二十六話:夜の蟲
セラフィナは今夜、早くに目を覚ました。
夜の蟲よりも先に。
体の熱が心臓から湧き上がり、まるで口を開けば、その熱が外へあふれ出そうな感覚だった。
――セラフィナは、この感覚を知っていた。飢えたときの感覚と同じだった。
だけど、少し違った。
風が薔薇の香りを纏っていた。以前は好きだった香りなのに、今夜はなぜか甘すぎる気がした。
セラフィナは蟲の音が耳に刺さった。
夜の蟲が、いつの間にかアスイェの薔薇を噛んでいた。
セラフィナは冷静だった。
体の中の熱には、形があった。
――炎だった。
少女はただその場に立ち、夜の蟲が燃え尽き、折れた薔薇とともに燃え殻になるのを見ていた。
部屋に戻ったときも、セラフィナの手はまだ熱かった。
彼女は迷ったあと、アスイェの前に立った。
アスイェは彼女の様子を見ても、驚きもせず、責めることもなかっ
***
最近、セラフィナの成長は凄まじかった。
セラフィナの力も、以前よりずっと上達していた。
今夜、庭の蟲が静かになったあと、アスイェは確信した。
アスイェは、もともと夜に蠢く蟲など気にしていなかった。
でも今夜は違った。
薔薇の甘い香りを帯びた風が突然吹き、そしてふっと止まった。
蟲の鳴き声も、風とともに止まった。
少女は蟲に気づき、素早く、優雅にそれを消していた。
アスイェは、セラフィナが子供だったころを思い出した。
――アスイェ以外は何もかも怖がる、弱々しい寂しがり屋だった。
アスイェが探すと、いつも軽く跳ねるように走ってきた。
しかし、今は違った。
今、アスイェに向かって歩いてくる彼女は、足音のない猫のようだった。
アスイェの視線はずっとセラフィナに向けられていた。
セラフィナはアスイェの前で足を止めた。
彼女の状態は一目瞭然だった。
息は荒く、目つきはまだ鋭く、手はかすかに震えていた。
それでもアスイェは聞いた。
「どうした?」
「セラ、庭にいた夜の蟲を燃やした。」
「なぜ?」
「蟲がアスイェの薔薇を噛んでいたから……うるさかったし」
アスイェは軽く頷いた。
アスイェは庭の薔薇より、少女がなぜそうしたのか知りたかった。
「ここにいたいのか?」
「うん。一人にしたくない」
「なら、ここにいればいい」
今夜は眠れとは言われなかった。
セラフィナは、睡眠をほとんど必要としなくなっていた。
セラフィナの状態は徐々に安定していくが覚醒が終わるまでまだ時間がかかるとアスイェが知っていた。
「……アスイェの側にいると安心する……」
「いつも言ってるな」
「本当だもん……」
この夜、セラフィナは久しぶりに気持ちが軽くなった。
アスイェの手はセラフィナの額に置かれていた。体温が少し高いが、発熱ではない。
「……そろそろか……」
「何を?」セラフィナは彼を見つめ、答えを探した。
「木だ。力は、成長する木のように、少しずつ高くなる……少し敏感になるだけだ」
「敏感?」
「……眠いのに眠れない。噛みたいのに、飢えてはいない……」
彼女はしばらく黙り込み、まるで言葉の意味を考えているようだった。
「今回みたいに俺のところにくればいい」
少女は頭をアスイェの肩に置いた。
これは少女が一番好きな姿勢だった。
「甘えん坊だな……」
アスイェは視線を落として彼女を見た。
少女の顔にはかすかな熱が残り、目を閉じていた。
セラフィナの表情は穏やかだったが、アスイェは知っていた。彼女の中にある熱が鎮まるには、まだ時間がかかる。
アスイェは今夜、猫のような少女を腕の中に抱き寄せた。




