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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第四章 ドラゴンをやめるドラゴン
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161 ドラゴンさん、英雄さんを知る

 161


 なにがなんだかわからない。

 ぼうってしていると、シアンが服を引っ張ってきた。


「レオン、酷い顔色ですよ」


 心配してくれている。

 僕はその手をにぎりしめた。

 そうでもしていないと、頭が変になっちゃいそうだ。

 やわらかくて、あたたかいシアンの手が今はとても心強い。


『尋常じゃないわね。ドラゴンもどきとかと戦った時よりも動揺しているわね。ギルマスもハンスも魂魄の様子がおかしいけど、そのせいかしら?』


 僕の肩の上でノクトがつぶやいている。

 そう。

 ハンスだ。

 ギルマスの前に立ったハンスだけど、ハンスじゃない人。

 そのハンスの姿をした人を見ると、頭がぐるぐるして、胸の中がメチャクチャにゆれてしまってどうしようもない。


 ハンスだけどハンスじゃない人は僕と目が合うと、にっこり笑った。


「うーん。ワタシもそうだけど、君も随分姿が変わってしまったね?」


 声はちがう。

 けど、話し方。

 それをよく覚えている。

 ハンスの体。

 でも、魂魄は『あの人』。


『その口ぶり、あなたはハンスじゃないのね。魂魄が変質しているけど、それと関係あるのかしら?』


 じろりと見上げるノクト。

 それにやっぱり返ってくるのは笑顔。


「ハンスというのはこの体の子の事だね。なら、正解だよ。ワタシは彼の体を譲り受けているんだ」

『体を譲り受ける?』

「信じられません。そんな事、どんな魔導だってできるはずがないのに……」


 シアンとノクトが信じられないと言うと、ハンスだけどハンスじゃない人はちょっとだけこまった顔になる。


「弱ったな。ワタシはあまり説明が上手じゃないんだけど……」

「なら、それはボクの役割だね。おっと、『峻厳』の君も話を聞いてみたらどうだい? 興味深い話だと思うよ」


 ギルマスが前に出てくる。

 今にも魔法の炎を撃ちそうな『峻厳』さんだったけど、やっぱり話が気になるみたいだ。

 手を持ち上げて、魔力もそのままだけど何も話さない。


「さて、といっても難しい話じゃないんだ。『峻厳』の彼女も、『慈悲』の彼も、復活したというだけなんだ」


 ギルマスが指さすのは『峻厳』さんと、ハンスだけどハンスじゃない人。

 ええっと。

『峻厳』さんは『峻厳』さんだから、いい。

 じゃあ、ハンスだけどハンスじゃない人――『あの人』が、『慈悲』さん?


「おおっと、もしかしてまだ気づいていなかったのかい? ここにいる彼こそが『慈悲』の英雄であり、レオン君が五百年前に育ててくれた恩人であり、そして、この帝国の初代皇帝なんだよ」


