26 ドラゴンさん、涙する
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「ああ……」
塀の向こう側。
目に映ったのはたくさんの家だった。
木だったり、石だったで建てられた家が本当にたくさん。
ひとつ、ふたつ、みっつと数えてすぐにやめた。
とても両手と両足の指が足りない。
シアンとノクトに手伝ってもらっても全然だ。
家の形は色々。
背の高いの、横に広いの、庭が広いの、たくさんの部屋がぎゅっとかたまっているの。
中には本当に家なのかわからないのもあった。
特に真ん中の辺りにあるとっても、とっても、とっても大きくて、グニャグニャした石っぽい何か。
あれはなんなんだろう?
そんな家々たちが、ドラゴンだった時の僕が翼をめいいっぱい広げてもおおえないぐらいの広さに敷き詰められている。
石を重ねた塀にぐるっと囲まれた姿を僕は知っていた。
そんな街の中には当然、家に住む人たちが生活をしている。
太陽の高さから考えてお昼頃。
家と家との間を歩いて、話して、笑いあう姿。
人間が生きている。
「帝都……『あの人』が守りたかった街」
ちょっと、いいや、けっこう違うところも多いけど、それでも似ている。
ううん。
変わっていても、変わっていない。
ここは五百年前、帝都と呼ばれていた。
五百年前、僕がドラゴンだった時に守った――いや、守りたくて、守れなかったはずの街。
「でも、帝都は滅んだって」
僕たちの後ろからゆっくりと歩いてきいていたノクトを振り返る。
ノクトはあきれたみたいにしっぽを揺らしてから、ひょいっと僕の肩まで駆け上ってきて、前足でぐりぐりと僕のおでこを押してきた。
『だ・か・ら、勘違いって言っているでしょう?』
肉球の感触を受けたまま首を傾げる。
「帝都は滅んだって確かに言っていたと思うんだけど……」
『その前にダンジョンの近くに迷宮都市エルグラドが、旧都があるって言ったわよね?』
言っていたような気がする。
知らないお話ばかりでうっすらとしか覚えてない。
なんだか、大きな失敗をしてしまったようで答えられないでいると、シアンがゆっくりと話しかけてきた。
「レオン、ノクトがもう言っちゃったみたいですが、確かに帝都は滅んでいるんですよ」
だとしたら、僕の前にある街はなんなんだろう?
それに、シアンはさっきこの街を僕が守ったって言ったのは?
聞くよりも先にシアンが続けてくる。
ゆっくりと、僕がわかりやすいように。
「順番に話しますね。五百年前に鮮血の暗黒竜がダンジョンと一緒に侵攻してきて、英雄皇帝によって建てられた帝都は滅びました」
そういえば、僕は鮮血の暗黒竜だなんて思われていたんだっけ。
やっぱり、泣きたい気持ちになるけど、今はがまん。
僕がちゃんと理解できたとうなずくと、シアンはまた話し始める。
「といっても、実際に街が消えてなくなったわけじゃありません。帝都として滅んだだけなんですよ」
帝都として滅んだ?
『つまり、遷都。帝都――帝国の中心地を、帝王の住まいを変えたの』
「だから、この迷宮都市エルグラドは旧都とも呼ばれるわけですね」
帝国とか帝王とかはよくわからない。
でも、僕にとって大切なのはそっちじゃないのはなんとなくわかる。
「じゃあ、街は……」
「伝承ではこうなっていますね。『街を襲った鮮血の暗黒竜に弓聖の矢が当たると、邪竜はダンジョンへと堕ち、そして、閃光とともに滅びた』と。レオンは何か心当たりがはありますか?」
うーん。
弓聖、弓聖、弓聖?
……矢?
「なんか、ダンジョンに飛び込もうとした時まで矢が飛んできてたような?」
鱗に弾かれてちっとも痛くなかったけど。
それよりも守っているのに嫌われている方が刺さったなあ。
『人間らしいやり口ね。そもそも弓聖ごときが、伝承にある鮮血の暗黒竜クラスの竜を撃退できるはずがないもの。初代弓聖アルディ・エルグラドは特別だったのかもなんて思っていたけど、違うようね』
不機嫌そうにノクトがしっぽを揺らしている。
気のせいか僕のおでこを押す手に力が入って、ちょっと爪が刺さっていた。
「まあ、当時の人たちはドラゴンが味方と信じられなかったのかもしれません。ともあれ、ダンジョンからモンスターが溢れるスタンピード現象は終了したわけですが」
『ダンジョンが滅びるには至らなかったわけね』
やっぱり、僕の自爆は威力が足りなかったらしい。
だから、五百年経った今もこうして残っている。
『街の住人はともかく、帝室や重鎮はダンジョンの近くになど住めないと、すぐに遷都を決定した。それがおよそ四百五十年前。それ以来、この街は弓聖の領地になったの』
「帝室からすると厄介ごとを押し付けたつもりだったのでしょうけど、エルグラドはダンジョンを利用する事で急速に発展したのは皮肉ですねぇ」
ダンジョンを利用?
