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5.

続きです

 誓約に関わらない事案は本来私の管轄ではありません。 ですが、このままだと二つの国の友好が危うくなりそうです。


 何故なら、嫁入りしたくない大公令嬢と、逆ハーが惜しくてやはりA国に嫁ぎたくない聖女が悪巧みしているのです。


 ほら早速聖女が……


「私は聖女ですから国の民を見捨てて自分だけ幸せになるのが心苦しいのです。

 両国の友好の証なら、大公家の御令嬢が嫁して下さるだけで十分ではありませんか? 私は命尽きるまで、この国の民を守りたく思います。


 それに……それに私、本当は良くしてくださる皆さんと離れたくないのです。こんな甘えたことを言うなんて、聖女として許されないのは解っています。でも私…… 」


 涙を浮かべて切々と訴えていた少女は、唇をかんで俯く。胸の前に固く組んだ手はわずかに震えている。


「お前の気持ちはよく分かった。そんなに泣くな。国同士の事だから確約はできないが、私から父上に申し上げてみよう」


「本当ですか殿下、ありがとうございます」


「良かったですね聖女様。きっと大丈夫ですよ」

「ええ、王弟殿下が婚姻すれば同盟は継続されますからね」


「叔父上も妃が決まらなかったからな、相手が決まっただけでも父上もお婆様も大喜びだしな」


 聖女はB国の王子に行きたくないから何とかしろと強請ったようです。

 ですが、


「何を言っている。こちらから嫁いで、あちらからも令嬢を迎えることが重要なんだろう。

 王女がいれば良かったが、わが国にもあちらにも年頃の姫はいないから、代わりに聖女が嫁いで大公家の姫が来るのだ」


「ならば、聖女でなくても公爵か侯爵家の令嬢でも良いでしょう? 候補になりそうな令嬢はいるはずです。相手が王太子と聞けば望む者もいるでしょう」


「うーむ、それはそうだが」


 優柔不断そうな王様に宰相らしき人が顔を顰めています。

 隣に座っていた気の強そうな美人の王妃様が、眉をひそめて扇をぱちんと閉じました。


「陛下、国同士の約束をこちらの都合で変更しては問題になります。あちらは聖女様をお望みなのでしょう? つまり祝福の恩恵を欲しているのでしょうから他の者に代わりはできませんよ」


「でも母上、国を出れば聖女の資格は無くなるのではないですか。だったら誰でもいいのではありませんか 」

 食い下がる王子に別の声が掛りました。


「畏れながら発言をお許しください。それにつきましては私がご説明申し上げます」


「神殿長か、うむ、許す」


 神殿長と呼ばれた長身の男性が恭しく礼をとると、銀の長い髪が揺れ、神官衣の袖が翻ります。

 歳は三十前後の、神官より役者が似合うような端正な容貌の殿方です。


「殿下のおっしゃる通り、他国へ嫁ぐとなると聖女はその資格を失います。ですが、その身の祝福は無くならないのです。 聖女のように一国に及ぶものではありませんが、ある程度の恩恵をもたらすようです。


