147 ドラゴンさん、夜のお出かけ
147
夜。
僕たちはマリアにその場所までつれていってもらった。
そこまで歩きながら、僕はまわりを何度も見ていた。
「夜ってこんな感じなんだね」
夜の街にお出かけするのは初めてだ。
ほとんどの家やお店から灯りは消えていて、魔導具の灯りがポツン、ポツンってあるだけの道は暗い。
空にはあつい雲。
これじゃあ星も見えないなあ。
僕はだいじょうぶだけど、ふつうの人間はちょっとさきぐらいしか見えないと思う。
となりのシアンも僕が手をにぎってないとあぶない。
ノクトは……猫だからへいきみたいだ。
マリアもだ。
一番前をスタスタと歩いている。
「マリアは見えてるんだね?」
「うんー、私も昔は色々とあったからねー。これぐらいなら見えているんだー」
『……そんなふうに隙を見せないから異性が寄ってこないんじゃないの?』
ノクトが聞くと、マリアはハッて顔をして元気をなくしちゃった。
しんぱいだ。
シアンとノクトも同じ気持ちみたいで、ちょっとワタワタしている。
「そ、それにしても静かですね」
うん。本当だね。
お昼とはぜんぜんちがう。
人が歩いてないし、家の中でも静かにしているっぽい。
まるで小さな動物が草の下にかくれているみたいだ。
『戒厳令でも出たみたいじゃない』
「これもブリューナク家が来ているから、ですか?」
「領主もー、ギルドもー、そんな指示は出してないけどー、不穏な雰囲気は広がっているみたいだよー。あと噂もねー」
むずかしいお話だけど、街の人に元気がないのはさびしいな。
僕はあんまり街に出かけられていないけど、いろんな人が、いっぱいいて、お買い物したり、お話したり、笑ったり、怒ったりしているのは好きだ。
うん。
ずっと昔に『あの人』が言っていた。
人間はせいいっぱい生きているのがいいって。
やさしい目をして、街の人たちを見ていたっけ。
「さびしいね」
「そうですね。トントロとピートロも寂しがってないといいのですが……」
お家の方を見て、シアンがつぶやく。
夜のお出かけにトントロとピートロはついてきてない。
二匹とも魔導具と霊薬を作っておきたいって言って、おるすばんをしてくれている。
「おみやげ買って帰ろうね」
「いえ、この時間ですとお店も閉まっていますから」
『まったく、遊びに出たんじゃないのよ。少しは気を引き締めなさい』
「ええ。ノクトさんはとてもいい事を言いましたー。夜のデートだなんてー、お姉さん許さないよー?」
「よ、よりゅの!?」
なんだかシアンが赤くなって、熱くなった。
にぎっている手をぎゅうって強く力が入っている。
下を向いちゃったから顔が見えないけど、どうしたのかな?
ノクトがため息をついて、こつんっとマリアの足に頭突きする。
『あなたもからかわないの。それで現場は近いのかしら? もうそれなりに歩いたと思うのだけど?』
「もうすぐそこですよー。巡回の兵士に見つかるといけませんからー、気を付けてくださいねー。ここまで裏道を選んで来ましたからー、わかりづらかったかもしれませんけどー、もう中央街――」
マリアが急にだまった。
道が終わって、広い場所に出た所だ。
その先を後ろからのぞいてみると、広場になっていた。
そこはまんなかが泉みたいになっている所で、あとは照明の魔導具がいくつかあるだけ。
僕たちがいる道と同じような細い道と、馬車が通れるぐらい広い道がいくつもつながっているみたいだ。
前に北の方に行った時に通ったような、通ってないような……。
どうだっけ?
