155 ドラゴンさん、おしおきする
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翼を広げて、セフィラの剣をならべて、まずはちょっとだけ地面をける。
ミシミシミシ――ズガンっ! って音がして、それから僕の体は広場のまんなかに向かって飛んでいった。
「うわっ?」
思っていたより速いし、飛んでしまった。
びっくりして止ま――れなくて、地面に足を刺して、ズガガガガガって石をこわしながら進んで、やっと止まった。
チラって後ろを見ると、地面に大きな穴ができちゃっていた。
これ、『峻厳』さんの爆発とそっくりだなあ。
シアンとノクトと『峻厳』さんはころびそうになって、よろよろしている。
あれ?
シアンが守ってくれるはずなのに……どうして?
「そんなキョトンとした目で見ないで下さい! は、ハードルが高すぎませんかね!? と、とにかく、ノクト!」
『はいはい。ほら、最初から全力でいくわよ』
「ははっ! 試されてんなぁ、自称婚約者?」
「『自称なんかじゃありません! 公認です!』」
シアンがなにか言っていたけど、ノクトといっしょになって猫っぽくなった。
ああ。ごめん。
まだ、シアンがじゅんびできていなかったんだ。
いけない、いけない。
「『まずは領域・展開-300・水属性――水精聖殿!」
猫っぽくなったシアンが魔導を使う。
さっきも使った水がいっぱいになるやつ。
シアンの足元から出てきた水がどんどん広がっていって、あっという間に池みたいなのができちゃった。
見つめていると、シアンがうなずいてくれた。
もう、いいらしい。
「じゃあ、もう一回」
今度はしっかり飛ぶ。
さっきみたいに地面をけったけど、今度は石や土のかわりに水がばしゃあってなるだけだった。
ちょっと動きづらいだけで、広場がこわれない。
さすが、シアンだ。
そんな事を思いながら飛んでいる間に次の魔導が放たれた。
地面の水がつぎつぎともりあがって、壁みたいになっていく。
「『さらに――領域・二重展開+10・水属性――水絶波壁!」
水の壁がまわりだす。
グルグル、グルグルと。
おおー。これで街がこわれないようにするんだ。
これなら僕があばれてもだいじょうぶなんだね!
「レオン、やってしまってください!」
「やっちゃうよ!」
僕は氷像の上を通る。
いろんな武器が振られて、飛んでくる。
けど、当たらない。
おそいからね。
ぜんぶ、僕が通った後を過ぎていった。
バシャーって水が飛び上がったのを斬るだけだ。
「急に、速く!?」
アメジスがびっくりしている。
目を大きく開いて、ポカンと口を開けて。
「よいしょ!」
その間に氷の壁にぶつかる。
ぶあつい氷の壁だけど、かんけいない。
僕が左手を突きさすと、ミキミシミシメシメシメシィって音がして、氷がバラバラに砕けはじめた。
もうちょっと力を入れたぜんぶこわれる、かな?
「調子に乗るでない!」
アメジスがどなる。
今度はちょっとイライラしているみたい。
さっきまではよく笑っていて、今はびっくりしていたのに、変な人だ。
アメジスが手を振ると、こわれた氷の壁が元にもどっていく。
くだけた所がふさがって、氷が大きくなって、僕を飲みこもうとしているみたいだ。
「大した力だが、使い手が馬鹿で助かるのう。そのまま氷漬けになって眠るがいい」
また笑うアメジス。
いそがしいなあ。
つかれちゃわない?
それにしてもバカって言った。
僕が頭がわるいのは知っているけど、それでも悪口を言われたら悲しい。
アメジスは本当にいじわるだ。
やっぱり、おしおきしないとダメだね。
だから、翼を広げて、セフィラの剣を広げる。
そして、氷の中にうまったままの左手に魔力を集めて――。
魔闘法――竜人撃:圧海竜『底なしの黒い箱』
黒い箱を作る。
それだけで氷の壁がこわれる。
内側に向かって、音を立てながらくだけて、はがれて、黒い箱の中に飲み込まれて、落ちていって、小さくなって消えていく。
氷の壁だけじゃなくて、近くにいた氷像とか、シアンの水も飲み込まれていくけど、それだけだ。
街はこわれてない。
うん。やっぱり、シアンはすごいね!