 神殿に伝わる記録に、遠い国に攫われた聖女が助けてくれた男に嫁ぎ、荒れ地に豊かな実りをもたらしたと記されています。

 あの方がお輿入れになれば、隣国の民も女神様の御慈愛を受け取ることになるでしょう」


「まぁ、何て素晴らしいこと。そうなれば両国の友好はますます深まりますわね、陛下」


 王妃が扇で手を打ち、目が笑っていない笑顔を王に向けています。何かあの聖女に思う所がおありなのでしょうか。


「そ、そうだな。誠に喜ばしい事だな」


「ならば、予定通りに事を進めます」

 気おされ気味の王の返事に宰相が答え、縁組の変更は却下されました。


 もちろん聖女は納得できません。殿方には大袈裟に嘆いて見せ、側付きの神官には当たり散らし部屋を荒らしています。

 それでも一度決定したものは何か理由が無ければ覆りません。


 そうこうしているうちに、大公令嬢がお見合いの為にやって来ることになりました。令嬢も抵抗はしたのですが、そちらも却下されました。

 ですので、せめて相手は自分の好みの殿方に変えてもらおうと、殿方を物色、いえ、探すつもりで来たのです。


 そして、顔合わせの晩餐会の時に、お互いに通じるものがあったのでしょう。少女二人はこっそり話し合う事にしたようです。


「それじゃ、あなたもこの結婚話はイヤなのですね」


「ええ、王弟殿下には申し訳ないのですが、わたくし婚姻してもお慕いする自信がありませんの」


「王弟殿下はお人柄はよろしいし、お身体も逞しく頼もしい方ですのに。

 でも人には好みもありますしね」

 大公令嬢が濁した言葉を読み取って聖女は心得顔で頷きます。


「そういう事なら私に一つ提案がありますのよ。聞いて下さる? 」


 聖女らしからぬ笑顔を浮かべる少女に、頷き返す少女もまた、悪巧みする表情をしています。まさしく同類なのでしょう。



 そして、何処で思いついたのか、聖女が自分の祝福を大公令嬢に分け与えると言い出しました。そんな事が可能なのか誰も解りません。


「祝福の恩恵が減ることになるかも知れませんが、それでも私はこの国の民に尽くしたいのです。 女神様からは了承を頂きましたから大丈夫です。

 ですので婚姻については選び直して頂きたく思います」


 そんな訳で二国間で再検討されることになりました。


 この辺で何とかしないと、同盟の危機ですわ。

 自称聖女が祝福を分け与えるなんて、できるわけありませんもの。嘘が露見したらだれが責任をとるのでしょうか。


 わたくしはもちろん、ソレイユ様もカレン様も誓約による制限がありますからこの件には介入できません。


 困っているところに、顔見知りの天使が通りかかりました。

 審判の天使キース様です。


「ざまぁちゃん仕事かい? 」

 軽い口調の先輩に思わず眉を顰めます。わたくしはそんな名前じゃないといつも言ってますのに。


 でも今は丁度良かったと事情を説明したら、キース様がこの件を請け負って下さいました。

 キース様の誓約は「偽りを正す」というもので、この方こそ本物の()()()天使なのです。

 愛の天使と違って、審判の天使が行使するのは断罪による処罰か救済のどちらかですもの。


 キース様が引き受けてくださったので、わたくしは安心してその後の様子を眺めることにしますわ。




