第123話 フェアリードロップ
「何だって……?」
「おいおいそいつぁ――!」
俺達は子供達とアイリンの元に集まる。
子供達の治癒魔術は柔らかな光を発し、アイリンの腹部の傷を包み込んでいる。
この子達が二人がかりで行う治癒魔術はかなり強力で、大人の治癒術師よりも回復力は上だ。本当なら傷がみるみる治っていくはずが――
確かにこの子達の言う通り、何故か傷の治癒が一向に進んでいない。
この子達の魔術に問題があるとは思えないが――?
「恐らく、この子は普通の人間とは魔孔節や魔素の質が違いますのじゃ――それが治癒魔術の効果を狂わせておるのかも知れません」
と、アルディラさんが俯きながら言う。
「……確かに、あり得ない話ではないですね」
アイリンは普段から、錬金術の効果が人の教えや書物等と一致しない事に悩んでいたようだった。同じことをしているはずなのに、毎回効果が違ったりするのだそうだ。
それはアイリンの側が普通の人間とは違うため、普通の人間が扱うために研究された錬金術を扱っても、普通の人間と同じ成果が出なかったと解釈する事が出来る。
「ど、どうすればいいのエイスくんっ!?」
「このままじゃアイリンさんが……!」
「――そうだな。治癒魔術が効かないのならば、普通に手当てをして後はアイリンの生命力に掛けるしか……か」
「だがこいつは相当な深手だぜ。それで間に合うとは――」
「しかし他に方法が無いのならば、そうするしかないだろう」
「まあそりゃそうだが……」
「う、ううっ……ごめんなさい、わたし達の力がもっと強ければよかったのに……!」
と、リーリエが涙ぐんでいた。
「リーリエのせいじゃない。そんな風に思わなくてもいいんだ」
俺がマポレフスキンを説得して納得させようとせず、最初から倒していればこんな事にはなっていないはずだ。
そういう意味では、これは俺のせいだと言える。リーリエにこんな思いをさせるなら、問答無用でマポレフスキンを撃破しておくべきだった。
「そうだよ。元はと言えば私がアイリンをここから連れ出した事が始まりだからね――みんな私が悪いんだよ……」
「そんな事ないよ! お姉ちゃん、楽しそうだったもん! だからここから出られてよかったって思ってるよ! だから、もっとお婆ちゃんと一緒にいられるようにしてあげたいのに……っ!」
「そうかい。そうかい――ありがとうねえ、優しい子だね……」
と、アルディラさんも少し涙ぐんでいた。
そんな中、ユーリエが俺の袖をぐいと引っ張る。
「エイス君! あれ……! あれって『水晶の花園』よね?」
ユーリエは俺が開けた穴から見える外の風景を、食い入るように見つめていたのだ。
「ああ。そうだろうな、あの輝きは話に聞いていた通りだ」
「じゃあお願い! あそこの花を少しだけ貰って、すぐに街に戻らせて! あたし達、もっと強い力が使えるかも知れない! ほらリーリエ、泣いてないで急ぐわよ!」
「え、ええっ!? ど、どうするの……!?」
「ほらあれよ! あたし自由研究の……! あれを作って飲めば……! 材料があそこにあるから!」
「ああほんとだ! じゃあ成功したら、力が強くなるかもしれないね!」
「うんそうよ!」
「うんじゃあ急ごうっ! エイスくんお願いっ! あのお花を取って街に帰るの!」
「二人とも、何を作ろうと言うんだ?」
「「大人になる薬っ!」」
と俺の質問に子供達は声を揃えたのだった。
「……大人に?」
「うん! そうすれば自然に力が強くなってるかもだよね!?」
「本当ならナイショにしておきたかったんだけど……!」
「そうそう、ナイショにしてエイスくんをビックリさせて、それからデートしてみたかったんだって!」
「んきゃー!? 余計な事言わないでっ! と、とにかく……! あたしたちが成長すれば治癒魔術が強くなって、アイリンさんを治せるかもしれないでしょ!? やってみる価値はあると思うの!」
「なるほどな。試してみる価値は十分ありそうだな。では、行こう」
事は急を要する。時穿孔《クロックダイバー》を使わざるを得ない。
俺は『水晶の花園』の花を二、三輪手に入れ、全員を運んでアルディラさんの屋敷に戻った。俺としては中々の作業量だが、皆にとっては瞬きする間に全てが済んでいる。
「えっ!? あ、あれ!? もう戻ってるよぉ!? ねえユーリエ、わたし寝てたりした?」
「そんな事無いと思うけど、あたしも何だか分からないうちに、ここに……」
「うん、私も寝てないけどいつの間にかここにいたよ!」
子供達が口々に首を捻る。
「こ、これは――ウチに帰って来たんですのお……!」
「エイス、お前がやったのか?」
「ああ、少し急いだ。さぁ早く取り掛かろう。アイリンは寝室のベッドに寝かせてあるから。『水晶の花園』の花もここにある」
「う、うん……! 早くしよ! ユーリエ!」
「分かったわ! ありがとうエイス君!」
「じゃあ俺達はアイリンに付いてるから、早くしてくれよ!」
「ありがとうねえ。どうかお願いねえ――」
「二人とも頑張れっ! おーえんしてるからっ!」
「「うんっ」」
ユーリエは俺からキラキラと輝く花を受け取ると、研究部屋に走って行く。
これで材料は全て揃うそうだ。
ユーリエは研究室の道具と、この街で教えて貰った融合成という知啓と金の神アーリオストの魔術を組み合わせ――
ぽんっ!
軽い音と色鮮やかな煙と共に、ユーリエの持つ透明の瓶の中にキラキラした色の小さな飴玉のようなものが二つ、生成されていた。
「よし出来た! これが『フェアリードロップ』よ! さぁリーリエ食べて食べて! あたしも食べるから」
ユーリエは出来上がった『フェアリードロップ』を口に含みつつ、リーリエの口にももう一つを押し込んだ。
「んむっ!? うぇぇぇ――! これ見た目可愛いのに苦いよおぉぉ~……」
「文句言わないの! アイリンさんのためなんだから!」
「わかってるよぉ! んぐ……! んぐ……っ! はい食べ終わったよ!」
「あたしもっ! さぁ大人になるわよ……っ!」
「い、いつ!? まだ何ともだよ……?」
「わ、わかんないけ……っ!? きゃああぁぁっ!?」
二人の体が輝き出して俺にはその影しか見えなくなる。
その光の中で手足の影がすうっと伸びて、体が大人の女性らしく成長して行った。
そして光が収まった時、俺の目の前には目の覚めるような美しい少女がふたりいた。
年齢で言うと十六、七歳くらいだろうか。
すらりと長く手足が伸びて、幼い頃の可愛らしさを残しつつも、大人の顔つきになっている。
これが、成長したリーリエとユーリエの姿か――
今の小さな子供達を見ていても、将来はきっと美人になると思っていたが、それが思い違いでない事がはっきりと証明された事になる。
子供を育てていて、この子が大きくなったらどうなっているだろうとは、親なら誰しもが考える事だろう。
それがこうして垣間見えて、そしてそれが俺が思っていた以上の美しい成長ぶりで、俺としては非常に満足だ。こうして一目見れただけでも価値がある。




