48 ドラゴンさん、防具を買う
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ノクトを助けてから、バタバタしたけどようやく落ち着いた。
小さな女の子はテントの奥に入れられた後、アメという食べ物をもらっておとなしくなっている。
「へえ。そいつがお前らの新しいパーティメンバーか」
じろりと見られて笑顔を返す。
なぜだか両腕で力こぶをぐっと作って、胸の筋肉とかもピクピクさせてきた。
ごめんなさい。
この人が何をしているのか意味がわからない。
ただ、とてもいい笑顔だったから、僕ももう一回笑った。
「……俺相手にビビりもしねえ。ただ者じゃねえな」
『あんたのはただの見せ筋だから、本物には見抜かれるのよ』
僕の頭の上から低い声が聞こえてくる。
乱暴に揺れるしっぽが頭にぺしんぺしんと当たっていて、怒っているのがよくわかった。
それにしても見せ筋ってなんだろう?
「ふん。俺は冒険者じゃねえ。商人だ。相手になめられねえならそれでいい」
いいって言っているけど、もう一回両手をばんざいみたいにしながら、全身の筋肉をぐっとやってくる。
なんだか楽しそうだから真似をしてみたけど、僕の体にあんな筋肉はないからなあ。
「ふふん。精進するんだな。鶏肉、食えよ。ももとかな」
わからないけど、お肉を食べるのは賛成だからうなずいた。
やっと納得できたみたいで、大きな男の人――トールマンが話し始める。
「俺はトールマン。ボルケン商会所属の商人だ。主に冒険者相手の商売を任されている。シアンとノクトはうちの常連だな」
やっぱりここはお店らしい。
お店は『迷宮の狭間亭』みたいな建物だと思っていたけど、いろんな形があるみたいだ。
言われてみると、テントの中には箱とか布とかたくさん積まれていた。
「僕はレオン。レオン・ディー。シアンの友達だよ」
「友達? まあ、いい。で、今日は何の用だ?」
また見られた。
でも、今度は僕だけじゃなくてシアンもだ。
さっきより静かな目で、僕をじっくり見つめてくる姿は真剣だった。
「シアンの装備はまだ使えるな。物持ちがいい。商人にとっちゃよすぎるぐらいだが。細々とした道具類は前回にまとめて買ったな。食材も使い切るには早すぎる。じゃあ、やっぱりレオンの方か?」
「ええ。ご明察です。今日はレオンの装備をお願いしたいんですよ」
トールマンは見ただけで僕たちの目的がわかってしまうんだ。
「魔導使いのシアンと組むんだ。前衛だな。となると、防具は金属鎧系がいいか? 体格は並みだが、生命力が使えるならそれぐらい装備できるだろ。それとも動きやすさが重視のタイプか?」
聞かれてもよくわからない。
僕の戦い方なんてまっすぐ行って、そのまま倒すだけだった。
「とりあえず、慣れている物を選んだ方がいいぞ?」
「慣れている……鱗?」
「あ? 鱗? デミドラゴン系の革装備か? そんな超高級品あるわけねえだろ。こいつ、貴族のボンボン……じゃねえよなあ。あいつら一般常識はねえけど、俺らみたいな平民に直接話しかけもしねえし」
デミドラゴン……ああ、ドラゴンに似ているトカゲとかの事かな。
あれはドラゴンじゃないから、僕の言っている鱗とは別だ。
「まあ、いい。うちの流儀でやるぜ。シアンもノクトも、それでいいんだろ?」
『いいわ。こっちも興味があるから』
何のことだろうかと首を傾げていると、トールマンがテントから箱を三つ引きずってきた。
大きな箱でトールマンが入ってしまいそうなぐらい大きい。
トールマンが何か箱をいじるとこっちの部分が開いて、中が見えるようになった。
中にあるのは……服とか鎧がたくさんきれいに吊られている。
「この中から好きに選びな。レオンの体格ならすぐに調整できるサイズが入ってるからよ。右から金属鎧。革鎧。戦闘服だ。初めての客には一律銅貨50枚で売る事にしている」
えっと、ノクトは銀貨を1枚使うって言っていた。
だから、銅貨が50枚なら……えっと、ええっと、銀貨が銅貨100枚で、100枚から50枚を引くと……指が足りない。
うん、たくさん残る。
たぶん。
「買える、よね?」
「ええ、買えますよ。よく計算できましたね。えらいです」
シアンがほめてくれたけど、嬉しくない。
ちゃんと計算できていないのに、だましてしまったみたいだ。
「ごめん。わかってないけど、言っちゃった」
『そうでしょうね。もっと勉強を頑張りなさい。けど、正直なのはいい事よ』
「その箱からひとつ選べばちょうど半分。残りの半分で武器を選べばピッタリです。ノクトはそのつもりでお店と予算を選んだんですよ」
銅貨50枚は銅貨100枚の半分で、銀貨1枚の半分。
よし、覚えた。
「計算も覚えたて、か。わからねえ奴だな。まあ、選んでろよ。武器も見るんだろ。持ってくる」
トールマンがテントに入ってしまったけど、すぐには戻ってこないみたいだ。
奥の女の子――妹の天使と話しているみたい。
じゃあ、その間に装備を決めたいんだけど、シアンとノクトは黙ったままだ。
「シアン? ノクト?」
『あなたの装備よ。あなたが決めなさいな』
「本来、レオンには必要ないものかもしれませんから、失敗しても取り返しがつかないわけじゃありませんからね。これも社会勉強と思って目利きを鍛えてみましょう」
僕が決めるんだ。
今までシアンとノクトを頼ってばかりだったから緊張してしまう。
でも、いつまでも頼りっきりだとあきれられてしまうかもしれないから、頑張らないと。
気合を入れなおして箱の前に立つけど……どうしよう?