「レオンも見ましたよね? 中層からここまで一瞬で移動した力を」
『あれは転移の魔導具ね。モンスターの魔石を使って、誰でも魔法みたいな力を仕える道具よ。さすがに転移のなんて大規模な魔導具は設置条件も厳しいみたいで数は多くないけど、簡単で便利で安価な魔導具なら誰でも手にできるわ』
魔導具。
そんな物があるんだ。
魔石なんてきれいなだけだと思っていたけど、人間はすごいなあ。
「そんな魔導具が広まったわけで、そうなると魔石の価値はあがるわけで」
『モンスターが湧き出るダンジョンは途端に金鉱以上の価値を得たわけよ』
だから、ダンジョンの近くにあるこの街――旧都は大きくなったんだ。
迷宮都市なんて呼ばれているのもちょっとわかった。
なるほどとうなずいていると、シアンがうんと背伸びをして、僕の頭をなでてくる。
「まあ、そういうわけで、安心してください。レオンはちゃーんと街を守れたんです」
『そうね。ダンジョンが沈静化していなかったら、とっくの昔に、本当の本当に帝国は滅亡していたでしょうね』
言われて、もう一度街を見る。
騒がしく、明るく、いきいきと生きる人たち。
そっか。
そう、なんだ。
僕は守れていたんだ。
ムダなんかじゃなかったんだ。
「ああ。よかった。僕は約束を守れていたよ」
嬉しくて、安心して泣いてしまうかと思った。
だけど、不思議な事に涙は浮かばない。
ただ、胸の中で『あの人』が笑ってくれている気がして、自然と笑顔になる。
うん。そうだ。
笑おう。
「シアン、ノクト、ありがとう」
一人と一匹をやわらかく抱きしめる。
耳元で小さな悲鳴が聞こえた気がしたけど、今は気にしない。
「僕に教えてくれて、ありがとう。僕にこの景色を見せてくれて、ありがとう。本当に、ありがとう」
僕はダメなドラゴンじゃなかった。
「ちょっとちょっとちょっと待ってください! 近いです! 近すぎですって! レオン、あなたは服を着ていないんですから胸板が直撃しているんです! 硬い! 熱い! なんだか頭がぼうっとする香りがします! いくらわたしがきれいすぎるからっていけません! 物事には順番というものがあるんですよ!? それにこんないつ誰に見られるかわからない場所だなんてふしだらです! あ、いえ、決して人の目がなければオッケーなわけじゃありませんからね!? 別にレオンが嫌なわけでもなくて……あぁ」
『はいはい。どういたしましてよ。だから、それぐらいにしておきなさい。シアンがもう限界だから』
ノクトに手を甘噛みされて、ようやく気が付いた。
腕の中でシアンがぐったりしている。
なぜか眠っているようだった。
「……寝ちゃった」
『まあ、似たようなものね。元々、この子は体力がないんだから、階段を下りただけで疲れていたでしょうし。抱きかかえるのは刺激が強かったみたいだし、背負ってあげなさい』
疲れていたなら仕方ないよね。
僕は言われたとおりにシアンを背中に抱えて、それからまた街を見渡す。
自分が守った街なんだと思うと、見ているだけで心が温かくなるみたいだ。
『嬉しそうね』
「うん。本当に嬉しい」
『五百年後の世界なのは気にならないのかしら?』
「そんなに時間が経っていたのは驚いたけど、元から知り合いなんて一人しかいなかったからさびしいのはないし」
『ふぅん。ドラゴンならではの感覚かしら。それともボッチの感覚?』
「ボッチ?」
『レオンは気にしなくていいわ』
「そう? じゃあ、気にしない。あ、ノクトに聞きたかったんだ。あの大きなのは何? 街の真ん中にある大きなの」
僕は街を見た時から気になっていたものを指さした。
大きくて、変な形をして、色のついている石みたいなの。
ノクトはちらりと見やって、少し考えてから聞いてくる。
『聞きたい? 本当に?』
「うん。知りたい」
『レオンは知らない方がいいと思うのだけど……』
ノクトの言葉にちょっと怖くなる。
けど、それよりも興味の方が強い。
あれは本当に大きいんだ。
街の中の一番高い建物よりも大きい。
それこそドラゴンだった時の僕と変わらないぐらいに大きい。
それだけ大切な物なのは僕にだってわかる。
「え? そうなの? でも……知りたい、かな。僕が守った街の真ん中にあるんだし。大事な物なんだよね」
『そうね。まあ、そうね』
ノクトはため息をついて、それから覚悟を決めたみたいな目で教えてくれた。
『あれは初代弓聖アルディ・エルグラドが鮮血の暗黒竜を討伐した姿を象った石像よ』
僕は膝をついて、涙をこぼした。