 さて、どうなるのかと見ていると、話し合いのためにA国の王太子がやって来ました。 謁見の間に当事者が集められ、聖女の祝福についての話がされました。


「なるほど、聖女殿が我が国の為に、その身の祝福を分け与えてくださるわけですね。我が従姉妹に」


 黒髪の王太子に恥じらうように頬を染めて聖女は頷きます。

「はい、少しでもお役に立てたらと」


「なるほど、ありがたいですね。それならば婚姻は必要ないでしょうか」


「ええ、それは、その、私が決める事ではないので…… 」


 聖女は何だか残念そうなお顔です。気が変わったのでしょうか。素敵な殿方ですものね。


 結局、祝福の分配の儀式(おしばい)は翌日行われることになりました。

 どうなるのでしょうね。わたくし、ドキドキしてきましたわ。



 次の日神殿で

 真っ白な衣装をまとった二人の少女が女神様の像に祈りをささげています。

 そして聖女が跪いた大公令嬢の額に口づけると、その手を取って立たせます。


「これで女神様の祝福は分けることが出来ましたわ」

 見守っていた人たちに微笑んで告げます。


「素晴らしい」「奇跡だ」

「聖女様に感謝を」


「いいえ、私ではなく、すべては女神様の慈愛によるものです。あなたも女神様の祝福をその身に感じるでしょう? 」


「ええ、温かなものが身体の中をめぐっているのが解ります。これが女神様の祝福…… 」


 うっとりと目を閉じる大公令嬢を聖女は優しい目で見つめて…… 。

 お二人とも役に成りきっていますわねぇ。


 称賛と歓喜の言葉が響く中、A国から来た青年が二人の前に進み出ました。


「儀式の成功おめでとうございます。感謝をささげるために、今一度、私にその手を取ることをお許しください」


 跪く青年に聖女は鷹揚に手を差し出し、青年は押し頂いて額につける。一礼してから今度は大公令嬢に向き直る。


「新たに女神様の祝福を得られたことお喜びを申し上げます」


 差し出された手に令嬢も微笑んで手を乗せました。同じように手を額に触れさせて小さく頷くと、その場に立ち上がった。


「どうですか、女神の祝福は?」

黒髪の王太子が丁寧な口調で問いかけます。


「ええ、間違いありません」

青年は少女たちを見つめて、もう一度頷いてから高らかに宣言しました。


「この少女は聖女ではありません。よってこちらの令嬢にも女神様の祝福など一欠片も与えられてはいません」


「な、なんだと」「そんな馬鹿な」

「聖女様に不敬な、いったい何者だ」


「ぶ、無礼ですわ。私を疑うなんて、女神様がお許しになりませんわ」


 周りの者が騒ぎ立て、聖女は顔色を失くして震えながらも抗議します。大公令嬢も真っ青になっていますね。


「皆さんお静かに」

混乱する場に声が響きました。


「私の供の者だと勘違いされていたようですが、こちらにいるのは、依り代の巫女や審神者を多く輩出することで有名なパイヤー家の御子息です。

 この度、夢枕で啓示を受けたと我が王宮に訪ねて来られたのです。それでこちらへもご同行願ったのですよ」


 A国の王太子がそう説明すると、今まで大して目立たなかった青年が急に存在感を増し毅然とした態度で皆に会釈しました。


「私はジュリアン=パイヤーといいます。女神様の御威光を騙る輩がいるとの啓示を受けて真偽を確かめに来ました。我が家に流れる血により、私は人の持つ祝福や称号を知ることが出来るのです。ですから…… 」


