お嬢様の反逆2
セナside
決闘前。
俺は改めて、彼女を見つめていた。
「お嬢様、確認です。私が勝った場合――
宝石事件、蝶の会について一切関わらないと約束してください」
これは譲れない。
守るための線だ。
殿下とも約束した。
「わかった」
即答だった。
「じゃあ、セナも。
私が勝ったら、もう止めない。約束して」
まっすぐな瞳。
覚悟を決めた人間の目だ。
「……騎士に二言はありません」
「いいわ。はじめましょう。
セナ、私の剣、取って?」
用意されていた木剣の入った籠。
俺はその中から、無意識に状態の良い一本を選び、彼女に手渡した。
⸻
開始の合図。
彼女は迷いなく踏み込んできた。
床を蹴る音は軽い。
だが無駄がない。
木剣同士がぶつかり合い、鈍い音が空気を震わせた。
衝撃が腕に返る。
(……速い)
以前より、明らかに踏み込みが深い。
体重移動も滑らかだ。
俺は最小限の動きで弾く。
動きは……以前より良い。
だが、まだ届かない。
そう判断した、次の瞬間。
「蒼き風よ、導け ラピスラズリ」
詠唱とともに彼女の剣が、淡い光を帯びた。
木剣の表面に風が絡みつき、
形状が歪む。
「――っ」
魔宝剣。
蒼い風。
刃の輪郭が揺らぎ、
次の瞬間、突風が炸裂した。
視界が一気に白む。
風圧が足元を掬い、
体勢が浮く。
(まずい)
受け止めた瞬間、嫌な感触が走った。
木剣が悲鳴を上げ、
中心からひび割れる。
次の一撃で――砕けた。
破片が舞い、地面に転がる。
「お嬢様がそう出るなら」
俺は即座に距離を取り、腰の剣を抜く。
「俺も使わせてもらいます。
我が剣に従え――アクアマリン」
宝石が淡く青く灯った。
空気中の水分が引き寄せられ、
剣身の周囲に細かな水粒が浮かぶ。
得意とする氷の剣。
……のはずだった。
――……?
光が、弱い。
魔力の循環が途切れ途切れだ。
流れが歪んでいる。
(……魔力阻害か)
気づいた時には、もう遅かった。
「随分と悪巧みを考えましたね」
距離を保ちながら声を投げる。
「ですが、こんな初歩的なもので
俺を倒せると思ったの、ですか」
踏み込み。
氷を薄く纏わせた斬撃を放つ。
水分を凍結させ、
風の流れを鈍らせる――はずだった。
だが、氷の形成が遅い。
威力も半分以下。
それでも剣筋と判断速度は、まだ俺が上だ。
斬撃を重ね、
風の発生点を切り裂いていく。
――そのはずだった。
次の瞬間。
左右から
同時に走る殺気。
「……なるほど」
雷鳴。
閃光と共に現れたのは、
トパーズの――アレン。
直後、地面が盛り上がり、
土壁が形成される。
スモーキークォーツ――ロベルト。
三方向。
包囲。
(三人がかり、か)
一瞬だけ、呼吸が止まる。
だが、それだけだ。
思考は即座に切り替わる。
まずは雷。
速いが、直線的。
踏み込みの初動に合わせ、
剣を低く振る。
氷水が地面を走り、
アレンの足を凍らせる。
次に土。
重いが、動作が遅い。
剣を受け流し、
体重の乗る瞬間を狙って崩す。
ロベルトの巨体がよろめいた。
――連携は、まだ甘い。
だが。
風が、止まらない。
雷が、間を繋ぐ。
土が、退路を消す。
「お嬢様」
俺は叫ぶ。
「手段を選ばないできましたね」
その声に――
彼女は、笑った。
「セナには、こうでもしないとダメでしょ?」
その瞬間、腑に落ちた。
これは奇策じゃない。
勝つためでもない。
俺を止めるための、選択だ。
風が視界を裂き、
雷が判断を遅らせ、
土が動線を断つ。
弱体化した魔力では、
押し返せない。
(……参ったな)
内心で、そう呟いた。
