ブティック グロウ5
ベルトルト男爵家を後にし、馬車に乗り込む。
ユウリとセナも私の向かい側に腰を下ろす。
「思ったよりもこの事件複雑そうですね」
セナが低い声で告げる。
「そうね、でも進展はあった。宝石に影響されるのは心に迷いがある人間なのかもしれない」
何か悩みがあるとか、弱ったところに漬け込まれているのかもしれない。
「セナ 宝石に魅了された人達が何か悩んでいなかったか調べてくれる?」
「わかりました」
「ユウリは怪しいローブの男が他でも出入りしていないか少し探って欲しい」
「承知致しました」
馬車の外を見ながら古書店の看板が目につく。
「そこの古書店寄りたいのだけれどいいかな?」
馬車が静かにとまる。
目の前に現れたのは、古びた木の看板を掲げた古書店。ガラス窓にはほこりがうっすらと積もり、内部の薄暗さが外からも感じられる。扉の取っ手には、長い年月を経た真鍮の色味が残っていた。
「少し本を見てきてもいい?何か情報があるかもしれない。セナは少し聞き込みして来てもらってもいい?」
「構いませんが、護衛なしで大丈夫ですか?」
少し心配そうな顔をする。
「大丈夫。この古書店のオーナーとは知り合いだしユウリにはついててもらうから2時間後また戻って来てくれる?」
「セナ ここは大丈夫です。そちらの仕事をよろしくお願いします」
ユウリも頷く、
「わかりました。では、失礼します」
セナが歩いていくのを確認し、私とユウリは古書店の中に入る。
扉を押して店内に入ると、木の香りと紙の匂いが混ざった独特の空気に包まれた。れた。店内には、ほこりをかぶった本棚が天井までぎっしりと並び、わずかな光が差し込む。
「いらっしゃいませ、あれティアナお嬢様じゃないか、久々だな」
白毛混じりの髪とひげを生やした書店の亭主、ロンおじさんが、笑顔を浮かべて声をかけてくる。珍しい書物や他では手に入らないマニアックな書物が多く、私は定期的にここを訪れているのだ。
「ロンおじさん、お邪魔するね」
ユウリもお辞儀をする。心の奥にはまだ宝石の不気味さが残っているが、慣れ親しんだ空間に足を踏み入れると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「そっちの棚にティアナお嬢様が好きそうな本があるよ」
「本当?ありがとう」
ロンおじさんの声に、ふわりと安心感が漂う。
「あ、先客がいるからなー」
その声を耳にしながら奥に向かう。
この辺が良さそうね。
古書のページをめくっていると、ふと店内の空気が微かに変わったことに気づいた。
「おや、偶然だね。ティアナ嬢」
目深にフードを被った人物が、柔らかな口調で声をかける。フードで顔ははっきり見えないが、それでも隠しきれない気品と美しさが漂う。
ふと視線を上げると、フードの隙間から覗くエメラルドの瞳と目が合った。思わず胸がざわつく。まさか、こんなところで会うとは…。
「殿下。なぜこんなところに」
「珍しい書物が入るから、たまに来るんだよ。今日は仕事のついでで少し寄ったんだが、君に会えるとはついてるね」
微笑む殿下。その笑顔は柔らかく穏やかで、誰もが心を許しそうになる魅力を持っている。
「また、そのようなことを」
思わず自分も微笑み返す。
ディラン・アレキサンドライト殿下――
双輝アレキサンドライト国の第一王子。
眩しいほどの金髪と整った顔立ち、柔らかく穏やかな口調と態度で、数えきれないほどの女性を魅了している。
そして私は、この王子が苦手だ。
穏やかそうに見えて、その腹の中は真っ黒だから。頭の回転が早く、計算高く、不利益を被る者に容赦がない。何を考えているか全く読めない、だから気味が悪い――そんな直感が、今も胸の奥でざわつく。
ユウリも静かに視線を走らせている。
店内の空気が一瞬だけ、微妙に張り詰める。
私は心の中で、小さくため息をつく。美しい笑顔の裏に潜む計算を知りつつも、この場では普通に振る舞わなければならない――そんな緊張感が、自分を少しだけ硬直させていた。
「こんな場所で、珍しい書物でも探しているのかな」
殿下が軽く視線を巡らせ、静かに言う。その声は柔らかいが、どこか鋭さを含んでいる。
「ええ…少し調べたいことがあって」
冷静を装って答える。胸の奥で、小さな警戒心がぴくりと動く。
「なるほど…君がそういうことに興味を持つとは思わなかったな」
微笑む殿下の瞳が、薄く揺れる光を帯びる。思わず目を逸らしそうになるが、ここで動揺を見せれば、計算高い王子に付け入られる――そんな直感が働く。
「実は、少し変わった宝石に関する記録を探していて…」
私は言葉を選ぶ。
「宝石?」
殿下が興味深げに眉を上げる。フードの下の表情は読みづらいが、瞳には確かな好奇心が宿っている。
「ええ。人の心に影響を及ぼす…という話がありまして」
言い切ると、殿下の視線が少し強くなる。微笑は崩れず、しかし内に計算が潜む気配。
「なるほど、面白いね。君が調べているのは、ただの伝承ではなく、現実に影響を及ぼした例かもしれないと?」
私は軽く頷く。胸の奥で、不気味な感覚がぞくりと背筋を凍らせる。




