8.ミカエル国王の独白
「……そうか、私が留守の間にミス研……なるものを作っていたか」
深夜。
アリーは腹一杯レモンパイを食べてすっかり寝入っており、ミカエルはその寝台に座りながらアリーの侍従であるルイとカイから留守中の話を聞いていた。
「そのために、王妃主催のお茶会を開くことになりまして」
ルイは慎重な口調で言う。
「今までいくら開催を勧めても、そんな面倒くさいものを開くなんてまっぴらごめんじゃ。茶など、勝手にどこででも飲めばよいじゃろう、と言い張っていたので、マルタ夫人はお喜びでした」
「そうだな、そのような会を開くのは王妃としての務めであるからな」
ミカエルは安らかな寝息を立てているアリーを見つめる。
やはりアリーには王妃という座は重すぎたのであろうか。そんなものにかかわらず、元の侯爵家で両親を呆れさせながらも、堅苦しい王宮暮らしではなくなににも縛られない場所で自由に生活できたほうがよかったのだろう。
しかし、ミカエルにはどうしてもアリーを手許に置いておきたい理由があった。
「それから、視察にアリー様ではなくカルラ様をお連れになったことをご不満に思っているご様子でした」
「そうか……。連れて行けるものならば連れて行きたいのだが、な」
(健康な身体になったとはいえ……やはり心配だ。いつまた急に体調を崩してしまうか)
今のところそんな気配はまるでないが、それでもミカエルは心配なのだ。
「アリーの世話を見てくれて感謝している。大変だと思うが、引き続き任せる」
「「もったいないお言葉で」」
ルイとカイは双子らしく声をそろえてそう言うと、仕事は終えたとばかりにアリーの寝室から出て行った。
ミカエルはアリーの頬にかかった髪を、そっと耳にかけた。
まさか、この異世界に転生してきて、かつて自分が医師だったときに看取った女性、城谷綾と出会えるとは思っていなかった。
生まれ持った病気でほとんどの人生を病院のベッドの上で過ごし、自分のやりたいことなどほとんどなにもできずに短い生涯を終えた女性。
アリーこと、綾は気づいていないようだったが、こちらはすぐに分かった。
元気そうな姿に安堵し、新しい人生を謳歌している彼女の姿を見て、こちらの心が癒やされていることが分かった。
前世では……自分が病気だというのに、こちらのことを気遣ってわざと元気なふりをしている姿は今でも思い出せる。本当は苦しくて辛くて仕方がないはずなのに、決して弱音は吐かず治療に耐えていた。先生ががんばって私を治してくれているのだから、私もがんばるねと言って笑っていた。
両親に対してもそうだった。辛いはずなにいつも笑顔を見せていた。自分が病気のせいでお金がかかって、お母さんは本当は働かなくてもいいのに働いている。私なんて生まれなければよかったのかもしれない、とうつむいたのが、唯一といっていいほどの彼女が漏らした弱音だった。
そして儚い人生を終えた彼女のことを、ずっと忘れられずにいた。
それが今世では……自分のしたいように振る舞い、両親を困らせていた。前世の彼女を知っている身としては、それは微笑ましくもあった。
幸せそうな彼女のことをずっと見守っていたい、そんな気持ちからアリーを三番目の王妃として迎え入れたのだ。
城に迎え入れて、暇を持て余していることは知っていたが、ここから離れた場所への視察となると心配になってしまう。今は健康そうだが、急に体調を崩したらどうだろうとどうしても考えてしまうのだ。
こちらで暮らすようになってからまだ半年、ゆっくり環境に慣れて欲しいと願っている。
(しかし、これは愛なのか……)
そう言われると上手く答えられない。
ただ、彼女をそばに置くことで、厳しい政務の疲れも吹き飛んでしまうことは確かだ。
「むにゃむちゃ……もうレモンクリームパイはいいのじゃ。今度は……コーラが飲みたいのじゃ。シュワシュワしたコーラじゃ。ミカエルよ、秘密のレシピを手に入れてくるがいい。むにゃむにゃ……」
「はいはい」
ミカエルはアリーの頭をぽんぽんと叩いた。
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読んでくださってありがとうございます。
自分で書いて気に入ったお話でして、もしかしたら同じ登場人物で小説を書くかもしれません。
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