ユウリとお嬢様4
そして、何より驚かされたのは剣術の腕前だった。
木剣を手にした彼女の剣さばきは、鋭く正確で、身のこなしも軽やかだった。
正直、同年代の騎士どころか、訓練を積んだ大人の剣士にも引けを取らないほどの実力だ。
手合わせをすることになったが、結果はあっさり敗北。
まさか、自分より年下で、こんなに細い腕の少女に負けるとは――。
ユウリは剣術を学んできて、弱いわけではないと思っていた。
むしろ、自分の腕には自信すらあった。
それが、ティアナお嬢様の前ではあっさりと覆されてしまったのだ。
「ユウリ、強いねー!」
「いや、あの……あっさり負けてしまったのですが」
「だって、ユウリは私の実力知らないから手加減してたでしょ?だからだよ」
そうフォローしてくれるティアナお嬢様に、胸の奥が少しチクリとする。
悔しい気持ちと、同時にこの子の凄さを改めて思い知らされる瞬間だった。
(もっと剣術、一生懸命やろう……)
ユウリは自然に拳を握りしめる。
4日目、執事業務を終えて自室に戻る途中、ナタリーさんに声をかけられた。
「ユウリさん、お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
少し息を整えながら答える。
「お嬢様のことで少しよろしいですか?」
「はい」
ナタリーさんの自室に通され、丁寧に紅茶を淹れてくれた。
湯気の立つカップを前に、少しだけ気持ちが落ち着く。
「お嬢様は、どうですか?」
穏やかに微笑むナタリーさんの瞳には、深い理解と信頼が宿っている。
「えっと……」
少し考えてから、正直な気持ちを口にする。
「正直、私の想像していたご令嬢とは全く違っていました。
破天荒でパワフルで、でもとても一生懸命な方です。
他の使用人に対しても、私に対しても気を遣ってくださる、素敵な方だと思います」
ナタリーさんは微笑み、少しだけ目を細めた。
「そうですか、そう感じてくれて私も嬉しいわ。
ただね、涼しい顔をして何なくこなしているように見えるけれど、そうじゃないのよ」
その言葉に、ユウリはハッとした。
一見順調そうに見える裏で、ティアナお嬢様がどれほど努力しているか――まだまだ知らないことがあるのだと実感する。
「あら、だいぶ話をしてしまったわね。
少し、ついてきてくれる?」
ナタリーさんの後について行くと、図書室に到着した。
まだ灯りがついている。
もう遅い時間のはずなのに…
静かに図書室をのぞくと――ティアナお嬢様だった。
何冊もの本を広げ、熱心に勉強する姿に、思わず息を呑む。
まだ幼さの残る少女が、これほど懸命に努力しているのだ。
1日のスケジュールをびっしりこなし、それでもなお、夜遅くまで机に向かう――その姿に、言葉を失う。
「いつもこうして勉強しているんですよ」
ナタリーさんの声が静かに耳に届く。
彼女の横顔を見つめながら、ユウリはポツリと独り言を漏らす。
「どうして……そこまで頑張れるのでしょうか」
「と申しますと?」
優しく問いかけるナタリーさん。
「お嬢様は女性ですから、この家を継ぐ目的もないはずです。
なのに、どうして……」
失礼なことを言っているのは自覚している。
でも、ナタリーさんなら理解してくれる――そう思い、本音がぽつりぽつりとこぼれる。
ナタリーさんは静かに微笑み、言葉を続ける。
「どうしてでしょうね……それはお嬢様にしかわからないことですね。
ただ、私が言えるのは、涼しい顔で何なくこなしているように見えても、陰では懸命に努力しているということです。
穏やかに笑っていますが、意外といっぱいいっぱいなんですよ。
誰か、近くにいる人が、1人でもそれをわかっていて欲しいのです」
ユウリは胸の奥が熱くなるのを感じた。
努力を見せず、周囲に気を遣いながら、自分の限界を超えて頑張る少女――
ナタリーさんはティアナお嬢様を切実そうな顔で見つめていた。
きっと、とても心配しているのだろう。
「それでは、夜遅くまで引き留めてしまってごめんなさいね。
あと1日、よろしくお願いしますね」
「はい、失礼致します」
ナタリーさんと別れ、あと1日でお嬢様の執事としての任務が終わる。
だが、心のどこかで――終わってほしくない。
私は……あの破天荒で、お茶目で、どうしようもなく優しく、そして努力家なティアナお嬢様のそばにいたい――そう強く思った。
そして最終日。
ティアナお嬢様の元へ向かうと、早起きしたにも関わらず、自室にはいなかった。
昨日、遅くまで図書室で勉強していたはずなのに――。
もしかすると馬小屋か、剣術の稽古か……。
急いで窓の方を覗くと、そこにお嬢様の姿が見えた。
駆け足で追いかけながら声をかける。
「ティアナお嬢様、おはようございます」
「ユウリ。おはよう。早いのね」
ニコリと微笑むティアナお嬢様。
昨日の夜遅くまで勉強していたはずなのに、表情には全く疲れが見えない。
ただ、よく見ると瞼の下に少しだけクマがある。




