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夜明けが世界を染めるころ、 悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない  作者: 舞響


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はじまり3

セナside


馬車が走り出し前に座っているお嬢様に声をかける。


「よくわかりますね、馬の見分け方」


「わかるよ、全然違うもん」


2人のときは砕けた話し方をすることを許されている。お嬢様は堅苦しいのが苦手なようで気を許している人物に対しては緩く話してくれる。それが俺は嬉しい。


「そうですか?俺には一緒に見える」

首を傾げる。 本当にわからない。


「毛色も少し違うでしょ?リントは赤みがかった茶色でランは少し黄色みがかってる。それに目の形も違うよ。リントのほうが吊り目でランは少し垂れ目だよ」


そういったティアナお嬢様に対し、


「…正直わからないですよ。お嬢様とトムさんぐらいじゃないですかね」

何十頭もいる馬たちの名前を把握し、間違えないで覚えているのは…恐ろしいぐらいの観察眼。


お嬢様は昔から人の名前や顔を覚えるのが早かった。

その人の仕草や癖を見抜くのも上手い。


きれいなスミレ色と桃色の髪は綺麗に結ってある。

星空のように深い碧い瞳。白い肌。お嬢様は綺麗だ。


だから気になる。



「また寝不足ですね」

ズバリ言い当てると、うわっとした顔をする。


「え、わかる?アリスに綺麗にしてもらったんだけどな」

目の下にできたクマも、上手に隠してもらったはず。


「わかりますよ。化粧で上手に隠せてますが、少し目が充血していますし、唇も乾燥気味ですね」


この人は、また夜遅くまで仕事をし、朝早くから仕事をしているのだろう。人に任せるのが下手な人。だけど努力家で誠実な人。



「はぁ。今日で3人目だよ。心配させるつもりはないんだけどね」


ため息をつきながら窓の外を見つめるお嬢様。その3人が誰かは想像に容易い。

ラピスラズリ家の人間は、正直嫌いだ。

当主は、仕事ができる人だが冷徹無慈悲。その妻は、派手好きでバカな息子を溺愛しており、お嬢様に冷たい。

そのバカ息子 マルクは論外だ。次期当主の自覚がこれっぽっちもない。


「心配ぐらいさせて下さいよ。」

そう言ってお嬢様の隣に腰掛ける。


「街まで時間があります、肩を貸すので少し寝てください」

横からふふっと心地よい笑い声が聞こえ、こてんと頭を寄せるお嬢様。しばらくするとスーッと寝息が聞こえてきた。


規則正しい寝息が、こんなにも近い。

肩に伝わる重みは軽いはずなのに、なぜか身動きが取れなかった。


……無理もない。

この人は、いつも無理をしている。


ラピスラズリ家の重圧と責務。

誰にも弱音を吐かず、全部自分で抱え込んで。


俺の肩に凭れながら、少しだけ眉間の皺が緩んでいる。

眠っているときぐらい、年相応の顔をすればいいのに。


「……頑張りすぎですよ」


聞こえないとわかっていて、呟く。

窓の外では、街道沿いの木々がゆっくりと流れていく。


守るべき立場は、最初から決まっている。

俺は従者で、この人は主。

それ以上でも、それ以下でもない――はずだ。


それでも。

こうして無防備に眠る姿を見るたびに、思ってしまう。


せめてこの短い道中だけは、

誰にも邪魔されず、安らかでありますように、と。


馬車は静かに揺れ続ける。

俺はただ、肩に伝わる温もりを逃さないよう、息を殺して座っていた。


馬車が止まる。

その振動で、お嬢様が小さく身じろぎした。


「……着いた?」


「はい。もうすぐ街です」


目を擦ろうとした手を、そっと止める。


「そのままで。化粧、少し直します」


「ん……お願い」


抵抗もなく任されるあたり、本当に無防備だと思う。


「少し失礼します」


俺はお嬢様のポーチから小さな布と、アリスに教わった最低限の化粧道具を取り出す。

鏡を差し出すと、お嬢様は半分眠そうな目でこちらを見る。


「目元、少しだけですね」


「やっぱり?」


「ええ。でもこれぐらいなら問題ありません」


布で優しく目元を押さえ、崩れた部分を整える。

寝起きのせいか、いつもより睫毛が伏せがちで、呼吸も近い。


……近すぎる。


「セナ、慣れてるね」


「アリスさんに何度かしごかれましたから」


「ふふ、あの人厳しいでしょ」


「はい。容赦ありません」


唇の乾燥も軽く整え、最後に髪の乱れを指先で直す。

スミレ色の髪が、いつも通りきちんと収まった。


「――よし。完璧です」


「ありがとう。ほんと助かる」


微笑むその顔は、もう“外に出る顔”だった。

さっきまで俺の肩で眠っていた人とは思えない。


馬車の扉が開く。

俺は一歩引き、いつもの位置に戻った。


「行きましょう、お嬢様」


「うん。……さっきのことは、内緒ね」


小さく囁かれ、俺は何も答えずに頭を下げる。


それでいい。

それが、俺の立場だ。


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