65 ドラゴンさん、手口を知る
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「シアン!?」
体がよわよわなシアンだから、いつ倒れてもおかしくないけど、いきなりだった。
ふらりと倒れそうになった背中をあわてて支える。
「『ふふ、心配、いりませんよ? 計算通りです』」
『「強がらないの、このおバカ」』
にやりと笑うシアン。
いつもの自信満々な笑顔だけど、顔色はとても悪い。
肌が白いシアンが真っ青になっている。
「『いえ、しゃべらせてください。その方が、飲み込まれないで、済みそうですから。ノクトは……』」
『「わかっているわ。あたしのシアンに手を出したことを後悔させてやる。必ず見つけてみせるから、待ってなさいな」』
ノクトの声はすごい不機嫌だ。
猫の姿だったらしっぽがすごいたしんたしんしていると思う。
「『さて、レオン。あの蛇女はどうやら人の魂魄に接触して、操る能力を持っているみたいです』」
「魂魄を?」
どんな生き物も持っている魂魄。
マナを生命力や魔力にして、生きていくための力を生み出す場所。
でも、その魂魄は他の人が簡単に触れられるものじゃない。
生命力や魔力を分けてあげるのとはぜんぜん違う。
ドラゴンの時の僕だって、『あの人』だってできやしなかった。
それぐらい魂魄は特別なんだ。
「『ええ、ですから、まずはこの汚染されたマナなんですよ』」
辺りを見回すシアン。
さっきまでエントランスにいっぱいだったやな感じのするマナはなくなっている。
その気はなかったけど、トントロとピートロを助ける時に思いっきり生命力と魔力を使った時に全部飲み込んでしまった。
けど、それも少しずつ戻ってきている。
元からダンジョンのマナはやな感じだけど、それ以上に悪くなるのが早い気がするけど。
「『それも蛇女の特性なのでしょうね。近くのマナを汚染するみたいですね」
やな感じのマナ。
その中に長くいると生き物はモンスターになってしまう。
それは、魂魄が悪いマナをうまく使えないからで、魂魄がダメになってしまうからで……あ、それの事?
「悪いマナで魂魄が弱くなってる?」
「『少なくとも魂魄に負担をかけているのは間違いありません。マナの処理能力の高い人間がモンスター化する程ではないかもしれませんが、それでも通常よりは疲労してしまうのでしょうね。蛇女はその隙をついているんです』」
悪いマナで疲れさせて操る。
「『モンスター化はついででしょうね。結果として操る相手が強くなるから放置しているのかもしれません』」
ついで。
そんな理由でトントロとピートロがモンスターにされたなんてゆるせない。
「『問題は操る方法だったのですが、それもレオンのおかげでなんとかなりますよ』」
ぐっとつらそうに顔を上げるシアン。
その体からはびっくりするほど生命力も魔力も感じない。
生きるのに必要な分だけ、それぐらいしかなかった。
「シアン。本当にだいじょうぶなの?」
「『ええ、心配いりませんよ? なにせ、天才ですからね』」
『「おバカ。大丈夫なわけないじゃない。わざと汚染されたマナを取り込んで、それを生命力にも魔力にも転換もしないで、魂魄を弱体化させるなんて無茶しているんだから」』
ノクトの言葉に首筋が冷たくなった。
わざと、悪いマナを飲み込んでいる?
そんなことをしたら、人間だってモンスターになってしまうんじゃないの?
「『蛇女は弱った魂魄に接触してきます。その方法がわからなくて手を出せませんでしたけど、わたしに手を出したらノクトが見逃しません。必ずそこから蛇女も見つけ出してくれますから』」
どういう力なのかは知らないけど、今のシアンとノクトはひとつだ。
魂魄の気配がわかるノクトなら、自分の魂魄にさわってくる何かに気づける。
「でも、そんなのシアンが耐えられないよ」
『「ええ。これは自己犠牲どころか、ただの自殺行為なのよ」』
難しい言葉はまだわからない。
でも、とても恐ろしい言葉だと思った。
「ダメだよ、シアン! そんなのダメだ!」
「『ふふふ。心配ですか? 当然ですね。レオンの大好きなわたしが大変なんですから、心配で心配で気が気じゃなくなってしまうのは』」
「当たり前だよ! シアンが危ないのなんて、絶対にダメだ!」
シアンの手を握りしめる。
すごい冷たくなっていた。
まるで冬の水みたいだ。
「『そうです。それを覚えていてください』」
握りしめた手を強く握り返された。
シアンは顔色が悪いままだけど、その目だけは強く僕を見上げている。
「『レオン。大切な人が危ない事をしたり、痛い事をしていたら、見ている方も苦しいんですよ?』」
さっき言われた事を思い出す。
角を自分で折った僕にシアンは怒っていた。
これぐらいでどうして怒るのかわかっていなかったけど、シアンもきっと今の僕みたいな気持ちになっていたんだ。
やっと、ちゃんとわかった。
「わかった。わかったから、もうやめてよ」
「『いいえ、やめませんよ。わたしは天才ですからね。他の人がダメでも、わたしは大丈夫です』」
ちっともだいじょうぶに見えない。
天才でも、魂魄は本当に大切なところだから。
傷ついたら取り返しがつかない。
「『まあ、レオンにお説教できる立場ではなくなってしまいましたが』」
真剣な目でシアンは杖と僕の手を握りしめる。
シアンの細い指のどこにそんな力があるのか、痛いぐらいに力が入っている。
「『心配させてしまって、ごめんなさい、レオン。でも、どうしてもわたしは譲れないんです。理不尽にだけは、絶対に負けてなんかあげないんです』」
小さくいつもみたいに『天才ですから』とつぶやくシアン。
どうしてだろう。
その『天才』という言葉が今はまるでおまじないの呪文みたいに聞こえる。
「ノクト……」
『「ごめんなさい。理不尽の打倒を宣言する以上、あたしにシアンを止める資格はないのよ」』
ノクトまでいじわるを言う。
どうしたらいいかわからない僕はシアンを抱きしめる事しかできない。
冷たい体を少しでも温めてあげたい。
「『ふふ。わたしが魅力的だからって、大胆ですねえ。いいですよ、これはご褒美の前貸しです。だから、もしもわたしがダメになってしまいそうなら、その子たちみたいに私を助けてくださいね? でも、できればその前に蛇女を倒してほしいですね。レオンならできると信じて――』」
ほんの少しだけ、やわらかく笑ったシアン。
その体がびくりと大きく震えて、それから糸が切れたみたいに崩れ落ちる。
「シアン!? シアン! ノクト、シアンは!?」
呼びかけるけど返事はない。
僕の叫び声だけが静かになったエントランスに響いて、何かに変える事もないまま消えていった。
頭の中に浮かんだのは『あの人』の姿。
それも最後のお別れの時の。
もう二度と起きなくなってしまった『あの人』と同じように、シアンは倒れたまま震えている。
ガチン、と。
何かが体の奥――いや、もっともっと深い場所で、音を立てた。




