64 ドラゴンさん、合流する
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「うーん」
僕の前に倒れている人間っぽい子豚がトントロとピートロなのはまちがいない。
生命力とか魔力の感じが同じだから。
さっきまでしていた嫌な感じがなくなって、ちょっと量が増えているけど、ちゃんと覚えている。
僕ははだかのままの二匹をじっくり見てみた。
ふわふわとした毛。
短いしっぽのあるぷりんとしたおしり。
つぶらな目。
どれもトントロとピートロのそれだ。
けど、なんだろう。
どことなく人間っぽいんだ。
顔の形が人間に近くなった?
手とか足とかの形? が豚とちがってる。
よくわからないんだけど、豚が動きやすい体じゃなくなって、人間らしく動きやすい体になっている?
「……まあ、いいか」
トントロとピートロを元に戻すのは失敗しちゃったけど、助けるのはできたんだ。
今は寝ているけど、もうモンスターじゃない。
よかった、よかった。
人間っぽくなったのはシアンとノクトに聞けばきっとわかるだろう。
頭がいいからきっと知ってる。
そう考えたところで、シアンたちの事が心配になった。
トントロとピートロの事ばかり考えていたから、どうなったかわからない。
「シアンとノクトは……」
塔のてっぺん近く――魔導具の光の下にいるのは黒い猫の女の子。
髪も、目も、猫耳もしっぽも、オーラも黒い姿は知っている。
ドラゴンの音のブレスを止めた時のあれだ。
今も塔の階段を上っていた人たちは動かなくなっているし、投げられた石とか矢も空中でぴったりと止まっている。
きっとシアンたちがやったんだな。
ヘビっぽい女の人を見つけるって言っていたけど、どうなったんだろう?
座り込んで動かないけど……どこかケガしちゃったの!?
「シアン、ノクト!」
僕はトントロとピートロを両手で持って、そっと跳んだ。
まっすぐにいってしまうと、向こうでシアンたちにぶつかってしまいそうだからふわりと空を上がって落ちる感じ。
ひざとかをうまく使って、危なくない感じで到着。
「だいじょうぶ? どこかケガしたの!?」
呼びかけると、黒い猫の女の子が僕を見上げてくる。
その顔は……よくわからない。
えっと、悲しいの? あきれてるの? おどろいてるの? 怒ってるの?
「『いえ、怪我はありませんし、調子も悪くないです。周りも止めているので、もうしばらくここは安全でもあります』」
シアンとノクトの声が重なって聞こえる。
けど、へいきなのにシアンはどうして座り込んでいるんだろうか?
本当は疲れているんじゃないかと顔をのぞくと、じとーっとした目で見られた。
「『……もう、どこから突っ込めばいいのか、わたしにはわからないですけど、とにかくこれだけは言わせてください』」
シアンが見ているのは、僕の顔じゃなくて、頭でもなくて、耳? じゃない。耳のすぐ隣の辺り?
