111 ドラゴンさん、確認する
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「……おなかへった」
起きたら、とってもお腹がすいていた。
ぐーぐーとせつない音がしている。
もしかしたら、僕はこのお腹の音で目が覚めたのかもしれない。
せつなくて悲しくなってきたら、近くで声がした。
「レオン? 目が覚めましたか?」
「シアン?」
見上げるとシアンがいた。
とってもいい香りのする器を持っていて、それを机に置こうとしていたみたいだ。
「具合はどうですか? ノクトの見立てでは寝ているだけと聞いていますけど、もう三日も寝たきりだったんですよ? どこか辛いところはありませんか?」
「ううん。ない。でも……」
もうペコペコで体を起こすのも大変なぐらい。
なんだか、しゃべるのもしんどいし、考えるのも苦手……はいつもか。
じーっとシアンの持っている器を見ていると、僕の気持ちに気づいてくれたみたいで、シアンは器を近づけてくれる。
でも、とちゅうで止まってしまった。
どうして、そんないじわるをするの?
「ふ、ふふ。レオンはこれがほしいんですか? わたしが作った特製のリゾットがほしくてたまらないんですか? どうなんです?」
「ほしいよ。ねえ、シアンちょうだい。それ、ほしい。もう、がまんできない」
お願いすると、シアンは顔をまっかにして、でも、うれしそうにし始めた。
スプーンで器の中身――あったかそうなご飯を取ってくれる。
「――っ、し、仕方ないですねえ! そんなにお願いされたのなら優しいわたしが食べさせてあげましょう! ほら、あーん!」
とってもこうふんしているシアンはちょっと怖い。
でも、それよりも今はお腹がへっている方が大変だから、差し出されたスプーンに僕は飛びついた。
ただのお米みたいに見えたけど、色んな味がする。
お肉と野菜に、しょっぱいのとか、ほんのり甘いのとか、ちょっぴりからいのとか。
いい感じにお口の中でまざって、おいしいになる。
お腹の奥に入ると、ポカポカした感じが残って、それも気持ちいい。
僕はしばらくシアンにあーんしてもらいながら、ご飯を食べ続けた。
食べ終わったころには、シアンがうっとりした顔になっているけど、どうしたんだろう?
「はあ、はあ、はあ、このレオンを支配している感じ……癖になってしまいそうで怖いぐらいですねえ」
『なにをおバカな事を言っているの』
そんな彼女のひざの上にノクトが飛び乗ってきた。
ノクトは僕をじっと見つめて、それから他の方を向いてしまった。
『どうやら体に影響はないみたいね』
なんだか、心配させてしまっていたらしい。
さっきまではお腹がへって大変だったけど、それももうへいきだ。
「うん。元気だよ」
『それならよかったわ。それで、あなたどこまで覚えているのかしら?』
覚えている?
聞かれて気づいた。
僕はどうしてここにいるんだろう?
ここは……ダンジョンの上層にある隠れ家で、僕が使っている部屋だ。
しばらくここにいたから覚えているし、僕の匂いがするからまちがいない。
でも、僕はここで寝た覚えがなくて……あっ!
「トントロ! トントロは!?」
死んでしまったトントロを生き返らせようとして、いろいろとがんばったのを思い出した。
最後、トントロが息をして、心臓が動いているのを感じたけど、そのあとはどうなったんだろう?
生き返ったと思う。
思うけど、すぐに気を失ってしまったから、ちょっと自信がない。
「アニキ!」
僕が不安になっていると、部屋の扉がバーンと開いた。
そして、小さな体がポーンと飛んで、僕の上に落ちてくる。
「アニキ、おはようっす!」
「トントロ!」
トントロだ。
持ち上げた手にあったかいのが伝わってきた。
あの心がぞっとする冷たい感じはどこにもない。
生きている。
ちゃんと生きている。
「トントロー!」
「アニキー!」
抱きしめると、トントロも抱きしめてくれる。
ああ、よかった。
本当によかった。
僕はトントロを抱きしめたままクルクルとベッドの上で回る。
うれしくてうれしくて、止まっていられない。
「トントロが死んじゃったから、僕はもう……」
「うっす! オイラもなんだかぼんやりした感じで、オヤジとオフクロに会った気がしたっすけど、アニキのおかげでもどれたっす!」
そうなんだ。
よくわからないけど、こうして生きてくれているならそれでいいや。
ほっとしていると、後から部屋にやってきたピートロがトントロを引っ張ってくる。
いつもふんわりしているピートロだけど、ちょっと怒っているみたいだ。
「お兄ちゃん! もう、まだ安静にしてないとダメだよ! お兄ちゃんだって起きたばかりなんだからね!」
「ピートロ、ごめんっす……」
「レオンも。嬉しいのはわかりますが、あなたも目を覚ましたばかりですから、少し様子をみないといけませんね」
「ごめんなさい……」
ベッドの上でグルグルしていたからしかられてしまった。
僕とトントロはいっしょにベッドの上にすわって、ごめんなさいをする。
シアンもピートロも仕方ないなあって感じに息を吐いて、それから笑ってくれた。
「いえ、レオンのおかげで色々と救われましたからね。責めるつもりはありませんよ」
「改めて、アニキ様。お兄ちゃんを助けてくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるピートロを僕はやさしくなでた。
妹のピートロは僕よりも、だれよりもトントロを心配していたからね。
ピートロのためにもトントロを助けられて本当に良かったと思う。
「おお、目が覚めたのかあんちゃん!」
そうしていると、部屋にガルズのおじさんが入ってきた。
その後ろには他のおじさんたちもいて、ぼくに手を振ってきてくれる。
「おじさんたち、どうしてここに?」
「どうしても何も、お前らをここまで連れて帰ったのが俺らだからな」
「驚いた」
「だよな。あの、お坊ちゃんが救難依頼を出してよ。しかも、相手が自分の部下じゃなくてお前らと来たもんだ。驚いたぜ。ちょうど、お前らの所に物資を届けるつもりだった俺らがいてよかったよな!」
「ああぁ、他の連中はぁ、誰も依頼を受けなかったろうなぁ」
「相手があの弓聖様とあっちゃあ仕方ねえよ。あいつらに中層を独占されてたんだからな。しかも、どうしてか扉がなくなっちまっているしよ……」
ええっと、どういう事かな?
