28 ドラゴンさん、ギルドに入る
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僕が追いついた時、ノクトは小屋の扉の前で待っていた。
どうしてかは聞かなくてもわかる。
猫だから扉を開けられないんだよね。
僕もドラゴンの時に開けられなくて、扉ごと壁を壊して入っては『あの人』に怒られた覚えがある。
さすがにノクトは賢い。
壊しちゃいけないってわかっているんだ。
「壊したら直すのが大変だもんね」
『なんの勘違いをしているか知らないけど、とりあえず否定しておくわ。シアンのギルドカードがないと開けられないのよ』
なんだか違ったらしい。
扉が開けられないのはシアンの持っているギルドカードというのが必要なんだとか。
ギルドカード……えっと、さっき聞いたような?
思い出したのは得意げなシアンの笑顔と、いい匂いと、胸元。
「あ、ここにあるんだっけ」
背負っていたシアンの体を前に傾けて、首元から服の中に手を入れて、目的の物を探してみる。
じっと見るのはマナー違反らしいけど、見ないで手探りにしているからだいじょうぶ。
『ちょっ! レオン、あなたさすがにそれは!』
「あ、あったよ! これでしょ?」
ノクトが叫んでいる間に指先に感触があって、そのまま銀色の板を取り出して見せる。
さえぎるものがあまりなかったからすぐに見つかってよかった。
「うぅーん、レオン、いけませんよぅ、あぁ、わたし、おとなの、おとなの階段をのぼってしまうんですねぇ」
『……今のはあたしとレオンの秘密よ。シアンにも内緒。いいわね?』
寝言を言っているシアンを見て、ノクトが静かに、でも、強い言葉で言ってくる。
約束か。
僕は約束を守れるドラゴンだからうなずいた。
「わかった。ひみつ」
『はぁ、考える事も大切だけど、その前に人間の常識を教えないといけないわね、これは。それも早急に』
それは僕も知りたい。
五百年前に『あの人』から色々と教えてもらったけど、ぜんぜん足りていないし、変わってしまった事もあるんだと思うから。
『ともあれ、今は行きましょう。そのカードを扉に当ててみなさい』
「ん」
シアンの首がぎゅってならないように気を付けながら、体を寄せて扉にカードを当ててみる。
すると、扉に銀色の線が走っていった。
転移の魔導具の時と同じような感じだ。
光の線が扉いっぱいに広がると、光はそのまま消えていって、同時に扉が左右にゆっくりと開き始めた。
「おぉ」
『これも魔導具なの。ついてきなさい』
面白い光景に感動していると、ノクトが淡々と部屋の中に入っていく。
あわててついていくと、部屋の中には何もなかった。
物は何も置いてないし、どこかに行く道も階段もない。
「ノクト、ここ行き止まりだよ?」
『いいから。さっきのカードを今度はこっちに当てなさい』
ノクトがたしたしと前足で叩いたのは入ってきた扉のすぐ近く。
なんだかそこだけ壁の色が違って、金属になっている。
「わっ、わっ、わっ!」
言われたとおりにカードを近づけると、開きっぱなしだった扉が閉じて、代わりに部屋の天井が明るくなって、カードを当てて場所がいくつもチカチカと光りだす。
おどろく僕を気にした様子もなく、ノクトはぴょんと飛び上がって、光のひとつに前足を押し当てた。
すると、地面が揺れて、なんだかふわっとした感じになる。
「なに、これ?」
『昇降機の魔導具、といってもわからないわよね。移動の道具よ。上と下にね』
上と下に移動。
僕なら城壁の上から飛び降りた方が早いと思うんだけど、人間はそういうわけにもいかないらしい。
だからこそ、こういう道具を作ろうと思えるのかもしれない。
すぐに疲れてしまうシアンなんかは、こういう道具は好きだろうし。
そんなことを考えていると、ふわっとする感覚がなくなって、天井の明かりが消えて扉が勝手に開き始めた。
外は明るくて、人の声が聞こえてくる。
よく考えてみると、僕が人間になってからシアン以外の初めての人間との出会いだ。
思わず緊張してつばを飲み込んでしまう。
『いらっしゃい、レオン。ここが冒険者ギルドよ』
しっぽを揺らしたノクトが先に出ていく。
おそるおそるついていくと、色んな人たちがそこにいた。
部屋は広い。
ちょうど主部屋と同じぐらいあるかもしれない。
そこには机とか椅子とか、長い机とか、たくさんの板と紙とか、食器とかビンとかが集まっている場所があって、その辺りからしているこのいい匂いは……料理なのかな?
