秩序ある混沌
ここがどこかはわからない。
急に方向音痴になったみたい。しかも、道順をおもいだそうとすると軽い頭痛に襲われる。
認識阻害の魔法?
ちょっと気どった表現をすると、人ひとり通るのがやっとの狭い門扉を抜けるとそこは狂人が描いた世界でした。
透き通るような青い空だったのに、こちらに足を踏みいれた途端に重苦しい雲が垂れこめる鈍色のそれに代わっている。まるで天に忌避されてるかのような錯覚を……あながち、穿った意見じゃないかも。
原色が毒々しい建物の連なりは微妙に歪んでいて見る者の平衡感覚を損なわせる働きがあった。
貴族街など一部地域でしか見られない石畳が敷き詰められているのは凄いことだけど、なぜか河原に落ちているあぶな絵のように波うっているのには閉口する。
割れた石畳の破片――おそらく、地面に接した面だとおもうところに複雑な紋様が刻まれている。精神衛生上、深く考えないほうがよさそうね。
「下手に刺激しないほうがいいですよ」
ラウドに到着したばかりの浅葱裏みたいにせわしなく周囲を見回すわたしに十握さんはやさしく注意する。
「ここは?」
「すずらん横丁です」
「――?」
「おや、ご存じない?」
「名前だけは……」
ヨタ話の類いだとおもっていた。
ラウドのどこかにある毒針を仕こんだステッキからうさんくさい惚れ薬まで扱う闇の問屋街、それがすずらん横丁。子どもの頃に、悪さするとすずらん横丁のおっかない人にさらわれるぞ、と脅されるのは誰しもが通る道ね。
それにしてもすずらん横丁って……。誰が名付けたかしらないけどセンス悪すぎ。
そこらのこじんまりとした商店街みたいじゃない。
もうちょっと頭を捻ろうよ。
「死神も怖れをなして近寄らないところ」
ふたつ名はこんなにおどろおどろしいのに。
やっぱり、あれかな。
「正式な呼び名がないと不便だわな。そこでわしは考えたんだが、すずらん横丁なんかどうだね? わしらとて客商売には変わりがない。みなさんに親しみをもってもらえる名がいいとおもうんだ」
そう、お偉いさんが得意げにいうもんだから反対しづらい。誰だってわが身はかわいい。歓心を買う側に回りたい。当座はすずらん横丁で我慢して、本人が飽きて翻意するか、代替わりしたどさくさに変更しようと目論んでいたら、飽きもしないし、アルコールで育てたお腹が邪魔で靴ひもを結ぶのも難渋する不健康の塊なのにどういうわけか息災で、既成事実が積み重なってしまった、そんなところかな。
どこの世界でもそうだけど上のおもいつきって厄介よね。
ま、すずらんは毒があるからまるっきり頓珍漢というわけでもないんだけど。
「危険ですのでわたしから離れないでください」
一瞬、ラッキーとおもったけど、言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。
今、わたしは生まれたての小動物みたいに足が震えている。
むやみに目をあわせると危険というから十握さんの靴を見ている。くたびれたおじさんみたいにうつむき加減で歩いている。
歯の根があわない。
十握さんのジャケットの端を摘まんでいる。祭りの時の幼ない子どもみたいな仕草。だけど、外聞もへったくれもない。精神安定剤がないと朝食のサンドイッチをもどしそう。
客と談笑しながら得体のしれない肉を切り刻んでいたお肉屋(?)さんが、泥棒というかけ声に反応して手にした包丁を通りがかった相手に投げると、首筋に深く刺さったそれを引き抜いてさっと水洗いしてなにごともなかったかのように客と談笑をしながら肉を切りだすってなんなのよ、もう。
十握さんは薬屋らしい店にはいった。
乾物特有の臭いが充満している。
わたしはハンカチで鼻を押さえるのをかすかに残った理性で我慢した。
店主の機嫌を損ねて得物を手にされたら怖いじゃない。
もちろん、十握さんの背後から顔だけ覗かせている。
「用意できてますよ」
と店主がいう。
抑揚のない声だった。一人称で「――であった」は仰々しいからこうする。
全体的に生気にとぼしい容姿。顔色は悪いし、眼窩は落ち窪んでいる。これで、よく、薬屋が勤まるな――縁起でもないと客が逃げるんじゃ……と、考えたところですずらん横丁だったことをおもいだした。よその常識はここの非常識。店主の顔色がいくらか悪いほうが、
「うっかり、商品に触れて体調を崩したのかな?」
と信憑性が増すっていうものね。
「いうまでもないでしょうが、扱いは細心の注意をお願いします」
ま、旦那のことだからひと瓶まるごと口にしたところで下痢して終わりかもしれませんがね、そういうって歯を見せたところから察するにリップサービスのつもりらしい。
「十握さん、こちらは?」
「毒物専門の薬屋です。ま、ちょっとした痺れ薬や自白剤などが主な売れ筋で本当の意味での危なっかしいものはあまり捌けないようですが」
全然、フォローになってないことをいうと、
「わたしの冒険者としての主な活動はしってますね?」
「ええ」
わたしはうなずいた。
「生来の凝り性が疼きだしましてね。ただ野草を採ってギルドに渡すだけではものたりなくて、じぶんでも薬を作ってみようかなと」
「それとここが?」
毒物専門の薬屋となんの接点が?