強くなったのではない。
一人で戦わなくなったのだ。
それが――
副団長である俺にとって、
何より厄介だった。
俺は剣を構え直す。
3人がかりとはいえ、まだ余裕はあった。
剣を振るたび、感触が正確に返る。
距離、重さ、呼吸の間。
すべて、手の内だ。
魔宝剣の弱体化。
感覚からして、せいぜい5分。
――それまで凌げばいい。
アレンの雷が走る。
光が弾ける瞬間を読み、
剣身を斜めに滑らせる。
放電が刃を伝い、地面へ逃げた。
ロベルトの重い一撃。
剣ごと叩き潰す勢いだが、
踏み込みは遅い。
衝突の瞬間、力を殺し、
体軸をずらして受け止める。
衝撃が腕を痺れさせるが、
耐えられないほどではない。
そして――彼女。
風をまとった斬撃が、
音より速く迫る。
視界が歪む。
だが、風の“芯”は見える。
一歩、半身。
紙一重でかわす。
刃が頬をかすめ、
冷たい気流だけが残った。
呼吸は乱れていない。
鼓動も、平常だ。
判断も、鈍っていない。
(もう少しだ)
魔宝剣の力が戻れば、形勢は逆転する。
氷が完全に展開できれば、
風も雷も押し切れる。
その瞬間に――決める。
そう思った、次の瞬間。
足裏に、違和感。
地面を踏みしめた感触が――ない。
重い。
いや、違う。
動かない。
拘束。
筋肉ではない。
地面そのものが、足を掴んでいる。
これは――。
「……テオ?」
思わず、声が漏れた。
「せいかーい」
どこか気の抜けた声。
だが、気配は完璧に消えていた。
殺気も、魔力の揺らぎもない。
息を潜め、
魔力を抑え、
この一瞬のためだけに――待っていた。
(遠征のはずじゃ……)
背後で、影が蠢く。
地面に走る細い赤い光。
拘束魔法。
そこまで、仕組まれていたのか。
思わず、口の端が上がる。
「……なかなか、ずる賢い」
だが、まだだ。
足が動かなくても、
上半身は自由。
剣は振れる。
魔宝剣の光も、
確実に戻り始めている。
――勝てる。
そう、思った。
「今よ」
凛とした声。
空気が、変わった。
その瞬間。
ロベルトが作った土壁から
気配が2つ、同時に現れた。
「……ルイさん?」
視線の端。
軽やかに着地する影。
ローズクォーツ。
剣先が淡い薔薇色に輝き、
舞う光粒が幻想的な残像を描く。
敵の視界と感覚を狂わせる薔薇。
タンザナイト公爵家に仕えていた、
元・王国騎士団。
動きが、洗練されすぎている。
「……レオまで?」
反対側。
獣のような圧を纏って立つ男。
“狂乱の金獅子”。
ペリドット
大剣が赤熱する。
爆ぜる火花が炎へと変わり、刀身を包み込む。
剣を構えるだけで、
周囲の空気が軋む。
さすがに、息を呑んだ。
(ここまで、使うか)
左右には、すでにアレンとロベルト。
背後には、テオ。
前方には、彼女。
完全な円。
逃げ道は――ない。
理解した。
これは奇襲でも、
思いつきでも、
賭けでもない。
最初から組まれた、
完璧な包囲陣。
彼女が、剣を高く掲げる。
風が集束する。
空気が、軋む。
渦が生まれ、
地面の砂が舞い上がる。
逃げ場を削り、
視界を奪い、
意識を削り――
狙いは、ただ一つ。
俺だけ。
(……ああ)
これは、もう。
避けられない。
剣を構えたまま、
俺は静かに息を吐いた。
「……完敗だな」
力ではない。
剣技でもない。
覚悟と、人の使い方。
彼女は、守られるだけの存在ではなかった。
仲間を信じ、
頼り、
役割を与え、
そして――勝つ道を選んだ。
風が、すべてを飲み込む。
その中心で、
俺ははっきりと理解していた。
――もう、止めることはできない。




