102 ドラゴンさん、女の戦いを見守る
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なんだか、僕の知らないバチバチが出てる。
シアンと赤い人のまんなかぐらい。
近づいたらひどい事になりそうな気がする。
けど、シアンがあぶない。
この赤い人は本当に強い。
いくらシアンが魔導の天才でも勝てない。
魔導と魔法がちがうからじゃなくて、ただ魔力の量がちがいすぎるから。
「シアン、ダメだよ! その人と戦っちゃ――」
「レオン、見ていてください! この女との勝負に逃げてはいけない! 天才のわたしの感性がそう告げています!」
「そうだ。黙って見ていろ、ドラゴン。人のドラゴンに勝手に名前を付けた愚か者め。オレの試練で身の程を知ってもらおう」
うぅ。
なんだか止められない感じだ。
二人とも僕の方を見てもくれない。
シアンは赤い人――女の人だったんだ――をにらんでいて、赤い女の人はシアンを冷たい目で見つめている。
おたがいがおたがいしか見えてない。
なんとか止められないか考えている間に、先に動いたのは赤い女の人。
「魔法使い、じゃないのだったか。さっきの奴らは魔導とか言ったか。ふん。時代が変われば技能も変わる、か」
つぶやきながら手を上げる。
その先に魔力が集まっていく。
僕に向けられていた魔力と同じぐらい。
あれが爆発したら、よわよわのシアンは大変な事になる!
「シアン!」
「――っ! 大丈夫です、レオン! あなたはわたしを信じて見ていてください! トントロとピートロは離れて!」
『あなたたち、行きなさい。ここにいてはシアンも本気で魔導を使えないわ』
シアンも杖をかかげて、魔力を集めている。
でも、やっぱり魔力の量がちがいすぎだ。
シアンのそれが池だとしたら、赤い女の人のそれは川とか滝とか。
トントロとピートロは迷っていたけど、ノクトに言われてはなれていく。
残ったのはシアンとノクトだけ。
赤い女の人はそれにひとつうなずいた。
まるで、それが正解だというみたいに。
「おそらく、選ばれた者の技能である魔法を、素質さえあれば誰にでも使えるようにしたのが魔導だろう。さあ、それがただの劣化なのか、それとも進化だったのか。証明してみせろよ、魔導の天才とやら」
赤い女の人の魔力がシアンに向かう。
それはすぐに爆発という形となった。
「領域・分散展開-100・水属性――水精聖殿!」
シアンの魔導ができあがった。
探知魔導にそっくりだけどちがう。
広がったのは雨でも霧でもない。
すっごいたくさんの水。
シアンのまわりが上も下も前も横も後ろも、みんな水で埋められてしまった。
「薄いな」
けど、足りない。
赤い女の人が小さくつぶやいたのと、爆発が水を吹き飛ばしたのは同じタイミングだった。
わかりきった結果だった。
魔力量がちがうんだ。
僕にもわかる事だから、シアンにだってわかっている。
だから、次の魔導がもう準備できていた。
「面・多数展開/5・水属性――水面障壁!!」
生まれたのは水の壁が五枚。
この水の壁も爆発を受けるとつぎつぎと吹き飛ばされていく。
けど、次の魔導の時間ができた。
「再展開・再展開・再展開・再展開・再展開・再展開・再展開・再展開・再展開・再展開!」
くりかえされる言葉。
それといっしょにできる魔導。
今まで見た事がないぐらいシアンがいっぱい魔導を使っている。
こんなにやってしまって魔力は足りるのか心配になるけど、魔導はちゃんと形になって現れた。
「――水面城塞!」
またできあがる水の壁。
今度は数がずっと多くて、ぶあつくて、しっかりと爆発を受け止めてくれた。
たくさんの水が吹き飛ばされて霧みたいなのが広がるけど、もう赤い女の人の爆発は止まっている。
「水域による強化に、同一魔導の連続起動。なるほど、体系作りによるメリットだな。ふん。試す価値はあり、か」
「シアン、まだだ!」
でも、終わったわけじゃない。
ううん。
始まってもいなかった。
赤い女の人の爆発。
僕にも言っていたけど、小手調べ? でもないって。
ただ、あの赤い女の人の魔力が、攻撃しようって気持ちに反応して形になっただけ。
だから、次に来るのが本当の攻撃だ。
赤い女の人が指先をシアンに向ける。
その指先にいっぱいの魔力が集まって、かたまって、魔法となった。
熱が広がる。
水も雪も関係ない。
まるで近くに炎があるみたい。
「次は熱いぞ?」
赤い光がきらめく。
それは周りの水域も、水の壁も、その奥にいたシアンも。
まばたきの間に突き抜けて、ずっと遠くへと飛んでいく。
ふせぐなんて、できていない。
シアンはあれに直撃している。
通り過ぎた光がどこかにぶつかったのか。
遠くで大きな爆発が起きた。
「あ……」
こんなの、シアンがたえられるわけがない!
なんだかよくわからない気持ちが胸とおなかの間であばれる。
信じて、でも、ダメで、大切がなくなったら、これは――これは……知っている。
『あの人』がいなくなった時と同じ!
ぽっかりと空いた何かにたえられなくて、叫ぶ。
「シアン!」
「ええ、レオン。あなたのわたしは、ここにいますよ」
叫んだ声に静かな声が返ってきた。
水域と水の壁の向こう。
しっかりと見てみる。
そこには赤い光に貫かれたはずのシアンが笑っていた。
たくさんの汗をかいて、息も上がっているけど、どこもケガをしていない?
もう一度ちゃんと見てみたら、さっきの赤い光がシアンには届いていないのに気付いた。
赤い光が通り抜けてできた穴を見ればわかる。
まっすぐに飛んでいたように見えたけど、水域と水の壁を通るたびに、少しずつ、ほんの少しずつ曲がって、シアンの横を通り過ぎたんだ。
「ノクト!」
『一撃よ。もう、それしか残ってないわ』
僕が考えている間にシアンは動いていた。
足元にいたノクトに呼びかけて、水域と水の壁にできた穴の方に一歩ステップ。
同時、ノクトの影が広がって、シアンを包み込んでいって、着地した時には黒猫になったシアンとノクトがいた。
そして、穴の向こう。
シアンたちが伸ばした手の先には赤い女の人。
「『止まりなさい!』」
見えない風が吹いた。
その風はさわった物を凍らせていく。
風の流れが。
水の壁が。
水域が。
雪が。
止まる。
静止する。
動作を忘れ。
生命を忘れる。
静かに、白く、終わった場所で、ただ一人だけが赤くかがやいている。
「ふん。見事と言っておこう」
赤い女の人は満足そうに笑う。
シアンの魔導が限界だったのか。
凍っていなかった水域や水の壁がくずれて、ただの水となって流れ落ちていく。
黒猫のシアンもすぐに戻ってしまって、もう立っていられなかったのか座りこんでしまっていた。
けど、シアンはいつもみたいに笑って、赤い女の人を指さす。
「腕一本、もらいましたよ」
赤い女の人が伸ばしていた腕は、白く凍りついていた。