第30話 秘技
「エイスさん、商売人の神の守護紋で戦神や剣神の守護紋持ちに勝てるってのかい!?」
「ええまあ修練次第では。無論高い技術が必要になりますが――剣の腕ではなく気孔節の使い方次第では、戦士の神の気装身や剣神の神閃に匹敵する効果を発揮する事は出来ます」
ロマークさんのグラスを持つ手が、少々震えていた。
興奮しているように見える。
「簡単に言えば力の一点集中と、その個所を自由自在に動かす事の出来る制御力です。これは俺にも中々難しい事ですが――実際その境地に至った者を俺は知っています。だから不可能ではない」
「へぇ――それは……?」
「俺のいた白竜牙騎士団の副団長です」
副団長の一人バッシュ・ボールドルがそうだ。
彼は商売人の神の守護紋しか持ち合わせていないが、白竜牙騎士団の副団長にまでなった男だ。
頭を剃り上げた熊のような巨漢だから見た目に騙されるが、力任せの男ではない。
誰よりも繊細に気を操る超絶的な技巧の持ち主なのである。
気を思い通りに操作する制御力に関しては、俺も彼には及ばない。
騎士や戦士にとって気孔節の質に圧倒的な差が無ければ、戦闘に適した守護紋を持っているか否かが戦力の決定的な差になる――
一般的には、そう考えられがちだ。
だが必ずしもそうではないという事を、バッシュは証明している。
「彼は商売人の神の守護紋のみで、白竜牙騎士団の副団長にのし上がりました。平民出身ですから、家柄や縁故ではない」
「す、すげえな――マジかよ……! エイスさんはそのやり方が分かってるのかい!?」
「ええ。完全に彼のようにはできませんが、多少の指導は可能です」
俺が頷くと、ロマークさんはテーブルに頭を擦りつけるほど深く頭を下げた。
「た、頼むエイスさん! そいつをピートの奴に教えてやっちゃあくれねえかい!? 俺は何でもするから! 頼む!」
俺はその肩にぽんと手を置く。
「わざわざそんなに改まる事もありません。剣術教室の後にそれも教えましょう。ただし身につくかは本人次第です。ピートだけでなく、あなたも試してみればいい」
「お、俺もかい……? こんなおっさんだぜ――?」
「気の操作に年齢は関係ありません。まだまだ遅くはありません」
「そ、そうかい……? だがそれよりも、俺はピートの奴にやりたい事を諦めさせなくていいんだな――親父としては、それが何よりも嬉しいや。ありがとよぉ、エイスさん」
「いえ。同じく子を持つ親同士です。力になれそうで良かった」
俺達は再びグラスをコツンと合わせ、乾杯をした。
「いやー。礼を言いに来たのに、更にでっかい礼をしなきゃならなくなっちまったなぁ。今夜の酒はうめえや」
ロマークさんはかなり上機嫌だった。
「なあエイスさん。俺なんかであんたの役に立てることは少ねえだろうが――俺に出来る事があるなら何でもするから、言ってくれよ? この恩は忘れねえ」
「そうですか。では何か考えておきます」
「ああそうしてくれよ。何だったらお礼に女でも紹介するか? まあエイスさんなら、そんな事しなくても選り取り見取りだろうがな?」
「いや、そんな事はありませんが――」
「またまた! あんた独身だろ? 世界最強の名を欲しいままいして、地位も名誉も金もあって、しかもツラだって悪かねえ。騎士団長やってる時はさ、さぞかしモテたんじゃねえのか?」
「いや。生まれてこの方恋人などいませんが?」
「ええっ!? マジかよもったいねえ! もし俺がエイスさんの力と顔だったら、もう寄ってくる女を片っ端からちぎっては投げ、ちぎっては投げだろうけどなあ」
「あまり興味が無いもので。俺は亡くなった姉に代わって、子供達の親を努めたいとしか考えていませんでした」
「そりゃあ、あのお嬢ちゃん達にとって幸せな事だな。本当の親を亡くしてもまだ、そこまで思ってくれる誰かがいるって事はよ」
「だといいですが」
「それはそうとさ。教えてくれよ。どんな女に言い寄られたりしたんだい? 無いはずがねえだろう?」
「そうですね……一番最近では、アクスベルの姫君から求婚を受けましたが」
「えええええっ!? それって王家に婿入りして王を継ぐって事か!?」
「姫様は一人娘です。そうなったのかも知れません」
「なったのかも?」
「ええ。断りましたから」
「何いいぃぃぃぃっ!? それを断ったのかよ、エイスさん!?」
「それよりも子供達といる時間が欲しかったもので」
「ははは――やっぱエイスさんは一味違うなあ……思考が常人のそれじゃねえぜ」
「王家に連れ子で婿入りなど、前代未聞です。もし婿に入るなら、あの娘達は里子に出すのが自然です。だが俺にはそんな事は出来ない。もし連れ子が認められていたとしても、あの娘達を疎んだ誰かが何かをしでかすかもしれません。王室はあの娘達にとって決して安心できる場所ではないと思いましたので――」
「なるほど――子供達を第一に考えれば、そうなるのも分かる、か……」
「ええ。子供達の事が第一です」
俺はそう言って、きっぱりと頷いたのだった。
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