 青年が冷めた目を少女たちに向ける。

「この者たちが聖女でも祝福持ちでも無いことがわかるのですよ」


 部屋の中は静まり返り、二人は震えて床に座り込んでしまいました。


「この二人には裁きを受けてもらいます」


 そう言うと懐からペン位の長さのロッドを取り出しました。胸もとに掲げて何やら呟くと光と共に錫杖に変化しましたわ。不思議な道具みたいですわね。


「お、お許しを、わたくしは騙されたのです」


「ごめんなさい。悪かったわ。

 でも今更違うなんて言われても、私の所為じゃないわ。だって聖女だって迎えに来たんだもの。

 私だって知らなかったのよ。騙してたんじゃないわ。ホントよ、信じて」


 喚き始めた少女たちに構わずに、青年は二人に向かい錫杖を掲げました。


「女神様の御威光を騙る不埒な輩に、審判を許されし我ジュリアン=パイヤーがここに裁きを代行する。審議の光よ」


 錫杖が二回床に打ち付けられました。シャリンと鳴る音と光が二度続いた後、錫杖は元の短いロッドに戻り、また懐に収納されました


「断罪は下され処罰はなされました」

 厳かに宣言されます。


 いつの間にか少女たちは倒れ伏しています。近くにいた人が声を掛けていますが、起き上がろうとしているので無事のようです。

 少女たちは目を見開き手を喉に当て口をパクパクさせています。


「どうやら、偽りを口にした罰に声を封じられたようですね。罪の称号もついています」


 声なく泣き出した少女たちだけでなく、いる人すべてに言い聞かせるように青年は話を続けました。


「あなた方が犯した罪を思えば下された罰は随分と軽いものですよ。女神様の名を騙ったのですからね。

 今回は錫杖による処罰でしたが、時には剣に変化して、命で償うよう求められることもあるのですよ」


 そんな風に言うから、ますます大泣きし始めましたよ。いけない娘たちですが、あんまり苛めてはいけませんわ。

 でもまあ、両国痛み分けで、関係悪化は免れそうですね。




 その後どうなったかといえば

 外聞もあるからと元聖女と大公令嬢は、国を交換したうえで地方の神殿に送られました。

「聖女を騙る者」「祝福を偽る者」となってしまった彼女たちですが、真面目にお勤めすれば、やがて失った声も戻りますし、いつかは不名誉な称号も消える日が来るそうです。


 心配していた同盟も別の縁組がなされ無事に継続されました。良かったですわ。


 それにしてもキース様というか審判の天使のお仕事は厳しいのですね。ビックリしました。

 わたくしたちなんて精々、悪夢にうなされるとか、ふくよかな体型にするとか、キメ顔を魔物風にしたてるなんて可愛いものでした。一応祝福ですからね仕方ありませんけれど。




 そうそう、実はわたくし関係者の中に、救うべき「罪なき乙女」がいたのに気づきました。もっと早く見つけていたら…… 今更ですわね。



「やったー。やりましたわ、やっと自由になるのよ、私! 」


 神殿の一室から音量を押さえた歓声が聞こえてきました。

 部屋の主は両手を上げてクルクル回り喜びの舞?を踊っています。そのうちに目が回ったのか長椅子に倒れ込みました。


「はぁ~、やっと、()()から解放された。十年、十年よ。あの娘の我儘に振り回されたのは。神殿にいるのに衣装だ宝石だなどと無駄な贅沢はしたがるし、お付きの神官はいびる。そのくせ見目の良い男には媚びてべたべた纏わりつく。気色悪くて鳥肌が出ちゃうわよ。

 ほんの小娘の時からそうだったんだから、女神様は目を患っていらっしゃるんじゃないかと心配したくらいよ。

 それなのに、偽物ですって? キーっ、誰よ、あんな娘連れてきたのは!」


 聞きほれてしまう低音の美声で、流れる様に恨み言を言い、何処からか取り出したハンカチを噛んでいるのは神官たちを束ねる神殿長です。


 ああ、何てこと。ここに「罪なき乙女」がいたではないですか。

 貴方は()()心を持つ方でしたのね。殿方にしては線が細いですが、間違いなく男性ですのに。


 いえ、わたくしは性別などは気にしませんことよ。その心根が乙女かそれ以外かの方が重要ですもの。


 整った容姿の貴方は、さぞや自称聖女に悩ませられたことでしょう。助けてあげられなくて、ごめんなさいね。聞こえてはいないでしょうが、わたくしお詫びしますわ。


 言いたい言葉を口に出して少し気が晴れたのか、彼は息を吐いてから表情を緩ませました。


「ふぅ、だけど、これで神殿も静かになるでしょう。次の聖女が決まって、交代する神殿長に引き継ぎしたら、ここでの私の役目は終わりね。

 何処か静かな場所の神殿で、女神様に祈りを捧げたり、好きなだけ書物を読んだり、お花なんかも育てたりしてみたい。

 楽しみだわ」


 夢見るようにつぶやいていますけれど、困りましたわ。


 こんなに待ち望んでいるのに。今代の聖女は貴方より若く健康で、先に貴方の寿命が来るかもしれないなんて…… 言えませんわ。

 どうしましょうか。


 本物の聖女に国外旅行運を上げる祝福や遠くに縁づくような祝福でも、あげたらいいのかしら?

 

 と、取りあえずストレスが溜まって()()心が溢れ出しても、周りにばれないように偽装と隠ぺいの祝福を送りますね。


 後は女神様のお心のままに……





五回投稿継続の目標達成できました。連載なのに間が空くせいで文章表現が変わって、最初から通しだと読みにくいかもしれません。未熟者でごめんなさい。


最後まで主人公の名前が決まりませんでしたが、今回で完結です。


ブックマークや評価して下さった方ありがとうございました。



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