ある朝の日2
舞澄さんと八千草さんの二人と、雑談を交わしながら歩いていると、先ほど話していたドラマの原作、つまり小説の話になった。
「やはり、あの様なお話を書けると言うことは,作者の方もあの様な恋をしていたのでしょうか?」
舞澄さんが扇子を開き口元を隠しながらうっとりとした顔でそんなことを言い出す。おそらく男性に言い寄られる自分を想像しているのかも知れない……。
その言葉を聞いた八千草さんは、指を口元に寄せう~んと唸りながら言葉を返す。
「やっぱりそれは無いと思いますけどー」
「あら、で、でもあんなにドキドキすると言うか、やきもきすると言うか、心が昂ぶる文章を書けるのですわよ? 実体験を元に書いているかもしれないでしょうに」
「でもでも~、あんなに言い寄られるなんて普通ないですよー、あってももっと人数が少ないと思いますけどー」
ぱちんと開いていた扇子を閉じ、舞澄さんは俺の方へ向き訪ねてくる。
「王子様は原作の小説を知っていますか?」
俺は舞澄さんの質問に答える前に、言っておきたいことを先に言っておく。
「王子様は止めよう」
舞澄さんは俺の言葉に驚いたのか、キョトンとしている。
「え、何故ですの?」
恥ずかしいからなのだが……、何でこの人はキョトンとしているのか? 言う方は恥ずかしくないのか?
俺は少し考える、素直に恥ずかしいと言っても止めてくれるか? 舞澄さんは何というかちょっとアレな人だから……。
「王子様なんて呼ばれていると、舞澄さんとの距離が離れている気がするんだ……、そんなの少し寂しいじゃないか……」
少し寂しげな笑顔を浮かべて、気障な事を言ってみる。……往々にして後に気づくのだが、王子様と呼ばれるよりもこんなセリフをほざく方がよっぽど恥ずかしい。顔は寂しげに笑っているが、正直恥ずかしくて蹲りたい……。
俺の言葉を聞いた舞澄さんは、最初何を言っているのかわかっていない顔をしていたが、少ししてから理解したのか顔を真っ赤にしていた。
そして、手に持っていた扇子を勢いよく開きバッサバッサと自分を仰ぎだす。
「オ! オホッ! そうですわね! 私達の間にしては他人行儀過ぎでしたわね!」
コホンと一つ咳払いをしてから舞澄さんは意を決した様に話し出す。
「それっ! ……それでは、次からは王子様と呼ぶのを止めて、ダッ! ダーリン! と呼ぶことにしますわ」
「いや、名前でお願いします」
真っ赤な顔をしプルプルと身体を震わしながら言ってきた舞澄さんに、俺は名前で呼ぶようにお願いした。
……と言うかこの人前もダーリンって言ってきたよな! なんなのダーリンにそんな思い入れあるの!
俺の言葉を聞いた舞澄さんは、ガーンとショックを受けた顔をしている。
そんな舞澄さんを見た八千草さんは笑いだす。
「プフー! クスクスクス、やーい断られたー」
「むー、何ですのー」
やーいやーい、と煽る八千草さんを涙目になりながら舞澄さんが威嚇する。
この二人は仲が良いのか悪いのか……、取り敢えず話を戻そう……。
「えと、さっきの話の小説なら知ってるけど」
騒いでいた二人は、こちらに向き話の続きを始める。
「男の子も読むんですねー」
面白いですよねー、キャハっと笑いかけてくる八千草さんに、お隣さんからの貰い物ですとは言えず曖昧な笑顔を返しておく。
「男性の方はこの小説を読んで、作者の方が色々な恋をしていると思いました?」
舞澄さんの言葉に少しお隣さんを思い出す……。
あの残念臭にコミュ症、アクセントとして卑屈さを加えた菊水さんが恋多き女性……? 鼻で笑ってしまう。……しかし此所で一読者の純粋な作者への憧れを汚す事をする訳にはいかない。
「……どうかなー、恋多き女性かもー、多分素敵な人だと思うけどー」
「な、何故、すごい棒読みなのでしょう?」
すいません、菊水さん。俺正直者なんです。心の中でお隣さんに謝っておく。
「でもこの作者の人って謎ですよね~」
八千草さんが話し出す。俺はその言葉に疑問を抱く。
「謎?」
「はい、この小説ってもう十年ぐらい続いてるんですけど、作者の人の情報って出回ってないんです。普通これだけ人気作だったら、サイン会なんかあってもおかしくないんですけどー」
……うん、そりゃあ、あのコミュ症を大勢の人の前に出すなんてする訳が無い。
言わせんなよ! ……言ってないけど。
「そのミステリアスな部分も魅力の一つですわね!」
余程、この小説が好きなのか舞澄さんは元気よく言う。
……なんて好意的で純粋なファンだろうか。しかし作者はミステリアスでは無く、端から見たら不審人物と言う悲しい現実が待っている。……お裾分けをくれる良いお隣さんなんだけどな。
そんな世間話をしながら三人で登校し教室へ向かう。
教室に着きドアを開けると、ちょうどそこには元委員長が居た。
「あ、秦野君……、その……おはよう」
「あ、おはよう」
「その、久しぶりだね……」
元委員長との会話がまるで、別れかけの恋人達のようだ。それに毎日学校で会ってるんだけど。
「えっと?」
「もう私、秦野君と話せないんじゃ無いかと思ったわ……」
スッと、目線を下げ悲痛な顔をする。
一体この子に何があったんだろう……?