「この金属の鎧は……やだな。なんだか邪魔っぽい」
キラキラ光っているのもあるし、ごつごつしているのもある。
たぶん、金属だから硬いんだろうなって思う。
けど、それ以上に邪魔。
重いのもそうだけど、それ以上にごちゃごちゃしてるから動きづらそう。
隣の箱を見てみる。
革鎧ってトールマンが言っていたのは、モンスターとか動物の皮から作った鎧みたいだ。
「革鎧は金属鎧より軽そうだし、動きやすそう」
けど、これも変。
いろんなモンスターとかの皮から作られているんだけど、元の皮より弱そうな気がする。
「最後は戦闘服、だっけ?」
戦う時に着る服って事だよね?
でも、いま僕が着ている服と何が違うんだろう?
ちょっと布が厚かったり、たまに金属の板がつけられていたりしているけど、普通の服にしか見え――あ、違うのがある。
ほとんどがただの服だけど、三つだけ違う。
「魔力を持ってる? ううん。魔力に、反応してる? なんの魔力に?」
『……お節介焼き』
頭の上でノクトがつぶやいたけど、よくわからない。
なんとなくシアンを見るけど、全く違う方向を見ていた。
とにかく、気になった三つを持ってみる。
赤いコート。
白いベスト。
黒いジャケット。
マナを魔力に変換してから触ると、さっきと同じ感触がした。
「魔力をこめると変な感じになるんだ、これ」
「おう。それは魔導装備。当たりだ。本当なら銀貨10枚相当する代物だ」
いつの間にか戻っていたトールマンが言ってくる。
感心したみたいだけど、ちょっと悔しそうで、でもそれより楽しそうな、難しい顔をしていた。
「世間知らずに見えて目利きができるか。ヒントはもらったみたいだが」
じろりとシアンをにらむトールマン。
シアンはずっと遠くを見たままで目を合わさない。
「……まあ、それに気づけただけでも、見る目はあるのは確か、と。よし、約束通りだ。そいつの一着を銅貨50でくれてやるよ。どれにする?」
いいのかな。
銀貨10枚って、えっと銅貨50枚より……すっごいたくさんなのはわかる。
「遠慮すんな。これはな、ボルケン商会が将来有望な冒険者を見つけるための試しなんだ」
『そんな冒険者に恩を売るためでもあるけどね』
「先行投資なのは否定しないがな。まあ、今後もうちを利用してくれりゃあそれでいい」
いいらしい。
なら、僕が選ぶのはこれだ。
実は見た時から決めていた。
「じゃあ、この赤いコートをちょうだい」
「それか。火妖精の外套だな。火妖精が多く生息する領域で採取された綿花が素材だ。織り込みながら魔導式が刻み込まれた上物だ。魔力を込めれば刃物も通さないぞ。袖を通してみろ。調整がいるならサービスするぜ」
そういう力を持っているんだ。
僕はただ、ドラゴンの時は鱗が赤かったから、赤いコートがいいかなって思っただけなんだけど。
言われたとおりに着てみると、いい感じだった。
「これなら調整もいらないか。じゃあ、次は武器だ。今度は正解を見つけられるかな?」
そう言って、トールマンは金属製の大きな箱を叩いた。