しらないと違和感をおぼえるかもしれませんね、と十握さんはいう。
「毒も微量なら調合次第で薬になるのですよ」
「そういうものですか」
「そういうものとおもってください」
「とはいっても、そんな奇特な客は旦那だけですぜ」
店主が茶化す。
「趣味ですからね。本業が医者でしたらこんなリスクのあることはせずに、無難な薬を投与して無難な結果に満足してますよ」
十握さんは代金を払うと品物を受けとった。
「少し歩きますよ」
十握さんは奥へ進む。
その言葉に嘘はなかった。
一見したところ三百メートルあるかないかの商店街ってところなのにかれこれ十分以上は歩いてる。絶対におかしい。空間を歪曲してるのかな? くわしいことはしらないけど古代の魔法にはそういうのがあるって聞いたことがある。
「あと、どれくらいかかりますか?」
「首が疲れましたか?」
「それもありますが、時間があるのなら質問しようかなと」
「取材ですから、どうぞ遠慮なく」
「あの、十握さんはすずらん横丁とはどういった縁で?」
噂だと、それなりに名をあげた悪党のみが訪れることができるという。
十握さんはなにをしてその資格を?
街のダニを掃除したところでそれは善行だし。
すずらん横丁のお偉いさんに女性がいて十握さんに岡惚れしている? まさかね。
「お恥ずかしい話ですが」
十握さんは苦笑する。
「迷ったのですよ。土地勘を養おうと散歩していたら――当時のわたしは今より魔法に疎かったもので結界に気づかずに侵入して。――それで、胡乱な奴めと襲いかかられて。百人くらいを投げ飛ばしたところでようやく聞く耳をもっていただけてなんとか誤解を解くと、『好き勝手に出入りできる者がいるというのは聞こえがよくない』ということで特別に許可をいただきました」
十握さんらしいといえばらしいエピソードである。
「正直にいうと奪う命に敬意を払えない人たちとは距離をおきたいところなのですが――凄惨な場面を見ると元よりかんばしくない寝つきがより悪くなりますし――公私にわたってそれなりに使い勝手がいいのと訪れるたびにちょっとずつ変化するだまし絵みたいな奇矯な雰囲気が癖になって足が向いてしまいます」
上にたつ人に潔癖症のきらいがあるのかもしれませんね。この手の悪所にしては存外に清潔というのも評価できるポイントです、と十握さんはいう。
「もしかして、十握さんは怖い話とか好きだったり」
よくわかりますね、さすが記者さんだ、と十握さんが感心する。
「誰かれかまわず無差別に襲う話が好きですね」
よっしゃ、とわたしは胸のうちで快哉を叫んだ。
このネタだけで号外になる。
苦労した甲斐があったというものよ。
さっそく、物書きと絵師を手配してホラー本を売りだそう。十握さん好みと宣伝すれば女性はこぞって買うはず。恋は盲目。苦手な人でも話題のきっかけになればとおもえば夢見が悪くなるくらい瑣末なことよ。
これで賞与は確実。
わたしだってボスの薫陶を受けてるんだからただで転んでなるものですか。
心内はともかく、表向きは冷静沈着そのものの十握だとリアクションが薄いので、いい機会とアリアにたっぷり驚いてもらうことにしました。
こういう奇妙な世界をちょっと冒険する話は好きです。
西部劇風のSFアクションや伝奇ロマン(超伝奇バイオレンスハードエロスでも可)が好きなかたなら共感できるのではないでしょうか。
あまり催促すると反感を買うのではと控えてましたが、そろそろいいかなということでよろしければブックマークと高評価と感想をお願いします。やっぱり、書く以上は多くの人に読んでもらいたい。pvが毎日千越えるくらいにはなりたい。その気概がなければ執筆は続きませんよ。
それでは、また、次回にお会いしましょう。 柄にもなく「ハリー・ポッター」を観ながら。




