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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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ユウリとお嬢様2

私はマルク様に挨拶に向かった。


「本日より5日間、マルク様の執事としてお仕えさせていただくユウリと申します。

どうぞよろしくお願いいたします」


そう述べ、深くお辞儀をする。


しかしマルク様はこちらに視線を向けることもなく、ソファにふんぞり返ったまま、茶色の髪を指先でくるくると弄っていた。


「ああ」


それだけだった。


たった一日付き従っただけで、この人の性格はおおよそ理解できてしまった。


――とにかく、怠け癖のある方だ。


自室に姿が見えなかったため、家庭教師と勉強中かと思い、私は勉強部屋を訪ねた。

だが、返ってきた言葉は予想外のものだった。


「マルク様は来ていませんよ。またサボりでしょう」


家庭教師はそう言って、深いため息をつく。


その反応から察するに、これが一度や二度ではないことは明らかだった。


「……私が探してまいります」


そう告げ、邸内を回る。


そしてようやく見つけたのは――

庭先の日向で、実に気持ちよさそうに眠っているマルク様の姿だった。


「マルク様。勉強のお時間でございます」


声をかけると、彼は片目だけを薄く開き、ひどく面倒そうに口を開く。


「はあ……調子が悪いって言っといて」


どう見ても、体調が悪そうには見えない。


私は慎重に言葉を選んだ。


「しかし、家庭教師の方もお待ちですし――」


その瞬間、マルク様ははっきりと不機嫌な表情でこちらを睨んだ。


「あのさ。お前、勘違いしてるだろ」


胸の奥が、わずかに冷える。


「俺が主人。

お前は俺の下僕だ。

言う通りにしとけよ」


言葉遣いは軽い。

だがその中には、敬意も責任も欠片ほども感じられなかった。


――ああ、そういう方なのだ。


これ以上何を言っても無駄だと判断し、私は静かに一礼する。


「……承知いたしました」


そうしてそのまま、家庭教師のもとへ戻った。


胸の奥に残ったのは、怒りでも悲しみでもない。


ただ、


執事として仕えるべき“主人”ではない――

そういう、はっきりとした確信だけだった。


「申し訳ありません。体調が優れないそうで」


そう家庭教師に伝えると、彼は肩をすくめた。


「わかりました。まあ、報酬はいただいていますから。

今日はこれで失礼します」


それだけ言い残し、家庭教師は部屋を出ていってしまった。


――どうしたものか。


その翌日も、さらにその次の日も、状況は変わらなかった。

勉強にも剣術にも真面目に取り組む様子はなく、

「腕が痛い」「調子が悪い」と理由をつけては、サボりが続く。


気づけば、あっという間に日数だけが過ぎていった。


次期当主として、学ぶべきこと、背負うべき責任があるはずだ。

それなのに、その自覚は微塵も感じられない。

あるのは立場に胡坐をかいた態度と、他者を見下すような驕りだけだった。


――正直に言おう。


私には、この方の執事を務めることはできない。


執事であれば、次期当主に仕える方が出世につながる。

それは、祖父からも繰り返し聞かされてきた現実だ。


それでも。

どう考えても、どう自分に言い聞かせても、

このマルク様に誠実に仕えたいという気持ちは、

一欠片も湧いてこなかった。


執事にとっての誠実さとは、

命令を盲目的に受け入れることではない。

主人の未来を思い、支えることだ。


――その覚悟がない主人に、

私は仕えることはできない。


そう、心の中で静かに結論を下した。




休日を挟み、次は長女――ティアナ様につくこととなった。


正直、気が重い。

もしマルク様と同じように、我がままで気分屋だったらどうしよう。

そんな考えが頭を離れない。


「……はあ」


思わず、大きなため息がこぼれた。


挨拶をするため、ティアナ様の自室へ向かったものの、そこに姿はない。

まだ朝食前だというのに、どこへ行かれたのだろうか。


邸内を探していると、馬小屋の方から人の声が聞こえてきた。

気になってそっと覗いてみる。


「ほらー、今お部屋きれいにするからね!」


そこにいたのは――

泥だらけで、馬糞の匂いをまといながら、一人で懸命に掃除をしている少女だった。


使用人か、それとも下働きの子だろうか。

そう思いながら、私は声をかける。


「あ、あの……失礼いたします。

ティアナお嬢様を探しているのですが、ご存じありませんか?」


すると、その少女はぱちりと目を瞬かせ、こちらを振り向いた。


「……ティアナは、私だけど?」


予想外の返答に、言葉を失う。


泥で汚れた服、乱れた髪。

けれど、こちらを見上げるその表情は、驚くほど澄んでいて――

屈託のない瞳が、真っ直ぐに私を映していた。


――この方が、ティアナ様?


胸の奥で、何かが小さく音を立てた。

それは戸惑いであり、同時に、これまで感じたことのない予感だった。


この出会いが、

自分の進む道を大きく変えることになるなど、

まだ、この時の私は知る由もなかった。




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