救世主8
「では、セナ。この前の一件、尽力ありがとう」
「いえ、首謀者については分からないのですか?」
「そうだね……まあ、敵が多すぎて、いちいち気にもしていられないよ」
もちろん、一番の敵が誰かは分かっているのだが、それを口にするつもりはない。
「そうですか」
「君の主人は、とてもかっこいいね」
無表情だった彼の顔に、口元がふっと緩む瞬間を私は見逃さなかった。
……罪深い女性だな、と思う。
「ただ、ベランダをドレスで飛び移るのはやめた方がいいと、伝えてくれるかい?」
「……非常に同意見です」
彼女のお転婆ぶりには、彼も少し困っている様子。
「一つ聞いてもいいですか?」
セナが真剣な表情を向ける。
「私が答えられることならね」
「お嬢様が宝石事件について調べていることは知っていますよね?」
「ああ、この前会った時にそんな話をしたね」
「王国騎士団の管轄になったのだから、お嬢様の行動を制限できる立場にありますよね、どうしてそうなさらないのですか?少なからずお嬢様を好意的に思っていますよね」
さすがティアナ嬢がそばに置く騎士だ。
鋭い質問だ。
少し間を置いて、俺は視線を彼から外し、遠くの建物を眺めるふりをした。
「制限することで解決するものなら、とうの昔にやっているさ」
セナの眉がわずかに動く。
「……つまり、お嬢様の行動を見守るという選択ですか?」
「そうだ」
言葉に迷いはないつもりだったが、胸の奥がざわつくのを隠せない。
あの子――ティアナ嬢――が何か大きなことを成し遂げようとしているのを見ると、守りたくなる衝動に駆られる。
そして、それが自分の理性をほんの少しだけ揺さぶるのだ。
彼女を制御することを彼女は望んでいないからだ。
「わかりました、殿下。お気をつけて」
彼も彼女の身を案じながらも彼女がそうされることを望んでいないことをわかっているのだろう。
微かに焦りのような感情と混じっているように感じた。
「ありがとう、セナ」
「お嬢様には会っていかれないのですか?」
「色々聞かれそうだからね」
まあ、また近いうちに会えばいいだろう。
そういうとセナが一歩下がり会釈した。
そろそろオーウェンが戻ってくるだろうか…
そう思っていたら慌ただしい足音が響いた。
「――殿下!」
勢いよく飛び込んできたのは、オーウェンだった。
呼吸が乱れ、額にはうっすらと汗が浮いている。
「孤児院で……女の子の持つ宝石が暴走しています!」
その言葉に、2人の空気が一変した。
セナがすっと鋭い目を向ける。
一瞬だけ目を閉じてから、オーウェンを見た。
「場所は」
「中庭脇の遊戯室です。すでに感情への侵食が――」
そこまで聞いて、二人は顔を見合わせた。
言葉はいらなかった。
「こちらです」
セナがうなずいて先導する。
――最悪の場合、剣の使用も辞さない。
そんな覚悟を、それぞれが胸に抱いていた。
***
遊戯室の扉を開けた瞬間。
想定していた光景は、そこにはなかった。
暴走する宝石の閃光も、
泣き叫ぶ声も、
張りつめた魔力の圧も――ない。
そこにあったのは、
床に座り込む一人の少女と、
その前に膝をつくティアナ嬢の姿だった。
ミヤは熊のぬいぐるみを胸に抱き、
まだ涙の跡は残っているものの、呼吸は落ち着いている。
宝石は――静かだった。
「……終わっている?」
セナが、信じられないものを見るようにつぶやく。
即座にティアナ嬢に目をやる。
剣は、鞘に収まったまま。
抜かれた形跡はない。
「ティアナ嬢」
名を呼ぶ。
ティアナはゆっくりと振り返り、立ち上がった。
その表情には、わずかな疲労と――確かな達成感があった。
「もう大丈夫です。
完全に安定しました」
「共鳴……?」
オーウェンが思わず声を漏らす。
「剣は使っていないのか?」
俺の言葉に、ティアナはうなずいた。
「はい。
殿下が勧めてくださった本で読んだ方法を……はじめて実践しました」
セナの目が、驚きに見開かれる。
「お嬢様そんな危険なことを…」
ティアナは少しだけ苦笑した。
「正直、成功する確信はありませんでした。
でも、もう大丈夫そうです」
少女がもつ熊のぬいぐるみの宝石を見つめる。
そこには、もはや濁りは感じられない。
「……見事だ」
ほんとに彼女は俺の創造を容易く超えてくる。
「間に合わなかったかと…」
オーウェンは安堵したように肩を落とす。




