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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響
第一部

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ユウリとお嬢様6

お嬢様はそっとナナ嬢に耳打ちをする。

その瞬間、ナナ嬢はその場に崩れ落ち、泣きながら言葉を詰まらせる。


「ナナ嬢は、ユリア嬢とバラが被ってしまい、それが悲しかったのですね。

そして、兄上の興味を引きたかった……。

だから、どうか、そんな可哀想なナナ嬢を許してあげてください」


お嬢様はわざとらしく小首を傾げ、可憐な笑みを浮かべる。


「なんだ、そういうことだったのか。

それは可愛らしいことだ。ナナ嬢、今回の件は気にしなくていい。

私に魅力があるせいでな」


マルク様ははははっと笑い、ナナ嬢の肩に手を置く。


「はい……」

ナナ嬢はか細く答える。


「では、しっかりとユリア嬢に謝罪をしてくださいますか?

紳士として当然ですよね?」

ティアナお嬢様の鋭い視線がマルク様に注がれる。


マルク様は頬をかきながら苦笑し、

「そうだな、すまなかったな、ユリア令嬢」


「すみませんでした」

ナナ嬢も深々と頭を下げる。


その様子を見た他の令嬢達も、次々に謝罪し、場は自然と丸く収まった。



「ティアナお嬢様、少しお聞きしても?」

気になっていたことを確かめるため、そっとお嬢様を引き止める。

ちょうどその場には、先ほど濡れ衣を着せられたユリア令嬢もいた。


「先ほどはありがとうございました」

深々と頭を下げるユリア嬢に、ティアナお嬢様は微笑み返す。


「いいのよ。ちょっと真実を曲げてしまったけれど、丸くおさめるにはこれで良かったかしら?」


「ええ、もちろんです。ありがとうございます」

ユリア嬢の声には安堵が滲んでいる。


「と、いいますと?」

ユウリが疑問を口にする。


「まず、ナナ嬢が持ってきたバラの本数が17本。

この意味、わかる?」


その問いにユウリはハッとする。

バラには色ごとの花言葉があるが、本数にも意味があることを思い出す。


「まさか……」


「そう、17本は【絶望的な愛】。あまり良い意味ではないのよね。諸説あるけどこの国では割と有名よね」


ティアナお嬢様は軽く首を傾げ、しかし目は真剣そのものだ。


「はい、それをナナ嬢に指摘したのです。

同じバラを持ってきていたので、何本か譲ります、と言ったらあの状況になっていたということです。

私は市民出身ですが、両親が事業に成功したこともありお茶会に呼ばれました。

なので、私の発言に気を悪くされたのですね。

良かれと思ってやったのですが……」


「正直、兄上がバラの本数で意味が変わると言うことを知っているとも思えないですけどね。

でも、あからさまに指摘してしまったら、『不敬罪だ』と言われてややこしいことになるでしょう」


確かに。数日観察しただけでも、マルク様の性格を考えれば、些細なことでも大袈裟に騒ぎ立てるに違いない。


「なるほど……上手におさめましたね」

思わずお嬢様に感心してしまう。


「本当に、ありがとうございました」

ユリア嬢は深く頭を下げる。


「今後は付き合う人を考えた方がいいですね」

お嬢様はにこやかに微笑む。私も思わずその笑顔に安心し、柔らかい気持ちになる。


ユリア嬢も、ぎこちなくも笑顔を返す。

お嬢様の機転によって、場は柔らかく収まったのだ。



夕方 執事業務が落ち着き、アドルフ当主のもとへ訪れる。


「今日で最終日だったが、気持ちは決まったか?」


ドスの効いた声。私の目を見つめる。

私もしっかりとアドルフ様と目を合わせる。


「はい、ティアナお嬢様の執事として私を雇ってください」


お辞儀する。


「二言はないな」


頭上から落とされる言葉。


「はい。ありません」


力強く返事をした。

アドルフ当主の目が一瞬だけ柔らかくなるのを、ユウリは見逃さなかった。


「よかろう、ティアナに伝えておけ。君の働きぶり、期待しておる」


「かしこまりました」

ユウリは深く頭を下げる。緊張で背筋が張りつめていたが、心は少し軽くなった。


部屋を出ると、まだ夕暮れの柔らかい光が廊下を照らしている。

お嬢様の笑顔を思い出すだけで、自然と胸が高鳴った。

彼女のそばに仕え、支える――これからの日々を思うと、全身に力がみなぎる。



お嬢様は、どこにいるのだろう。

はやく会いたい――。


アドルフ当主の元を後にし、庭に出てみるが、やはりお嬢様はいらっしゃらない。


ふと庭園の花々が目に留まる。

小さく咲く鮮やかな花に思わず足を止め、声をかける。


「あの、これ、少しいただけますか?」


庭師のトーマスさんが微笑み、花ばさみを差し出す。

「ああ、君はお嬢様と一緒に庭園の手入れを手伝ってくれた子だね。いいよ、持っていきなさい。」


「ありがとうございます」

礼を言って花を受け取り、手にそっと抱えながら走り出す。


そのとき、視界の片隅に見慣れたシルエットが現れた。


「あっ、いた!」


「ティアナお嬢様!」

思わず声を張る。


「どうしたの?そんなに急いで」

きょとんとした表情で振り向くお嬢様。


「お嬢様にご挨拶をと思いまして……」

息を整えながら言葉を続ける。


「あ、そっか。今日で最終日だもんね。

短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう」

ニコリと微笑み、手を差し出して握手を求めるティアナお嬢様。


夕焼けに染まった髪が鮮やかで、美しい。

年下なのに、その立ち振る舞いは大人びて見える。

思わず息を飲み、胸が高鳴る。



伸ばされたティアナお嬢様の手をそっと取り、跪く。

予想外の行動に、お嬢様は目を丸くした。


その手は、剣術の訓練のせいか、わずかに豆ができている。

頑張り過ぎてしまう優しいお嬢様が、未来を笑顔で歩けるように――。


「貴女が望んでくださるその時まで、私は貴女の執事として忠誠を誓います」


反対の手で、ローズマリーの花をそっと差し出す。

大事そうに受け取るお嬢様。


「ありがとう、これからよろしくね、ユウリ。

嫌だと言っても、執事をやめさせてあげないからね!」


2人を包む庭園には、柔らかな夕日が差し込んでいた。

遠くの樹々の影が長く伸び、穏やかな風が花の香りを運ぶ。


イタズラめいた微笑みを浮かべるお嬢様に、自然に笑顔で応える。


「もちろんです」


ローズマリーの花言葉――忠誠。

小さな花に込められた決意と、夕焼けに染まる庭園の温かさが、2人の未来を静かに祝福していた。




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