148 ドラゴンさん、氷に止められる
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アメジス・セルシウス・ブリューナク。
シルバー・ブリューナク。
シアンのお父さんとお兄さん。
近くで見たらやっぱり思ってしまう。
シアンと似ているって。
髪の色とか、目とか、耳とか、鼻の形とかがシアンとそっくりの部分があって、血がつながっているんだってわかる。
けど、この人たちはシアンの家族じゃない。
シアンをいらないって言って、よその子にしようとしたり、殺しちゃえだなんて考えた人たちなんだ。
『魂魄の気配がまるでなかったわ』
ノクトが猫耳を何度も何度も動かしている。
二人に気づけなかったのがふしぎで仕方ないみたいだ。
たしかに。
僕も泉のあたりが変なのはわかったけど、そこに人間が二人もいるなんてちっともわからなかった。
「結界とかー、言ってませんでしたー?」
マリアが二人を見つめたまま聞く。
結界って僕がさっきこわしたやつだね。
うん。そうかも。
あれがなくなったら、二人の気配がとてもわかりやすくなったから。
だけど、シアンとノクトは首をふる。
「いえ、ブリューナク家の魔導でノクトの耳は誤魔化せん。認識疎外の魔導を使ったとしても、その魂魄までは隠し切れませんから」
『他でもないブリューナク家だもの。警戒していなかったならともかく、あたしが見落とすわけがないわ』
そうなんだ。
えっと、見えたり、聞こえたりするのはかくせるかもしれないけど、魂魄だけは魔導でかくせないって事だよね。
でも、さっきまで僕もノクトも二人の魂魄を感じられなかった。
どういう事だろう?
「ふむ。そこの女は冒険者ギルドの役職者だったのう」
「あららー。ばれちゃいましたかー」
アメジスに見られたマリアがこまった顔をする。
そっか。
ブリューナク家に知られたくなかったんだっけ。
「やっぱりー、誤魔化しはブリューナク家の方がー、専門ですねー」
「言葉が過ぎたな、女。ブリューナク家を愚弄するならば万死でも足りないぞ」
シルバーがマリアをにらみつける。
けど、アメジスは首をふる。
「よいではないか、シルバー。彼女はこちらの思惑通りに踊ってくれたのだ。これぐらいの失言、流してやらねばのう」
「……最悪ねー。ごめんなさい、皆。私のせいみたいだ」
マリアがつらそうな顔をしてあやまる。
えっと、マリアが僕たちにギルマスの事を相談するってアメジスたちはわかっていて、こうしてここに来るようにしていたって事なのかな?
『いいわよ。どの道、いつまでも避けていられなかった問題だったもの』
「ええ。いい機会を得たと考えましょう」
そして、ノクトはふきげんそうにしっぽで地面をたしんってする。
二人をにらむ目は燃えているみたいにはげしい。
『あなたたち、何に手を出したのかしら? そんな力、ブリューナク家にはあるはずない。あるとすれば、それは……』
「精霊セルシウスしかおるまい」
アメジスが笑う。
シアンと似た顔で、でも、ぜんぜん違う感じで笑う。
きもちわるい。
すごく、きもちわるい。
アメジスはシアンをちょっとだけ見て、それからノクトを見下ろしてくる。
まるでシアンをいないように思っているみたいで、もっときもちわるくなった。
にらみ合ったまましゃべらないでいると、シルバーが前に出てきた。
「見つけたぞ。セルシウスの分御霊――いや、セルシウスの精神体というべきか? 遊興の時間は終わりだ。役目に戻ってもらう」
『ふん。嬉しくもないわ、恩知らず。欺瞞の精霊に鞍替えした奴らなんて知らないわ』
ノクトもシルバーを見ようとしない。
シルバーは笑ったままだけど、口の端っこをピクピクさせている。
「たかが分御霊が知ったような――!」
どなろうとしたけど、その肩にアメジスが手を置いた。
それだけでシルバーはだまって、後ろに下がっていく。
「シルバー。数が足りておらん。二匹、家に残してきたのだろう。手筈通り、仕留めてきなさい」
「父上、ですが……」
「うん?」
シルバーが何か言いかけたけど、アメジスが目を向けたらまただまった。
言いたいことがあるなら言えばいいのに。
でも、シルバーはけっきょく何も言わないで、かわりに僕たちを――シアンをにらみつけてきた。
ドロドロした熱いきもちの目。
「……承知いたしました。行ってまいります。手勢を使ってもよろしいですか?」
「よい。例の連中を使ってやりなさい」
「無論、生死は?」
「問わんよ。後腐れのないよう徹底的にやっておくといい」
にやりと笑うシルバー
今の話って……。
『トントロとピートロに手を出してみなさい! あなたたちの首、嚙み切るわよ!』
ノクトがほえる。
とても、とても怒っている。
けど、シルバーはたのしそうに笑うだけ。
鼻をならすと、見せつけるみたいに別の通りへ向かって歩き出す。
あっちは冒険者街。
僕たちのお家がある方だ。
僕にももうわかる。
シルバーはトントロとピートロを襲おうとしている。
「させないよ」
僕はドラゴンシャフトを持ってシルバーを追いかける。
広場に入って、一歩で飛び込めば追いつける場所。
その通りに飛んで、伸ばした手でシルバーを止めようとして、ガツンッて手がはじかれてしまった。
壁だ。
氷の壁だ。
僕とシルバーの間に、ほんの少しの間で氷の壁ができていた。
「させんよ」
アメジスが僕を見ている。
この壁、アメジスが作ったの?
