136 ドラゴンさん、湖の部屋に入る
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お昼ご飯を食べて、ちょっとお休みして、僕たちは新しい扉の前に立った。
ご飯はパスタっていうやつだった。
スープが入ったお皿の中に、ほそーいツルツルしたのがいっぱい入っている感じ。
お肉とかお野菜とかのいろんな『おいしい』が混ざっていて、ちょっと食べるのが大変だったけど、とてもおいしかった。
「さて、次の部屋はどうなっていますか?」
シアンに聞かれて、僕は扉の向こうをよーく見てみる。
暗い道が続いたあっち側。
「あれは水だね。とってもいっぱいの水があるよ」
「それは……川の部屋とどう違っていますか?」
うん。
水がいっぱいなのは川の部屋とか、滝の部屋と同じ。
だけど、こっちはちょっとちがう。
「水がしずかだね。流れてないし、落ちてない」
そこにある湖みたいな感じだ。
『湖の部屋、かしら?』
「川、滝、雪と来ましたからね。次が湖でもおかしくありません」
「そうだね。あ、あと、水がまっかだよ」
そんな水、見た事がないからびっくりだよね。
ピートロもおどろいて、首をかたむけている。
「赤い湖ですか?」
「うん。ふしぎだね」
「あの、不思議ってレベルのお話じゃありませんからね?」
『赤い湖。嫌な予感しかしないわ』
なんだか、シアンとノクトがげんなりしている。
つかれているのかも。
霊薬、飲んだ方がいいんじゃないかな?
「赤い水、見てみたいっす!」
トントロはたのしみみたいで、みじかいしっぽをフリフリさせている。
「お兄ちゃん、ここダンジョンだから。危ないかもしれないんだよ?」
「うっす! だいじょうぶっす! ピートロはオイラが守るっすよ!」
「も、もう! お兄ちゃん、そうじゃないから! お兄ちゃんの心配をしてるの!」
仲良しな二匹を見ている間にシアンとノクトが元気になったみたいだ。
大きく息をはいて、うなずき合っている。
「不安になっていても仕方ありませんね。いつも通り行きましょう。ただし、警戒を忘れずにです」
『そうね。レオン、また頭を借りるわよ』
「うん」
猫のノクトだと水の中はあぶないからね。
僕の体を駆け上がってくるノクトを待って、僕たちは扉をくぐって、次の部屋に入っていった。
暗い道をぬけて、すぐに明るい所に出る。
「あ、ついた」
パシャンって音がして、足が水に入る。
やっぱり、扉の外は赤い水しかなかった。
さっきの湖みたいに深くないみたいで、ひざの半分ぐらいまでしか水に入らないでいいみたいだ。
「レオン、平気ですか?」
すぐ後ろにいたシアンが扉から顔だけ出して聞いてくる。
赤い水がこわいみたいだ。
「うん。へいき」
『あなたの平気が全員の平気とは限らないのよ』
頭の上のノクトがしっぽでおでこをなでてくる。
僕はがんじょうだけど、シアンはよわよわだからね。
あぶないのはいけない。
『レオン、あたしを水面に近づけてもらえるかしら? 水に当たらないようにするのよ? いいわね?』
水に当てないように近づける。
言われた通りに僕はやってみる。
どうしてかシアンとノクトは心配そうに僕を見ているけど、ちゃんとできるよ?
