119 ドラゴンさん、気にしない
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もう今までみたいには戦えない。
ノクトにそう言われて、考えてみる。
とりあえず、マナを吸ってみる。
魂魄がマナを生命力と魔力に変える。
それが体の中を走っていって、グルグルと回って、どこかに消えていく。
そんな流れといっしょに自分の体を感じる。
「うん。本当だ。たぶん、これダメなやつだ」
つぶやく。
生命力と魔力も作れる。
今はちょっとだけにしたけど、いっぱい作ろうとしたとしてもできるはず。
闘気法も魔法もできる。
けど、やりすぎるとダメだ。
僕が僕じゃなくなる。
どうなってしまうのかはわからないけど、きっと今の僕とは別の何かになっちゃうんじゃないかなあ。
ドラゴンに戻るのか。
それとも、まったくちがう何かかもしれない。
そんな気がする。
「……ま、いっか」
本気の本気で戦うのなんて『峻厳』さんぐらいだし。
それだって長く戦わなければいい。
パッとやっちゃえばいいんだ。
あとは……もっとうまくやる?
生命力と魔力だけで戦わないで、剣の技を使ったりすればだいじょうぶそう。
「あ、そっか。だから、弓を使えってノクトは言ったのかな」
弓ならそんなに体を使わなそうだし。
使わないよね?
まあ、ガルズのおじさんに教えてもらえばわかる。
いつもはみんなが戦って、あぶない時だけ手伝っているからね。
それなら剣じゃなくて弓でもできそう。
声で倒してもいいけど、それも使いすぎちゃダメ、かな。
うん。
やっぱりそこまで気にしないでもへいきだ。
『言っておくけど、反魂の術は絶対に禁止よ。わかっているわね?』
ノクトが部屋から顔だけ出して言ってくる。
反魂の術。
死んでしまったトントロを生き返した、あれ。
あれは……うん。
そうだね。
魂魄を治すのはいい。
それぐらいならきっとへいき。
でも、最後のがダメだ。
僕のセフィラ――【王国】はこれ以上ちっちゃくしたらダメ。
なくしちゃうのはもっとダメ。
他のセフィラは……ダメっぽい。
右と左にみっつずつ。
これがずれると変になる。
今のままだときっと僕も変になる。
「うん。わかった」
『というか、わかっていなかったのね。念ためのつもりだったけど、言っておいてよかったわ』
ごめんね。
ノクトが教えてくれるから助かる。
「いつもありがとう」
『……いいわ。今のあたしにはこれぐらいしかできないのだから』
ぷいっと顔をそらして、ノクトはしっぽを揺らしながら部屋に戻っていく。
チラッと見ると窓の近くで丸くなっていた。
お昼寝するのかな。
「アニキー!」
「アニキ様!」
トタトタと軽い足音が近づいてくる。
見ると階段を下りてくるトントロとピートロだ。
手に何か持っている。
「新しい魔導装備っす! ギーグルのオジキが教えてくれたっす!」
「魔力回復の霊薬です! まだちょっとずつしか効きませんけど、コツは覚えました!」
本当に二匹は元気だなあ。
それに魔導装備と霊薬。
すぐに新しい事ができるようになる。
ギーグルとグラマンのおじさんがほめるのがよくわかる。
「すごいね。もうできたんだ」
僕は駆け寄ってくる二匹を受け止めて、その頭をなでてあげた。
「前から作っていたっす! ちょっとうまくできないのが、オジキに教えてもらったらできるようになったっす!」
「わたくしもです。グラマン様のレシピ、わかりやすくて……」
おじさんたち、教えるのうまいよね。
僕もガルズのおじさんから弓を教えてもらって、できるようにならないと……そうだ。
「ねえ、トントロ。ドラゴンシャフトって弓にならないかな?」
「弓っすか!」
ドラゴンシャフトは魔力を流すと剣になったり、槍になったり、斧になったりするけど、弓にはならない。
これから弓を使うなら、ドラゴンシャフトでできるととてもすてきだ。
トントロは部屋の中からドラゴンシャフトを取ってきて、それからじっと見つめだした。
とても真剣な目だ。
いつものトントロとちがう。
「お兄ちゃんが職人の目をしています……」
「なんだかすごそうだね!」
「しっ、ダメですよ、アニキ様。職人の方が集中している時は静かにしないと」
ピートロはいろんな事を知っているね。
僕はトントロのジャマにならないように口を手で押さえる事にした。
そうやって待っていると、トントロがうんと一回うなずく。
「わかったっす!」
「トントロ、どう?」
「うっす、アニキ! オイラだけじゃわかんないのがわかったっす! ギーグルのオジキに聞いてくるっす!」
トントロは持ってきた魔導装備の服を僕に渡すと、そのままドラゴンシャフトを頭の上に持ち上げて、階段を戻っていった。
それを見送るピートロはちょっとはずかしそうにしっぽを丸めている。
「ピートロ?」
「職人の目なんて、わかった事を言ってしまいました。恥ずかしいです。穴があったら入りたいです……」
穴。
えっと、空けてあげようか?
床は石だけど、ピートロが入れるぐらいの穴ならかんたんに作れると思う。
「危険な考えをしていそうですね。とりあえず、レオン。やめておきなさい。また、叱られてしまいますよ?」
まよっているとシアンがやってきた。
穴を空けちゃダメみたいだ。
やっぱりそうだよね。
やらなくてよかった。
「さて、レオン。約束していたお散歩、行きましょうか」
シアンは何か小さな紙を持っている。
あれはなんだろう?
僕が見ていると、シアンは首のところから服の中にかくしてしまった。
「ふふふ。どこを見ているんですか、レオン? わたしの胸元が気になって仕方ないですか? レオンも男の子だから仕方ないかもしれませんが、前にも言った通り女子の胸元を見つめるのは――」
そして、すとんと服の中を抜けて落ちた。
「………」
シアンはだまったまま紙をひろって、だまったままギュッとにぎりしめて、にっこりと笑って僕の手を取った。
「さあ、おでかけですよ!」
「うん。それで、その紙は……」
「おでかけですよ! お買い物デートですよ! ほら、ノクト! 起きてください! 行きますよ!」
なんだか聞いちゃダメみたいだ。
髪の間から見える耳が赤くなっているのを見ながら、僕はもう気にしない事にした。
『まったくせわしない事。ピートロ、ガルズが戻ってきたら待ってもらえるように頼めるかしら? そう長くは掛からないはずだから』
「は、はい! いってらっしゃいませ、アニキ様。アネゴ様」
そうして、僕たちはお出かけする事になった。