ブティック グロウ3
そばにいたユウリも警戒する。
私は腰に差した剣に、そっと手をかけた。
「……ルイ、少し音が出るかもしれない」
「え?」
返事を待たず、私は静かに短剣抜く。
短剣だった刃は私の魔力に反応し、長さを変えた。刃は鏡のように澄み切っていて、光を受けると淡く蒼白く輝いた。
「それ……武器?」
「魔宝剣ではあるけれど今しょうとしてるのは…浄化。
人を斬るためのものじゃない」
エマが一歩後ずさる。
宝石がそれに反応するように、不気味に脈動した。
「近づかないで……!」
声は震えているのに、拒絶の意思だけが異様に強い。
「エマ!宝石を渡して」
エマの瞳が揺れる。抵抗している?
「た、たすけて」
本当のエマは手放したいと望んでいる。
片方の手で宝石を手渡そうとする手と、それを拒もうとする手。矛盾した動きをしている。
「うん、助けるよ」
安心させるように笑う。
「蒼き風よ、導け ラピスラズリ」
詠唱し、剣を一振りする。風の魔力を使ってエマから宝石を引き離す。離れたの確認する。
「ルイ エマを抑えて」
「わかったわ」
ルイが慌ててエマを抑える。
私は剣先を床に向け、静かに言葉を紡ぐ。
「この身に宿る“聖なる力”よ―力を解け ラピスラズリ」
剣が、低く澄んだ音を立てた。
次の瞬間、刃から柔らかな光が広がり、エマと宝石を包み込む。
斬撃はない。ただ、切り離すための光。
「っ……!」
エマが胸元を押さえ、膝をつく。
宝石から、黒い靄のようなものが引き剥がされるように浮かび上がり、剣先に吸い寄せられていく。
「ギギギ…!」
それはもはや人の声ではなかった。
「終わりだよ」
私は一歩踏み込み、剣先を宝石に軽く触れさせた。
――カン、と澄んだ音。
宝石は真っ二つに割れたが、砕け散ることはなく、
中から溜まっていた禍々しさだけが霧のように消えていった。
光が収まる。
エマは力を失ったように倒れ、私はすぐに近寄る。
「……ティアナ様…?」
か細い声で私を呼ぶ。
「大丈夫。もう、何も憑いてない」
そう言うと安心したように目を閉じる。
その胸元に残っているのは、ただの割れた石。
力も、意思も、完全に失われていた。
遅れて駆け寄ってきたルイが、息を呑む。
「剣で……浄化したの?」
「うん。
上手くいったようで良かった」
私は剣を納めながら、静かに続ける。
「エマは?」
「大丈夫、眠っているだけみたい」
「良かった、本当にありがとう」
ルイもホッとした顔をする。
「こんな危険な宝石をばらまいてる人間がいる。許されるはずがない。」
床に落ちた割れた宝石を見つめ、私は確信した。
――これは偶然じゃない。
誰かが、意図的にやっている。
エマを安全な場所に寝かせ、私はゆっくりと立ち上がった。
胸の奥に残る、使ってしまった感覚を押し殺す。
――ラピスラズリの浄化。
それは伯爵家に代々伝わる、血に刻まれた力。
誰もが使えるものではなく、
歴代でも発現した者は、指で数えるほどしかいない。
だからこそ、この家は三大伯爵として存続してきた。
そして同時に――
決して表に出してはならない力でもあった。
ルイはまだ割れた宝石を見つめていたが、やがて視線を上げ、私を見る。
「……今の、誰にも見せちゃいけない類の力だよね」
否定しなかった。
代わりに、短剣の柄を軽く握り直す。
この刃に埋め込まれたラピスラズリが、
私の魔力に応え、形を変えたことも――
本来なら、知られてはならない。
「ルイ」
名前を呼ぶと、彼は背筋を伸ばした。
「さっきのこと。エマを助けた方法も、剣のことも……
他の誰にも言わないでほしい」
一瞬の沈黙。
命令ではない。
でも、拒めば関係が変わる――そんな境界線の空気。
ルイは小さく息を吐いて、肩をすくめた。
「なるほど。
“見なかったことにしろ”ってやつか」
「……お願い」
その言葉に、ルイは少しだけ目を見開いた。
そして、苦笑する。
「ティアナちゃんがそんな顔で頼むなら、答えは一つよ」
彼は胸に手を当て、軽く頭を下げた。
「ここにいる間、今日見たことは全部、私の中で終わり。
エマにも、他の誰にも話さない」
胸の奥に、ようやく息が通った。
「ありがとう」
「その代わり」
ルイは真剣な目で言った。
「一人で全部背負う気なら、いつか破綻する。
――何かあったら私にも頼って」
私は少しだけ笑った。
「その時が来たら、考える」
床に残る割れた宝石を見下ろし、再び表情を引き締める。
浄化の力は、祝福であり――同時に呪いだ。
持つ者の人生を、否応なく縛る。
力は隠す。
正体も伏せる。
でも――
この宝石をばらまいた“誰か”だけは、絶対に見逃さない。