「『そんなにかっこいい角を自分で折っちゃうとか何を考えているんですか!? 自分で自分を傷つけるとか、絶対にダメですからね!?』」
「え、でも、ちょっと痛いだけだし、すぐ生えてくるし」
「『だとしても、です!』」
怒られた。
確かに角を使わなくても、その辺りの石とかでもよかったのかもしれない。
でも、別に角ぐらいいいと思うんだけどなあ。
「『その顔、納得していませんね? もう、周りの見ている人の事まで考えてほしいのに……いいです。わたしにも考えがありますからね。この後、レオンにはわたしと同じ気持ちを味わってもらいますからね?』」
『「本気でやるつもりなの、シアン?」』
なんだかシアンが一人でしゃべっているみたいだけど、今のはノクトが聞いたんだ。
「『さっきのレオンのあれのおかげで、エントランスに漂っていた汚染マナがなくなっていますからね。今がチャンスなんですよ』」
『「それはそうだけど、危険すぎるわ」』
「『でも、相手はノクトでも見つけられない相手ですよ? リスクなしで発見できるとは思えませんし、ここで取り逃がしてしまえば次はもっと戦力を用意してくる可能性が高いです。まして、ダンジョンの外に出られたりでもしたら大惨事じゃないですか』」
シアンが何かをやろうとしているみたいだけど、ノクトはそれに反対らしい。
「『それに、いざとなったらレオンが助けてくれそうですからね!』」
「うん。もちろん」
よくわからないけど、シアンが危ないなら絶対に助ける。
『「その子たちみたいになるかもしれないのよ? もう完全に子豚でもモンスターでもなくなっているじゃない。というか、本当に何が起きたの? マリアの真似をしようとしていたのはわかるけど、あれはあくまで体に害のあるモノを取り除く技であって、変質してしまった体をさらに作り変える技じゃないのよ?」』
……マリアのマネ、できてなかったんだ。
しかも、できていてもトントロとピートロは元に戻れなかったみたい。
「『これ、やっぱり体が別物になっていますよね? 人間の骨格に近いような?』」
『「そうね。原理としてはモンスター化と同じじゃないかしら。あれは汚染されたマナによって魂魄と肉体が変質するけど、この二匹はレオンの生命力と魔力と、後はなんだかわけのわからないナニカで上書きされた感じね。精霊と妖精の関係に近いわ。ええ、眷属化とでも呼ぶべきかしら」』
うん。難しい。
僕がよくわからないという顔をしていると、シアンとノクトがそろってため息をついた。
声は重なっているけど、片っぽだけじゃないってなんとなくわかる。
『「とりあえず、命に別状はないわ。まあ、もう普通の人生――いえ、豚生には戻れないでしょうけど」』
「『食肉としての豚生の幸いをわたしは決められませんが、とにかく』」
シアンがビシッと僕の鼻に指先を当ててくる。
くすぐったい。
「『救った責任、ちゃんと取ってくださいね?』」
責任。
なんだか、大変そうな言葉だ。
わけもわからないのに、背筋がピンと伸びてしまう。
でも、トントロとピートロはもう他人と思えない。
人間っぽく――眷属化、だっけ?――してから、もっともっとそう感じられる。
「わかった。責任、取るよ」
「『うん。よろしい。ちゃんと具体的に考えてはいないでしょうけど、覚悟だけは感じられました。しかし、それにしてもその姿は』」
『「ええ、そうね」』
シアンが僕たちを見ているけど、どこかおかしいだろうか?
いつもより腕がドラゴンだけど、今はちゃんと服を着ているし……あ、コート以外はちょっとボロボロになってしまった。
普通の服だと僕の動きに耐えられないみたいだ。
でも、それだってはだかになったわけじゃない。
今はトントロとピートロを抱えているだけだけどなあ。
『「まるで、真っ裸の子供を誘拐しているみたいな絵面ね」』
「『しっ、言ってはいけませんよ』」
なんだか、今の僕の様子はとてもいけない事をしているみたいに見えるようだ。
『「ほら、これでもかぶせてあげなさいな」』
シアンたちの影から毛布が二枚出てきた。
眠ったままの二匹を床に寝かせて、そのまま毛布でくるんでみる。
『「荷物みたいに梱包されてますます誘拐……」』
「『しぃーっ!』」
人間ってむずかしい……。
なにがいけないのかわからなくて悩んでいると、シアンがポンと背中を叩いてくる。
見下ろすとキリッと真剣な顔をしたシアンが僕を見上げていた。
「『さて、おふざけはこれぐらいにして、そろそろ蛇女退治といきましょう。あちらも頃合いのようですし、わたしたちも残り時間が少ないですからね』」
『「まったく、言っても聞かないんだから。この子はもう……」』
シアンは床に杖を立てて、それに寄りかかった。
そのまま大きく息を吸って、吸って、吸って、吸って、吸って……取り込んだマナを生命力にも魔力にもしないで飲み込む。
「『さあ、蛇釣りの始まりですよ!』」
そして、がくりと膝から崩れ落ちていった。




