは、秘めておくべき感情だ。


蝶の会に出席し、あの“謎の男”と話してから、

お嬢様はどこか変わった。


何かを伝えようとして、言葉を飲み込んでいる。

俺に話すべきか、悩んでいるようにも見える。


無理に聞くつもりはない。

それでも――心配は、してしまう。



ティアナ side


書斎で書類の確認をしていると、廊下から足音が聞こえた。


――珍しい。


彼がここまで来るのは、何かあった時だけだ。


トントン、と扉を叩く音。


「どうぞ」


「失礼いたします」


「どうしたの? セナ」


顔を上げると、相変わらず均整のとれた美しい体躯と、涼しげな目元。

けれどその表情には、わずかな迷いが滲んでいた。


「お忙しいところ、申し訳ありません」


「堅苦しい挨拶はいいわ。それで、何かあったの?」


セナは一瞬視線を伏せ、声を落として言った。


「実はここ1週間ほど、テオの様子がおかしくて……。

食事も睡眠も、ほとんど取れていないようです」


胸の奥が、ひくりと痛んだ。


「それだけでなく、夜中に騎士寮を抜け出す姿も何度か確認しています」


――やっぱり。


脳裏に浮かぶのは、あの日の訓練場。


深紅に染まった刀身。

感情を剥き出しにした斬撃。

そして――私が、2人の間に割って入った瞬間。



あの時、私は正しかったのだろうか。


止めることしか、できなかったけれど。

彼の心に、きちんと触れられていただろうか。


「わかったわ。少し、話を聞きに行ってくる」


仕事もひと段落していた私は、椅子から立ち上がった。


「今なら、騎士寮の自室にいると思います」


「ありがとう、セナ」


扉を出たところで、紅茶を運んできたユウリが足を止める。


「お嬢様、どちらへ?」


「テオの様子が気になるの。少し、2人で話してくるわ」


ユウリは一瞬だけ何か言いたげにしたが、静かに頷いた。


「かしこまりました」


騎士寮へ向かう前、私は厨房の前で足を止める。


「レオー、いる?」


「お嬢さーん! どうしたんすか? お腹空きました?」


「いつも空いてるわけじゃないわよ」


思わず苦笑してから続ける。


「テオに差し入れを持っていきたいの。

材料と場所、少し借りてもいい?」


「それなら、食パンと卵とベーコン、チーズがありますよ。

サンドイッチならすぐ作れます。俺も手伝います!」


「ありがとう」


厨房に入り、エプロンをつけ、髪を束ねる。

三角巾まで被ると、自然と少し気持ちが落ち着いた。


――こういう時間は、嫌いじゃない。


「それにしても、テオがどうしたんですか?」


「少し、元気がないみたい。

食事も睡眠も、きちんと取れていないって聞いたの」


「昔もありましたよね。テオが来た頃。

俺、勘違いで扉壊しちゃって」


「ええ……あの時は本当に驚いたわ」


思い出して、ふっと笑う。


「もう壊さないでね」


「わかってますって」


パンをナイフで切りながら話す。


けれど胸の奥には、あの日の光景が消えずに残っていた。


深紅の魔力。

震える剣。

何かを必死に断ち切ろうとするような、テオの横顔。


――私は、彼を止めただけだった。


彼が何を怖れているのか、

何に縋ろうとしていたのか。


それを、聞けていなかった。


だから今度は。


叱るためでも、命じるためでもなく。

ただ、ちゃんと話すために。


そっと心の中で決めていた。



「そうだ、ちゃんとお礼を言えてなかったけど……

孤児院のボランティア、本当にありがとう」


レオのおかげで、あの日は大成功だった。


「いえ! 俺もすごく楽しかったです!

色々ありましたけどね。トワがすごく協力してくれて!」


「そうね。トワも、ずいぶん馴染んでいたわ」


子どもたちに囲まれながら、

ぎこちなくパン生地をこねていた姿を思い出す。


「俺、実はお嬢さんに相談があったんです!」


レオは少し照れたように頭をかきながら言った。


「まだ書面にはまとめてないんですけど、

せっかく設備も整いましたし、孤児院の子どもたちに

料理を教えていけたらって思ってて。

トワとも相談してるところなんです」


「素敵な案ね」


思わず、声がやわらぐ。


「その時は支援金も少し用意できると思うわ。

書面にまとめられたら、見せてちょうだい」


「はい! よろしくお願いします!」


「――よし、これで完成ね」


「完璧です!!」


サンドイッチが焼き上がり、

香ばしい匂いが厨房に満ちる。


カゴバッグに丁寧に詰め、

水筒には飲み物も用意してもらった。


「レオ、ありがとう」


「いえいえ!

テオが元気になるといいですね」


ぶんぶんと大きく手を振るレオを見送り、

私は城を後にした。


城門を抜け、訓練場の脇を通り、騎士寮へ向かう。


ここには、第1・第2・第3騎士団の寮が並んでいる。


第1騎士団の建物は少し離れた場所にあり、造りも豪華だ。

もっとも、既婚者が多く、寮ではなく近隣に家を借りて暮らす者も多い。

その分、手当も手厚い。


若手中心の第2・第3騎士団は、ほとんどが独身で寮生活。


第2騎士団の寮は貴族出身者が多く、

副団長家からの寄付もあって、第1ほどではないが整っている。


それに比べて――第3騎士団の寮は年季が入っていた。


壁の色もくすみ、ところどころ補修の跡が残る。

少し、荒れた印象は否めない。


以前、父に建て替えの相談をしたこともあった。

雨漏りなど最低限の補強は進められたが、

全面改修までは難しい、という返答だった。


……いつか、ちゃんと直したい。


そんなことを考えながら歩いていると、目的の場所に着く。


――テオの部屋。


扉だけが妙に新しく、すぐにわかった。


私はカゴを持ち直し、そっと声をかける。


「テオ……いる?

少し、話したいのだけれど」


返事はない。


けれど扉に近づき、耳を澄ませると、

微かな気配が確かに伝わってくる。


……中にいる。


間違いない。


私は一度、小さく息を吸った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。