どんな魔導だろう。
魔力の気配もなかったのに……。
今度はドラゴンシャフトでたたいてみるけど、こわれない。
その間にシルバーが広場から出ていってしまった。
『この力……やっぱり!』
「セルシウスの力!」
後ろの方でシアンとノクトがおどろいている。
氷の魔導じゃなくて、精霊セルシウスの力で作った壁なんだ。
でも、どうしてそんなにおどろいているんだろう?
ブリューナクの人たちはセルシウスって精霊の力を使えるって知っているよね?
じゃあ、どこもふしぎじゃないと思うんだけど……。
「マリアさん! トントロとピートロをお願いします!」
『反論の余地はないわ。すぐに行きなさい』
「……わかりました。必ずトントロちゃんとピートロちゃんは守ってみせますから!」
どうやらマリアにトントロとピートロを助けてもらうらしい。
来た道を走っていくマリアの気配がどんどん遠くなっていく。
マリアは強い。
トントロとピートロもだ。
きっとシルバーなんかに負けない。
「ふむ。役者は残った、というところかの?」
そうして、広場には僕たちとアメジスだけがのこる。
僕は氷の壁をこわすのはあきらめて、一度シアンたちの前まで下がった。
アメジスは僕が止めないといけない。
そうしないと、シアンとノクトが殺されてしまう。
アメジスはこおった泉の上から一歩も動いていない。
けど、とてもいやな感じがしている。
ダンジョンで戦ったドラゴンとかよりもいやな感じだ。ううん。もしかしたら『峻厳』さんよりもかもしれない。
僕が警戒していると、ノクトがアメジスに話しかけた。
その声はちょっとだけふるえている。
『どうしてあなたごときがセルシウスの力を使えるの?』
「契約者だから、では答えにならんか」
『ふざけないで! ただの契約者にセルシウスの力を無理矢理引き出せるわけがないわ! 契約で与えたのは真実看破の力だけよ!』
そうなんだ。
ブリューナクの人たちはウソがわかる力しか使えないんだ。
力を使えるのはセルシウスが自分から手伝ってあげているシアンだけ。
それなのにアメジスが氷の力を使っているから、シアンたちはふしぎだったらしい。
アメジスはそう聞かれるのがわかっていたみたいに、また笑った。
やっぱり、いやな笑い方。
なにが楽しいのか、うれしいのか、ちっともわからない。
「なあに。精霊に届く力を得た、それだけの事よ」
答えてくれたのはそれだけ。
もっと教えてくれるつもりはないらしい。
アメジスはけちんぼだ。
「精霊に届く力?」
『そんなの……』
シアンとノクトが考えている。
けど、今は考えている時じゃないと思う。
だって、アメジスが笑ったまま、その手を持ち上げたから。
「では、あるべき場所に全てを返すとするかのう」
その声といっしょに、アメジスの下。
こおった泉から何かが浮かび上がってくる。
大きな氷のかたまりかなって思ったけど、ちがった。
氷の中に何か――だれかがいる。
それはまっ白な髪に、まっ白な肌の、まっ白な服を着た女の人。
いや、ちがう。
女の人じゃない。
女の人じゃなくて、女の……なんだろう?
なんか、すごい力を持っているナニカだ。
「精霊セルシウスの力、存分に味わうがよい」
そして、びっくりしている僕たちに向かって、冷たい風が吹きかけてきた。