 ギルマスはいじわるだ。

 教えてくれるって言ったのに、もっとわからなくする。


 わからないのは僕だけじゃないみたいで、シアンが声を上げた。


「待って下さい! レオンに以前聞いた時、言っていました。初代皇帝は、名前のない女皇帝は『あの人』ではないと」

『そうね。それはどういう事かしら?』


 そんな事を聞かれたような気がする。

 うん。

 そうだ。

 シアンとノクトから聞かれた。

 最初の皇帝さんが『あの人』じゃないかって。


 でも、ちがう。

 最初の皇帝さんは女の人だけど、『あの人』は男の人だったから。


 だけど、ギルマスは変な顔で笑った。

 こまったような、おもしろがっているような、そんな感じ。

 代わりに『あの人』が話し始める。


「それは単純に彼の前では皇帝としてのワタシではなく、ただ一人の人間として振舞っていたからだろうね」


 そうだったんだ。

 思い出してみると、僕が小さかった時は今よりもむずかしい事がわからなかった。

 そして、体が大きくなってからは街にいられなくなってしまった。

 だから、いつだって僕が『あの人』と会った時は、他に人がいなかったし、人間の生活も知らないままだった。


「では、どうして性別を間違えたりなんてしたんですか?」

「それは彼の見た目が問題だったんだろうね」


 ギルマスが『あの人』の肩をたたく。

 そうすると、ハンスの体が光った。

 まぶしいのは少しだけで、すぐに見えるようになる。


 そこにいたのはもうハンスの姿じゃない。


 やさしそうな目。

 やさしそうな口元。

 やさしそうなしぐさ。

 やさしそうな感じ。


 そんなたくさんのやさしさでいっぱいの小さな体の女の子、みたいな姿。


「うん? これは昔のワタシの姿だね。どうやら魂魄の定着が完了したようだ」


 三つ編みのやさしい金色の髪を背中にそっと流して、『あの人』は僕の思い出と同じに笑った。

 僕だけじゃなくて、シアンとノクトも息をのんだ。


「その姿、名前のない女皇帝の彫像と同じ!」

『本当に初代皇帝? なら、どうしてレオンが男だなんて――』


 あれ。

 僕は急に姿が変わって、魂魄もハンスっぽいのがなくなったからおどろいたんだけど、シアンたちはちがったみたいだ。


「『あの人』は男の人だよ?」

「うん。彼は男さ。正真正銘の、ね」

「ああ。そいつは見た目に反してしっかり男だぜ」


 シアンとノクトがびっくして動かなくなった。

 ノクトなんかしっぽの先まで毛が逆立っていて、とても驚いているのが見ただけでわかってしまう。

 そんな一人と一匹をそのままに、三人の英雄が話し始める。


「うーん。見た目に関して君に言われたくないかな? 女の子なのに男っぽい恰好をしている君にはね」

「うっせえ」

「その辺りはボクたちにはどうしようもない話さ。セフィロトの性質の話だからね。『峻厳』は女性で、『慈悲』は男性とね。だからこそ、帝国の側近たちも『慈悲』の君を女性と勘違いしたわけだけど」

「で、てめえはどっちでもねえ中立者かよ」

「ワタシとしては『均衡』の君の性別に興味がないわけじゃないんだけど……」

「ふふ。それは秘密だよ。ミステリアスなのがボクの魅力のひとつだからね」


 よくわからない話だ。

 でも、ちょっとだけわかった。


 僕の知る『あの人』は、初代皇帝で、『慈悲』の英雄。

 そして、死んでしまったけど、生き返ったんだ。


 それはうれしい。

 もう会えないはずの『あの人』に会えたんだ。

 すぐにでも抱きついて、昔みたいになでてもらいたい。

 本当にそう思う。

 思うのに、体は動いてくれなくて、頭が考えてしまう。


「ねえ。じゃあ、ハンスはどうなったの?」


 ハンス。

 一度だけだけどいっしょにダンジョンに行った冒険者。

 最強の冒険者で、いい人だった。


 今の『あの人』の体。

 それはさっきまで確かにハンスだった。

 魂魄も変な感じになっていたけど、ちゃんとハンスが残っていた。

 なのに、今はそこにハンスの魂魄は少しも感じられない。


「ああ。彼には『慈悲』の英雄を復活するための人柱になってもらったんだ。いや、依り代と言った方が正解かな?」


 ギルマスが話す。

 何でもない事みたいに、なんにも思っていないみたいに。

 それがとても気持ち悪い。


「本来、ボクたち英雄は不滅に近いからね。例え、死んだとしてもいつかは復活する、はずだった」

「はっ。仕方ねえだろ。肝心かなめのセフィラを失っちまったんだ。そうなっちまえば、生きる死ぬなんて話じゃねえ。滅びるしかねえ」

「だけど、ワタシたちはこうして復活した。それに疑問を感じなかったのかな、君は?」


『峻厳』さんはむずかしい顔だ。

 二人をにらみながら考えていたけど、ぽつりとつぶやいた。


「やっぱり、てめえか。『均衡』の」

「ああ、そうだよ。君にデミセフィラを与えて、ダンジョンの深層で蘇らせた」


 ギルマスが『峻厳』さんを生き返らせた。

 そして、『あの人』も。


「てめえ、何をしやがった! たかだか『均衡』の英雄ができる範疇を超えてんぞ! オレとそいつのバランスを取るだけのてめえが!」

「それは違う」


 怒鳴る『峻厳』さんに、静かに、でも、強く返すギルマス。

 とても強い目をしていた。


「ボクは確かに『均衡』の英雄で、『峻厳』と『慈悲』の間を取り持つのが役割だ。だけど、それだけが本質じゃない」


 その言葉に『峻厳』さんは言い返さない。

 ただつぶやく。


「オレが厳しい試練を与えて成長を促すように」

「ワタシが優しい庇護で成長の環境を与えたように」

「そうさ。ボクはあらゆる『均衡』を保ち、継続させる事で世界を成長させる。いや、魂を昇華させる」


 三人の英雄の役割。

 仲間のはずの三人。

 それが今はバラバラだ。


 今までと同じように『峻厳』さんが怒鳴る。


「てめえが役割を捨ててねえと言うなら、全部説明しやがれ! セフィラを捨てて、オレたちを生き返らせて、さんざん暗躍して、何がしてえんだ!?」

「答えは変わらない。ボクはこの世界の成長を心から願っている」


 ノクトじゃないけどわかる。

 ギルマスがウソをついてないって。

 本当に。

 心の底からそう思っているって。


 強くて、まっすぐな気持ちが、痛いぐらい伝わってきた。


「そのために、君たちに本気で戦ってもらうよ?」


 そして、にっこりと笑い、後ろに隠れていた何かを突き落としてきた。

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