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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第一部

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ユウリとお嬢様7


10年前のお嬢様との出会いを思い出して

自然と口元が緩む。


きっとまた日も登らないうちから仕事をしているのであろう。

美味しい紅茶を持って行こう。



「お嬢様おはようございます」


「ユウリおはよう」


んーっと伸びをする。


「仕事ですか?」


「いやちょっと調べ物をね」

そういうと年季の入った栞を書物の間に挟む。


「それ、まだお持ちなんですね」


ローズマリーの花を押し花にしたものだ。

当時の鮮やかな紫色とは程遠く色褪せている。


「だって、ユウリが私にはじめてくれたものでしょ。

私にとっては特別なんだよ」



頬杖をつきながら笑う。

なんだが気持ちがくすぐったくなる。


「新しいの贈りますから。そちらはもう捨ててくださいよ」


うーん、それはなぁーと曖昧な返事をしながら栞を指でなぞる。


「ねぇ、あの時私に言ってくれた言葉まだ覚えてる?」


当時私が渡したローズマリーの時に伝えた言葉だろう。

忘れる訳ない。


「もちろんですよ。

昔も今もお嬢様への気持ちは変わりません。

貴女が望んでくださるその時まで、私は貴女の執事として忠誠を誓います」




一瞬、部屋の空気が静まった。

朝の光が窓から差し込み、書物の背表紙を淡く照らしている。


お嬢様は目を瞬かせ、それからゆっくりと笑った。


「……相変わらず、真面目すぎるんだから」


そう言いながらも、頬がほんのり赤くなっているのを見逃さなかった。

指先で栞を閉じ、そっと胸元に抱える。


「でもね、ユウリ」


椅子から立ち上がり、窓の外に目を向ける。

庭園では、朝露を受けた花々がきらきらと光っていた。


「“その時まで”なんて言わなくていいよ。

私は――今も、これからも、ユウリが側にいてくれると思ってる」


振り返るその表情は、かつての少女の面影を残しながらも、確かな決意を宿していた。


「それに、忠誠って言葉だけじゃ足りないくらい、頼りにしてるんだから」


ユウリは一歩下がり、静かに頭を下げる。


「光栄です。

お嬢様が進む道がどれほど険しくとも、私は変わらずお傍におります」


「ふふ、じゃあ――」


お嬢様はあの日と変わらない笑顔で微笑む。


「今日も一日、よろしくね。私の執事さん」


柔らかな朝の光の中で交わされる、何気ない言葉。

けれどそこには、10年前と変わらない確かな絆があった。


色褪せたローズマリーの栞は、今日も書物の間で静かに息づいている。

忠誠は、思い出ではなく――今も続く誓いとして。



お嬢様は、また厄介ごとに巻き込まれたようだ。

――いや、正確には自ら突っ込んでいっている。


孤児院でのボランティアの話を聞き、私は自分がすべき役割を把握した。

お嬢様は他にも抱えている案件が多い。

それらをすべて完璧にこなしてしまうのが、彼女の凄いところなのだが――だからこそ、支える側の私が抜け落ちるわけにはいかない。


そして孤児院のボランティアで問題は起こった。

だがお嬢様が使った力については、すでにセナが殿下と共に処理を終えている。

次に動くべきは、別件。


最近、巷を騒がせている宝石事件だ。


ブティック・グロウのルイ。その妹であるエマの変貌ぶりを、私は間近で見ている。

あれが“単なる宝石”であるはずがない。


宝石を身につけると気分がよくなる――

あまりにも曖昧で、胡散臭い話だ。


しかも、競売の存在を仄めかした客は、酒に酔っていたという。

信憑性は低い。


だが、だからこそ無視はできなかった。


私は心の中で、静かに糸を手繰り寄せる。


宝石。

気分の高揚。

裏の競売。

そして曖昧な口伝え。


これまで集めた断片を照らし合わせると、不思議なほど違和感なく繋がっていく。


――蝶の会。


表向きは、上流階級の社交を目的とした非公式な集まり。

だが、その実態はほとんど知られていない。


名簿は存在せず、開催場所も一定ではない。

参加者は紹介制。

そして一度足を踏み入れた者は、決して内情を語ろうとしない。


私は、かつて給仕に扮して潜り込んだ夜の記憶を辿る。


貴族たちの何気ない会話。

視線の動き。

言葉を濁す癖。


「あの会」

「例の集まり」


名を出さず、それでいて確実に共有されている合図。


どれも決定打には欠ける。

だが、そこには間違いなく“何か”があった。


宝石が媒介なのか。

それとも、宝石はただの象徴にすぎないのか。


無意識のうちに、手袋の内側で指を握りしめる。


危険な匂いがする。

だが同時に、この先に真実があるという確信もあった。


――お嬢様が、これから踏み込もうとしている場所だ。


だからこそ、慎重に。

そして誰よりも先に知る必要がある。


たとえそれが、闇の深い社交界の裏側であったとしても。



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