「『水が! 水がごっそり持っていかれましたよ!? 補充、急がないと!』」
さすが、シアンだ。
あっという間に水の壁が元にもどった。
こわれたところをアメジスが元にもどそうとしているみたいだけど、こわれる方がずっとずっと早い。
あっという間に氷の壁には大きな穴ができていた。
もちろん、僕が氷に飲み込まれたりもしない。
やあっとアメジスと目が合った。
よく見える。
変な顔をしている。
「ば、化け物め!」
「化け物じゃないよ。レオンだよ」
まったく。
ちゃんと名前で呼ばないといけないと思う。
「しかし、この距離ならばよけられはすまい!」
でも、アメジスは話を聞いてくれない。
僕との間に次の壁を作って、さらに地面からたくさんの氷の武器を伸ばす。
「てい」
魔闘法――竜人撃:圧海竜『底なしの黒い箱』
いっぱい。
さっきより小さいのを僕のまわりにいっぱい作る。
あたらしい壁も、氷の武器たちもぜんぶ飲み込まれていった。
「ならば――」
今度は僕の後ろに置きざりにした氷像を動かした。
僕にじゃなくて、シアンたちに向かって。
む、それはいけない。
シアンを守らないと――って僕が動くよりも先に、『峻厳』さんが動いていた。
「おいおい。誰を弱点だと考えているんだ、老人?」
爆発がおきる。
今までよりもずっと強い爆発。
夜なのに、昼みたいに空が明るくなる。
それが氷像を吹き飛ばして、倒して、バラバラにしちゃった。
ぼちゃん、ぼちゃんって水に落ちて、もう動かない。
アメジスは新しく氷像を作るけど、それが動く前に爆発されてしまう。
あれじゃあ氷像がシアンたちの所まで行けないね。
「『なんですか、手加減していたのはあなたも同じじゃないですか』」
「ちげーよ。オレは奴の出方を見ていただけだ。まあ、あいつの作ったもんを無意味に壊すのは気が重かったのは事実だがよ」
シアンたちがお話しているのが聞こえる。
なんだ、『峻厳』さんも本気じゃなかったんだ。
そうだよね。
いつものパッと消えて、ちがう場所に出てくるのも最初だけだったし。
あ、それは僕もか。
じゃまな壁とか氷像とか、パッと飛んでしまえばよかったんだ。
「ぅぬう。ならば――」
「それ、さっきも言ってたよ?」
だから、飛ぶ。
こっちからあっちに。
アメジスのすぐ後ろに。
魔力で壁みたいなのをこわして、道をつなげて、パッと飛んだんだ。
「――は?」
アメジスは僕が消えておどろいている。
その間にノクトの本体――精霊セルシウスが入った氷を横によけて、っと。
「おしおきするよ?」
ドラゴンシャフトに魔力を流し――たら、ブシャ、グシャってなっちゃいそうだから、コツンって棒のまま肩をたたく。
なにか、ガシャンってものが割れる音がした。
「あれ?」
「ぬふん!?」
アメジスがグルングルンって横に回って、そのままバシャアアアアアアンって大きな音を立てて水にぶつかった。
なんだか思っていたより強めになっちゃったけど……まあ、いっか。
「ぐ、ぬ、ぅぅぅぅ……」
ほ、ほら、ちゃんと起きたし。
よろよろしているけど。
へいき、だよね?
「ま、まさか、氷精の守りが、一撃だと?」
あ、さっき何か割ったと思ったけど、見えない氷の守りがあったんだ。
よかった。
それがなかったら、アメジスは本当にグチャってなってたかもしれない。
「人がやだって思う事しちゃダメだよ」
「虚仮にしおって……」
コケってなんだろう?
よくわからないけど、アメジスはあんまり反省してない気がする。
僕をにらんで、それからスッと精霊セルシウスの入った氷のかたまりを自分の近くに持ってきた。
まだ、何かするつもりみたいだ。