「振りとか思われなくてよかったですね」
『そんな事したらひっかくわよ。……どうやら毒とかはなさそうね。ただ、飲み水としてはどうかしら? 変な臭いがするわ』
「うん。あと、なんだかヌルヌルしているよ」
ふつうの水じゃないのかも。
ノクトは前足をそっと水に当てて、それからすぐに引っ込めた。
『確かに妙な感触ね。ともあれ、入っても害はなさそうよ。念のため解毒の霊薬はすぐ出せるようにしておくから入ってきなさいな』
ノクトに言われてシアンたちが扉から出てきた。
トントロとピートロは体が小さいから心配だったけど、川の部屋の時もへいきだったからだいじょうぶみたいだ。
「これは……圧巻ですねえ」
「すごいっす! 赤いっす! ぬるってするっす! くちゃいっす!」
「これはどんな水なのでしょうか? あの、少し持ち帰ってもいいですか? 調べてみたいのですが……」
みんながワイワイとお話している間に僕はまわりを見てみる。
天井にはいつもの鍾乳石が光っていて、明るいから遠くまでよく見えた。
「動いてるモンスター、いないね」
『そうね。動いているのはいないわね』
ノクトもモンスターの気配を探していたみたいだ。
猫耳をゆらしながらうなずいている。
どこまでも赤い水が広がっているだけ。
そんなのがずっと続いている。
水の音もなくて、動く生き物もいなくて、とても静かだった。
雪の部屋も静かだったけど、ここはあれとはちょっとちがった感じの静かさがあった。
「この部屋にはモンスターがいないんですか?」
「あ、アニキ様、アネゴ様! あれを見てください! 何かいます!」
ピートロがひづめを向けた先を見る。
出てきた扉のまっすぐ行った方。
僕は見えていたけど、シアンたちにはよく見えないかも。
それぐらいの場所に白いかたまりがあった。
大きさは僕よりも大きいかな。
上にも、横にも。
ちょっと見上げないといけないぐらい。
形は動物みたいな感じ。
頭があって、前足と後ろ足があって、尻尾もある。
シアンが目を細くして、それをじっと見つめている。
けど、すぐに首をかたむけてしまった。
「あれは牛の彫像でしょうか? まったく動かないようですが……」
『ええ。そうね。動かないでしょうね。今は』
ノクトには何かわかったみたいだ。
僕にもわかる。
「あれ、モンスターだよ」
「え?」
「あれ、モンスターっすか!? オイラ、たおすっすよ!」
シアンがおどろいて、トントロが僕たちの前に出た。
それといっしょぐらいにモンスターが動き始める。
きっと、あのモンスターのなわばりにトントロが入ったから。
ずっと動かないでいた白い牛が頭を上げる。
僕たちを見て、そして、ゆっくりと歩き始めた。
足を上げて、下ろして、また上げて、ってくりかえしながら近づいてくる。
「遅い、ですね」
戦う準備をしていたピートロがふしぎそうにしている。
けど、白い牛の動きはだんだんと早くなってきた。
まるで忘れちゃっていた動き方を、少しずつ思い出してきたみたいな感じだ。
ゆっくりだった足が速くなっていく。
歩いていたのが、走るのになって、赤い水をけっ飛ばしてながら突進してくる。
「なんなんですか、こいつは!?」
魔導の準備をしたままシアンがびっくりしている。
やっとよく見えるようになったからだ。
「このモンスター、石じゃないですか!」
『化石牛よ。重くて固い相手だから戦い方を考えなさい』
上層の階層主の水晶岩兵と同じだ。
生きていないけど、動くモンスター。
「オイラがあいてっす!」
トントロがまっすぐに化石牛に向かっていく。
赤い水をバシャバシャと鳴らしながら走って、二匹がぶつかりあった。
ズルガシャグシャ、みたいな音がした。
「ぶべっす!?」
「BUUUUUUUUMOOOOOOOOOOOOO!」
トントロがふみつぶされた。
ううん。
ヌルってした水に足をすべらせたトントロがころんで、そこを化石牛にふまれちゃったんだね。
「お兄ちゃん!?」
「大丈夫です、レオンが動きませんからトントロは無事です! 今は迎撃を優先しますよ!」
あわてるピートロだけど、シアンに言われるとハッてして目を化石牛にもどした。
もうすぐそこまで化石牛が来ている。
シアンが杖を持ち上げながら魔導を使った。
「線・強化展開*3・水属性――水翔重柱!」
赤い水からとうめいな水が噴き上がる。
それは化石牛の足元からすごいいきおいで上に向かっていって、前のめりだった体を持ち上げてしまった。
当然、もう突撃なんてできない。
それどころかひっくり返ってしまいそうだ。
「ピートロ!」
「はい! 線・多数展開/10・土属性――岩尖剛槍です!」
そこにピートロの魔導がおそいかかる。
岩の槍が次々と化石牛に突き刺さっていった。
一本、二本、三本と受けても化石牛はへいきそうだったけど、それも続いていくうちに体にヒビが入り始めていく。
そして、最後の槍が当たったところで体が割れて、バラバラになった。
赤い水の下に落ちた化石牛はもう動かない。
「倒した、みたいですね。それにしても今のモンスターは?」
「あ、お兄ちゃん! 大丈夫!? 怪我、してない!?」
「ぶはっす! びっくりしたっす!」
転んで踏まれたトントロが水から起きて、体を振って水をはらう。
うん。元気そうだ。
そんな姿を見て、ノクトがため息をついた。
『どうやらここは化石化したモンスターの部屋みたいね。また、面倒な部屋を引いて……』