傾城と魔女と久々にキン
通りの最奥にあったのは山小屋をひとまわり大きくしたような建物でした。
すずらん横丁の主――毒王の事務所兼住宅です。
ご丁寧に看板にそう書いてある。
ドアノブに掛かったボードには、
「営業は平日の九時から五時まで。ただし、昼食前とブルームーン時は気がたっていることがあるので覚悟して訪れること」
とある。かわいい文字が狂気をより際だたせていた。
幸い、午前十時頃だからお昼前ではないし、今日は妖しいものたちの活動がもっともおとなしくなる溯の日だから希望を胸に抱いてもよさそうね。
「お邪魔します」
十握さんは勝手しったる他人の家とばかりにあがる。
ここも自然の摂理を無視した構造でした。
わたしは目を見張る。
外観からは想像のつかない広大な空間が広がっている。
得体のしれないガラクタが占拠しているから狭苦しく感じるけど、それを除けば百人集めてのパーティーだって余裕でしょう。
奥のほうなんか窓からさしこむ陽光が届かなくて暗くてわからない。
わたしの背丈の倍くらいの高さにある梁から鳥籠が吊るされている。なかは空っぽ。巣だったのかな? 厚さ五ミリはある鉄の柵が内側から力まかせに押されて歪んでいる。どんな生物を押しこめばそんなことになるの?
「勝手に鍵を開けてはいってきた不調法者は誰かとおもったら、えらく面のいい色男ときたもんだね」
杖をつきながら暗闇から老婆があらわれた。
「おや、デートとはいいご身分だこと」
「羨ましいですか?」
「わたしはまだ現役だよ」
「お盛んなことで」
うっかり想起したらしい。十握さんは顔をしかめる。それから振り向いて、
「彼女がすずらん横丁の主の毒王です」
でしょうね。
ただの腰の曲がった老婆が終の棲家に選ぶにはすずらん横丁はちょっと物騒だし、そもそも、十握さんとこんなやりとりはしない。
わたしは緊張の面持ちで挨拶する。
「はじめまして。アリアといいます」
「気が向いたら覚えとくよ」
老婆ーー毒王はそっけない。
「悪いが、メイドのジュリエットがメンテナンスの最中でね。おもてなしは勘弁しておくれ。そういうことで用件にはいろうじゃないか」
「年をとると気が短くなるというのは本当ですね」
「あんたを蝋人形にしてやろうかい」
十握さんは肩を竦めた。
「こちらにいる細工職人のイワンさんはご存じですね?」
「親方にどつかれていた見習いの頃からしってるよ」
「引き渡していただきたい」
「藪から棒だね」
金色が放物線を描いた。
「わたしも安く見られたもんだ」
テーブルの上で回転する金貨を一瞥して毒王は口の端を歪める。
「偽金だね」
「彼の自信作です」
「これは異なことを」
しゃがれた笑い声が室内を席巻した。
老人班の浮きでた指で涙を拭うと、
「ここは悪事で生計をたてるすずらん横丁だよ。なんで、外の連中が嘴を突っこんできたからって、あたりまえのことをしてる者を引き渡さにゃならんのさ」
「その嘴を濡らしたのがわたしでも?」
「ひと晩、わたしを濡らしてくれるなら考えてもいいけどね」
キンと空気が凍った。
ミシミシと家鳴りがいやに大きく聞こえる。
杖を掴む毒王の指が白く染まる。
十握さんは猫足だちに構える。
不意に部屋が暗くなった。陽光も恐れをなして退散したのかな。
そして、わたしは──不調法な音をたてた。
経験したことのない恐怖に腰を抜かした。
「おやおや、遊びがすぎたかねえ」
毒王が頭を掻いた。
「大丈夫ですか?」
玲瓏たる美貌が眼前に迫る。
全身が瞬時に熱くなる。
恐怖の後のこの飴は反則よ。
胸の鼓動が早い。いつだったか、エイリアさんのパン屋でご婦人が心肺停止で倒れたことがあって、弱った体に傾城の美は負担が強かったのかしら、と噂したものだけど、今ならわかる。あんな、昨日、今日、ラウドにきたような山出しの大道芸人風情に失神する頭の弱い小娘がいるのよ。十握さんに優しくされたら、十キロのマラソンが日課の健康優良児だって卒倒しもおかしくない。感動のあまり臓器がわれを忘れたってそれは仕方のないことだもの。
「ええ、なんとか」
たおやかな手にすがっておきあがる。
がさつなボスと同僚と、取材先で知りあった九九が六の段でつかえる人たちのおかげでいくらかストレスには免疫ができている。
ちょっと下着が濡れただけですんだ。
心の臓は正常にもどりつつある。
「やりすぎですよ」
「凄惨な現場を見すぎて心が汚っれっちまった悲しみに──じゃなくて、心の臓に毛の生えたトップ屋ならこれくらい平気だとおもったんだがねえ」
「彼女はグルメとファッションが専門です」
「そういえばそうだったね」
十握さんは息を吐いた。
「あなたのいたずら心には困ったものです」
「遊び心が若さの秘訣さね」
「ろくに年なんかとらないくせに」
「おっと、レディーの秘密を洩らすのはよくないね」
悪かったね、お嬢ちゃん、と毒王いう。
「あたしらにもなるべくならやらないほうがいい悪事と手をだしてはならない悪事というものがあるのさ。偽金作りは後者だ。ラウドは商都だ。貨幣経済でなりたっている。そこに偽金を混ぜるのは水源に毒をいれるのと同じで受忍限度をこえている。金に信頼がおけなくなったらわたしらのような上澄み稼業はイカがスルメになるより早く干からびてしまう」
さて、時は金なりだ。イワンを呼ぼうかね、と毒王が呼び鈴に手を伸ばすと、それにはおよびません、と十握さんは制した。
「処分はそちらにおまかせします」
「横着する気かい」
毒王は鼻を鳴らす。
「これ以上、彼女の夢見が悪くなるのもどうかとおもいますし、大事になって困るのはそちらですからそのていどの手間は甘受すべきかと」
「イワンも気の毒に。指ですまなくなった」
「覚悟のうえでしたことでしょう」
では、トラブルシューターの次は冒険者稼業といきましょう、そういうと十握さんは踵を返した。
わたしも軽く頭をさげると続く。
「またおいでよ、お嬢ちゃん」
好意でいってるのだとわかるけど、全然、うれしくない。
トップ屋とはまた古い(笑)。
一人称の参考にと読んだ平井和正さんの影響ですね。
今の流行作家やなろうの上位のかたはあえて避けています。現在進行形のかたを参考にすると、意識するかたが多いだけに埋没しがちですし、慣れ親しんでいる読者が多いだけに寄せすぎると二番煎じ三番煎じと謗られてしまいます。
その点、昔の作品は現代風にアレンジするだけで、アレンジの仕方でその人の味がでてきますし、通信手段がお粗末な異世界がモチーフの場合、携帯電話が普及する前の作品はプロット作りの勉強になりますから一挙両得です。
ま、こんなひねくれた書きかたをする人はそう多くはないでしょうから、少しくらい似通った箇所があっても独自色は保てるとおもいますが。
それでは、また、次回にお会いしましょう。 「ハワイFIVE0」を観ながら。