首を傾けていると、シアンが教えてくれた。
「滝の部屋で別れたアルトが、ギルドにわたしたちの救難依頼を出してくれたみたいです」
そうなんだ。
それで、おじさんたちが僕たちを助けに来てくれて、ここまで運んでくれたんだね。
僕もトントロも動けなかったし、シアンたちも魔力を使い切ってしまっていた。
しかも、扉は『峻厳』さんのせいでこわれちゃっていたし……帰ってこれなかったかもしれないんだ。
アルト……今もあんまり好きじゃないけど。
「今度会ったらお礼を言わないと」
「礼には及ばない。当然の事をしたまでだ。依頼の達成を確認するのもな」
思っていたら、アルトがいた。
おじさんたちにかくれて見えなかったけど、部屋に入ってくる。
キラキラした服じゃないし、元気がない――というか、ぬけがらみたいな感じだけど、僕の知っているアルトだ。
「アルト?」
「ふん。以前ならば名前を呼び捨てにされては捨て置けんかったが、今となっては関係ない話だな」
うん、アルトだ。
ちょっとやな感じのする話し方、まちがいない。
「どうしてここに?」
「あー、それがよ。救難依頼は俺たちが達成したと報告したんだがな。実際にこの目で確かめない事には納得できないってギルドでもめてな」
『結果、あたしたちのところにマリアが伺いに来たのよ。その後も色々とあって、最後はここに連れてきたわけ』
ここ、隠れ家だよね?
ひみつにしなくていいの?
ええっと、アルトのお家のエルグラド家からかくれたかったんだよね?
『ちゃんと覚えていたみたいね。でも、今のアルトはいいのよ』
「ふん。勘当された身だからな。魔導装備で整えた精鋭百名を失ったのだ。最早、父上――いや、エルグラド家にとって我は死んだ身だ」
「ようするに、もうアルトはわたしたちの敵ではない、って事ですね」
敵じゃない。
アルトはエルグラドじゃなくなったから?
そうなの?
いや、ちがうよ。
「でも、アルトはシアンと結婚しようとしてたんでしょう?」
僕からシアンを取ろうとするなら、エルグラドじゃなくなっても敵だ。
シアンを引き寄せて、アルトから遠ざける。
どうしてか、おじさんたちが口笛を吹いたり、おおって声を上げている。
「レ、レオン! もう、そんな……そんなに、もう!」
シアンが胸をポカポカしてくるけど、いたくない。
そんな僕たちを見て、それからアルトはため息をついた。
「我はエルグラド家の長男としてシアン嬢と結婚する義務があった。エルグラドを名乗れぬ身となってはその義務もない。シアン嬢は魅力的な女性ではあると思うが……」
アルトは僕たちをもう一度見て、それから肩を持ち上げた。
「我は彼女の眼鏡にかなわないらしい。どうやら、意中の相手がいるようだしな。無粋な真似はしないさ」
むう。
むずかしい言葉を使って僕にわからないようにするなんていじわるだ。
僕はシアンに説明をお願いしようと見つめる。
「え、ええ!? これをわたしに説明しろって言うんですか!? ええっと、その、アルトはわたしと結婚しないって言っています」
「そうなの? でも、他にもいろいろと言ってたよ?」
「珍しく食いつきますね!? ひょっとして、わかってて聞いていませんか!?」
シアンが顔を真っ赤にして、泣きそうになっている。
どうしてしまったんだろう?
心配しているとノクトがため息をついた。
それはもう深く深く。
『おバカはそれぐらいになさいな。レオンも目が覚めた事だし、そろそろこれからの話をしましょうか?』