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御機嫌よう皆さま、わたくしは愛の天使、罪なき乙女を救う者です。
えっ、わたくしの名前ですか? 昔の名前は何故か忘れてしまって思い出せませんの。
けれど、もう人ではなく天使に生まれ変わったのですから新しい名前にするのもよろしいですわね。
次に女神様にお目通りしたら、名付けてもらいましょう。何だか楽しみになってきました。
今日も張り切ってまいりましょう。
何時ものように下界を見下ろします。
我が身が天使になってみると人の生は短くて、そんな中で懸命に生きている様子が愛おしく感じられます。
ですから、なるべく多くの人に幸福であってほしいのです。
わたくしは愛の天使ですから、人の縁に関わるのがお仕事です。 そして気持ちがすれ違っている人々の多い事に、驚きを通り越して呆れていますの。
ですけれど、たった一言が言えなくて枕を濡らした夜を、胸の痛みを耐えハンカチを握りしめた時のことを、わたくしも覚えています。
伝えられないのが恋心、自分の素直な気持ちに従う事を無意識に怖れてしまうのが人というものなのかもしれません。
それに自分の心の赴くままに行動する人は、周りの迷惑を気にしない傾向があるようですわ。あの方々のように。
「ああ、こんな所にいたのか」 俺様王子が現れた。
「殿下が昼食を一緒にとおっしゃって、君を探していたんだよ」 王子の側近その一の攻撃。
「まぁ、光栄ですが、私のような者がご同席しては…… 分不相応ですわ」 子爵令嬢は身を守っている。
「私がそうしたいと言っているのだから、構わないよ」 俺様王子の攻撃。
「ですが、もう約束している友人もおりますので…… 」 子爵令嬢は身をかわした。
「そんなの別の日にしてもらいなよ。何だったら、オレが言ってやるよ」 王子の側近その二の攻撃。
「いえ、それは私が言いますから…… 」 子爵令嬢は逃げ出そうとしたが回り込まれてしまった…… 。
「じゃあ問題ないな。行こうか」 ゲームオーバー。
戦闘パートのあるゲームなら、このような状況でしょうか。
女神様が懐かしいって遊んでましたわ。あの青いプルプルしたス●イムとか可愛いですわよね。
可哀そうに、王子たちは困惑顔の少女を引き連れて行ってしまいました。
貴方たちは人さらいですか? 身分のある殿方がか弱い少女に強要するなんて嘆かわしい。
見たところ、絡まれていた子爵令嬢が、おそらくヒロインです。
栗色の巻き毛に大きな青い瞳の可愛らしい容姿の令嬢で、真っ当な感性の持ち主のようです。
悪役令嬢はやはり王子の婚約者ですね。
ブロンドの縦ロール!にやや釣り目がちな気の強そうな美女です。選民志向の強い公爵令嬢、いかにも悪役令嬢らしい女性ですわね。
王子の周りをうろつく、実際はうろついてるのは王子ですけど、ヒロインが気に入らず、あれこれ手出ししています。
ヒロインは王子なんかに少しの好意もありませんのに、ご苦労な事です。
彼女の意中のお相手は幼なじみで、同じ子爵家の令息です。両想いで微笑ましいお付き合いをしてます。
後継と一人娘なので、まだ婚約は結んでいなかったようですが、そろそろ両家で話合いの結果も出るころですね。
この二人は上手くいくよう応援したいです。
そのためには、王子と公爵令嬢を何とかしないといけません。
ここも、まとめてしまうのが一番楽なのですけれど個人的に俺様王子は見ていると不愉快になりますから、この方と結婚するのはあの悪役令嬢でも気の毒になります。
浮気してるのはあちらですもの、彼女が怒って当然です。でもその怒りがヒロインに向かうところが問題なのですよね。
ヒロインが言い寄っているなら兎も角、まとわりつかれているのは彼女のほうですもの。
「色恋のトラブルは、女性の場合は相手の女性にヘイトが向くものなのよね」 と女神様が仰っていましたが、なるほどと思いました。
昔のわたくしもそうでしたもの。お恥ずかしい記憶ですわ。
なので王子と公爵令嬢の縁組は阻止しましょうか。王子は他にもいますしね。
俺様に権力を持たせたままだと、ヒロインカップルに横やりを入れかねませんし、ここは堅実な弟王子に王位も譲って頂きましょうか。
歳下になりますが賢い弟君なら、女王様気質の彼女の手綱もうまく握ってくれるでしょう。
さて、それではオレ様王子をどうしましょうか。
この人と側近も、悪役令嬢も迷惑なだけで、まだ犯罪にあたる事はしていませんよね。
だから穏便に解決したいのですけれど…… 。
ウーン、何かこの人にできる事? あら、この方は意外と読書好きのようですね。読むジャンルはほぼ冒険ものや英雄譚ですけど。
流石は男の子ですわね。それでは、楽しい夢を送りましょうか。
そう思いついてから、毎晩、冒険や荒野を開拓するような夢を見てもらいました。もれなく側近たちも一緒ですわよ。
それぞれ別の内容にしたので、皆で自分の見た夢を語り合っているようです。
ヒロインを追い掛け回すより、そっちの方が楽しくなってしまったみたいで彼女にも平穏が戻りました。
頃合いを見てもう一押し、王位を捨てて辺境に移り住み開拓する夢を、何日か連続して見せたら……
「私の鉱山からミスリルが出たんですよ、殿下」
眼鏡をかけたゲーム風に言うなら腹黒イケメンの宰相の子息が、嬉々として俺様王子に報告しています。
「ほう、それは良かったな。そのまま売るもよし、武器を製造して防衛力を上げるか? いっそのこと魔物の大規模討伐でも計画するか」
「まだ、兵士の練度が足りませんよ。もう少し鍛えなきゃ、無駄に命を捨てさせるようなものだ。防壁と開墾の方を優先しましょう」
脳筋の伯爵家子息が、顔を顰めてから提案します。あなたにそんな事を考える知能もおありだったのですね。チョット見直しましたわ。
「食料の増産と安定供給が先でしょう? これ以上、民が増やせませんよ。開墾した畑に植えるのは、何が効率的なのか…… 」
植物図鑑やら物流に関する資料を積み上げているのは、財政部門の長である侯爵の嫡男だ。
随分、熱心に調べているけれど、あなた方は夢の話だってわかってます?
なんだか、本人たちがその気になってしまいました。
それで多少はごたつきましたが、俺様王子は継承権を辞退して、卒業したら臣下に降りて公爵になることに決まりました。
そして、わざわざ辺境の地へ行くんですって驚きましたわ。
おまけに、側近たちもついていくようです。みんな後継だからと諦めていた事を、やりたいと希望したらしいです。
あらまあ、思わぬ事になりましたけれど、ぜひ頑張っていただきたいものですね。
次代は弟王子とあの公爵令嬢が担うようですし、ヒロインは彼が婿入りしてくれることに決りました。
これで、めでたしめでたしですね。
なのですけれど、わたくし、余りにも上手く行き過ぎて逆に不安になってきました。前回は、考えもしませんでしたがもしかしてこれは…… 。
まさか、夢見の祝福は洗脳なんかじゃありませんよね。 ち、違いますよね、女神様?
後日、夢見の祝福の多用はよろしくないと、女神様よりご指導を受けました。 関係者各位には、深く陳謝します。
やりすぎですって、御免あそばせ。
お詫びに土地の開拓がうまくいくように、豊穣の祝福を送っておきますわね。
ノーマルな乙女ゲーム設定の皆さんだったら、こんな感じでしょうか。
読んで下さって感謝します。