何がどんな物なのか気になって、でも、たくさんすぎてどれから聞けばいいのかもわからなくて、ひたすらキョロキョロと見回し続けて、遅れて気づく。
部屋の中にはたくさんの人がいた。
これもいろんな人だ。
男の人、女の人。
若い人に老人。
たくさん服を着ている人とそうでない人。
強そうな服だったり、ひらひらしていたり。
けど、そんな人たちがみんなして僕たちを見ていた。
僕たちを見たまま何かを話しているけど、バラバラに話しているから僕でも聞き分けられなくて、首を傾げる。
「見られてるけど、どうして?」
『転移の魔導具で帰ってきたからというのがひとつね。転移の魔導具があるのはギルドの屋上と、中層の入り口と、下層の入り口の三ヶ所だけだから、これを使って帰ってきたら、そのどれかから帰ってきたってわかるでしょ?』
えっと、つまり?
『レオンにはピンと来ないかもしれないけど、冒険者にとって中層到達というのはひとつの目標なの。冒険者ランクで言えばBランク――そうね。中級者といったところかしら?』
うん。よくわからない。
わからないけど、そういえばシアンも目標だとか言っていた気がするし、なんだかよい事のような気がして嬉しくなる。
「シアンが喜ぶんならよかったね」
『そうね。まあ、便乗だから素直に喜んでいられないのだけれど』
シアンが嬉しいなら僕も嬉しい。
目が覚めたらいっしょに喜ぼう。
『あと、その中層到達者の中にレオンが――というより、『裸捨て』に見える人がいるから、というのがふたつ目ね』
「『裸捨て』?」
『……怪我をして戦えなくなったり、使い勝手の悪い戦闘奴隷から、ダンジョンの中で装備を取り上げて、捨て駒にするクズのやり方よ』
なんだかノクトが怒っている。
今にもしっぽがたしーんといきそうで、ビクビクしてしまう。
「そうですよー。普通は『裸捨て』された方は生き残れないしー、生き残れたとしてもー、ダンジョンから帰ってこれませんからー」
僕が怖がっていると、人たちの中から女の人が歩いて近づいてきた。
ひらひらした白い服を着ていて、上に着ているのだけが青い。
よく見てみると、この人と同じような服をした人が、長い机の向こうにたくさんいた。
シアンの印象が『小さい』だったけど、この人は逆に『大きい』だ。
なんというか、見ていると飲み込まれそうというか、ふんわり包まれそうというか、そんな不思議な感じがする。
サラサラと揺れる長い金色の髪を押さえながら、下から覗き込んできた。
「そんな方が転移装置で帰ってくるなんてー、初めてですねー」
のんびりした口調で、にっこりと笑いながら僕をじぃっと見つめてくる。
「とっても、興味深いですー」
なんだか、背中がぶわっとする感じがするけど、それよりも大事な事があるのを僕は忘れていなかった。
まっすぐに女の人を見つめ返す。
「こんにちは! 僕、レオンです!」
人と会ったらまずあいさつと自己紹介。
女の人はびっくりしたみたいに目を大きく開いていたけど、すぐにやわらかく微笑んでくれた。
「こんにちは。私はギルド職員のマリア・ステアードです。よろしくね、レオン君」
「うん。よろしく!」
僕は女の人――マリアとニコニコと笑いあう。
やった。
二回目のあいさつも成功だ。
これならすぐにたくさんの友達ができるかもしれない。
『はぁ。早くシアン、起きないかしら』
足元でノクトのため息が聞こえた。