マリアは広場に入ろうとしないで、目をするどくして、体を低くかまえて警戒している。
あっちやこっちを見て、小さくつぶやいた。
「おかしいです。巡回の兵士がいません」
『ここまで誰ともすれ違わなかったし、わざと巡回のタイミングをずらしていたんじゃないの?』
ノクトも猫耳を動かしている。
まわりの人たちの魂魄を調べているんだ。
『この辺りは商店ばかりみたいね。近くにこれといった人の気配はないわ』
「中央街と冒険者街の境ですから、この辺りは比較的格の高い商店じゃないと店を構えられません。だからこそ、巡回のポイントにもなっているんです」
マリアの話し方が変わっている時は、何かあった時だ。
僕もだんだんわかってきた。
「夜間はここに必ず領軍の兵士がいます。それで巡回の兵士が来ると交替して、次の持ち場に移動するんですけど……」
「その兵がいない、と」
シアンも僕の手をにぎったまま、もう片方の手で杖をにぎりしめた。
そうしながら息を吸って、魔力を集めている。
ノクトはもう一回猫耳を動かした。
目をつぶって、おひげをピクピクゆらして、ゆっくりとしっぽを動かして、それから首を横にふった。
『やっぱり近くに人はいないわ。巡回している兵士もよ。レオンはどう?』
「うん。だれもいないし、何もいないよ」
僕もうなずく。
人間はいない。
それに、動物とか虫とかもまったくいない。
「誰もじゃなくて、何もいないですか。これはかなり深刻な事態かもしれませんね」
『昨晩はギルマスが消えて、今日は巡回の兵士が消えるなんて、怪奇現象かしら?』
シアンとノクトの声がかたい。
まるでダンジョンでモンスターと戦う時みたいだ。
街の中でこんなになるなんて変な感じがするなあ。
シアンたちは止まったまま、まわりを見ている。
けど、本当に変なのはそっちじゃない。
「ねえ、シアン」
「どうしました、レオン? なにが気づきましたか?」
どうしてシアンとノクトとマリアは気づかないんだろう?
たしかにわかりづらい感じになっているけど、あそこだけ変なのに。
「あそこ。泉がおかしいんだ」
みんなが泉を見る。
泉はしんって静かにあるだけ。
少ない明かりを受けて、キラキラと光っていた。
ううん。
あれって泉じゃないのかな?
僕の知っている泉って水が集まっているけど、この泉みたいなのは水じゃなくて氷でうまっているから。
「……凍っている?」
『シアン!』
ノクトの毛がブワッてさかだつ。
何かを感じ取ったみたいだ。
シアンを呼ぶ声はとてもあせっている。
それはしょうがないと思う。
だって、泉の氷がいきなりシアンに向かって、すごい速さで飛んできたんだから。
大きなリンゴぐらいある氷。
こんなのが当たったら大変だ。
「えい」
僕はそれをドラゴンシャフトでたたき落とした。
氷は小さなカケラになって落ちて、地面の上でとけていった。
手に重い感じが残っている。
びりびりっていうのかな?
ちょっとびっくり。
手が痛い。
今のはかなり強い力で飛ばされていたみたいだ。
止めてなかったらシアンのお腹に穴が空いてちゃってたと思う。
「ひどい事するなあ」
シアンがケガしちゃったらどうするんだ。
僕はドンってドラゴンシャフトを地面に落とす。
ちょっとだけ生命力と魔力をのせて。
そうしたら地面がゆれて、ゆれが広場にまで届いて、泉の所でばしんって音を立ててはじかれた。
あ、止められちゃった。
でも、いっか。
止められちゃったけど、泉のあたりにあった変なのがこわれたから。
「ふむ。なるほど、やつの話もあながち妄想ではないようだのう。少なくとも情報通りの力を持っている」
「地面を一突きしただけで我らの結界を破りますか。どこで誑し込んだのか、てなづけたのか。知らぬ間に女の手練手管を覚えましたか?」
凍った泉の上に人がいた。
僕もノクトも気配を感じられなかったけど、そこにいたみたいだ。
どっちも知っている顔。
「アメジスとシルバー?」
僕がその名前を呼ぶと、ふたりはふんっとそっくりに鼻をならしたのだった。